2 四人の憩い

 五月下旬。向日葵少女が狐に助けられあとの話。啄木は眼鏡をし直し、目の前にある入口を見て興味津々に目を向けた。


「へぇ、あの貯木場だった場所に店かぁ」


 感慨深そうに見つめ、大きな入り口を見る。新品な建物と入口。患者から話には聞いており、気になっていた故に立ち寄った。

 中の店は啄木は見覚えがあるチェーン店や県外にある支店など。地元民からすれば、新鮮だろう。自動ドアの入口の近くにあるコーヒーチェーン店に寄る。

 電車とバスを利用して、彼は来ている。飛行や転移で移動できるが、今の彼は足に地をつけて歩きたい気分である。

 彼がここに来たのは啄木は任務。だが、終えたあとだった。

 清水区の駿河湾。三保の松原、三保半島の海岸で行われる『海原百鬼夜行』の被害を最小限に収めること。


 他の海岸に現れる気配はない。海原百鬼夜行は移動式の祭。妖怪の世界──黄泉比良坂よもつひらさかにて行われる。妖怪の世界と表の世界を比べてみたところ、三保の付近でしかやらないのが幸いだった。

 調子者が三保以外から出れぬように結界を貼り、境界線を補強しておいた。

 啄木は昼飯をまだとっていない。啄木はパスタと紅茶。抹茶のケーキを頼む。

 四人席のテーブルにて、彼はパスタをフォークで絡めて食べていく。パスタを食べ終えると、乗っていた器とフォークを棚に返して、紅茶と抹茶のケーキにありつこうとする。

 自動ドアがあき、声が聞こえる。


「へぇ、結構きれいだね。お兄ちゃん」

「だな。地元にしてみれば、結構いい店かもな。重光は気になるのある?」

「あるな。地元のお菓子を集めた店が気になる。後で、伯父さんちに送る用に見てくるよ。葛、真弓ちゃん」


 啄木はフォークをスポンジで伸ばそうとして手を止める。聞き覚えのある声に、瞬きをした。目を動かすと真弓と葛、重光がいた。近くに住んでいるのは知っていたが、来るタイミングまでは予想はつかない。


「……そういえば、ここはオープンしてまだ間もない。三人がここに来ることはないかもな」


 彼らの故郷の京都からしてみると見劣りはするだろうが、地元ならではの良さある。海原百鬼夜行について、少し情報提供をしもらおうと啄木はスマホの通話アプリを起動させた。

 真弓の元に電話を鳴らす。

 三人とは電話番号を教えあっており、情報収集や他愛のない話をすることもある。入口で慌てる彼女を見て啄木は意地悪く笑いつつ、真弓が出るのを見る。啄木はあえてスピーカーにして、通話を始めた。


『はい、もしもし。啄木さん? どうしたの?』

「もしもし、真弓。実はちょうど三善さんたちが見えて声をかけたんだ。あっ、こっちこっち」


 啄木は手を振ってと、三人はキョロキョロと探す。真弓が真っ先に啄木を見つけて、目を丸くする。見つけられた彼は、白い歯を見せて明るく笑ってみせた。




 陰陽師三人は飲み物とデザートを頼む。同じ席についた三人に啄木は謝る。


「悪いな、真弓。ここで三人に会うとは思わなくて、電話をかけちゃった」

「いいよ。まさか、こっちで啄木さんと会うとは思わなかったよ」


 にこやかに答える真弓に葛は恐る恐る聞く。


「あの、奢ってくれるのは嬉しいのですけど……いいのですか?」


 情報を交換しあっている際に啄木が年上と知り二人は丁寧に喋り、啄木は丁寧口調を外した。三人はそれぞれの好みのケーキと飲み物をチョイスして、啄木から奢られている。奢った本人は珈琲こーひーを手に朗らかに笑う。


「気にするなって。年上に甘えとけって」

「……あの、佐久山さんって何歳か聞いてもよろしいですか……?」


 不思議そうに重光から聞かれ、啄木は意地悪く答える。


「何歳でしょう?」

「……えっ……と」


 困惑する重光に、啄木は吹き出して笑う。


「はっはっ。冗談だよ。けど、悪い。年齢は言いたくないな。俺若作りらしくて、ちょっと実年齢を言うと見えないって言われるんだ」


 笑うが少しずつ明るさを消して、遠い目をして切なげに笑う。啄木の実年齢は四百歳以上。ピチピチの現役成人男性の友人からネタにされる事が多い。故に彼は言わない。

 年齢事情を然程知らぬ真弓は目を点にする。葛と重光は何となく察して、物悲しい顔をした。二人も数年すれば四捨五入して、はじめまして三十路の道なのだ。

 啄木は珈琲こーひーを飲み、ケーキを一口食べて咀嚼そしゃくする。飲み込んではにかむ。


「ここであったのもなんかの縁だ。俺達はあまり話せないだろ? 交流を深めるために、何か聞きたいことがあれば話すぜ。まあ、話せないものは話せないけどな」


 気軽な対応をしていると、隙を探ろうと葛から質問をする。


「退魔師と言いますが……個人営なのですか?」


 啄木は怪しむ姿勢を見抜いて、食べ終えて少しだけ苦笑を浮かべた。


「ああ、何なら名刺でも見るか?」


 バッグから名刺入れを出す。啄木は手慣れたように出して、三人に見せるように出す。桜花株式会社。第三課退魔師佐久山啄木。

 番号と住所が書かれており、重光がスマホを出して検索した。

 検索結果を見る。表向きのホームページやSNSなどの公式アカウント。保険や銀行など取り扱っている。大手ではないが胡散臭くはない。信憑性のある会社だ。

 退魔師などの職業は表向きの会社を用意することが多く、資金源として稼働させている。退魔師系の職業と接触もあるゆえに、真偽が必要だ。

 スマホの検索結果を見て重光は納得しながら話す。


「……やっぱ、表向きの名前が必要なのですね」

「資金源は大切だからな」


 啄木はメガネを掛け直し、名刺を葛に出す。


「名刺をやるよ。何かあったときはここに連絡をくれ。相談ぐらいはできるからな」

「……ありがとうございます」


 葛は渋々と受け取る。彼の思うような答えは出なかったようだ。次は重光が質問をする。


「佐久山さんは強いと聞いたけど、業績などはありますか? 貴方方あなたがたの組織が有名とは思えないのですが」

「基本的に俺達は評判が起こることはしたくないのさ。名声が届くってことは、動きに制限が出る。俺の名前は助けたときに初めて知ったろ?」


 三人は頷く。啄木は「そういうことだ」と言いながらフォークを置く。

 二人は啄木という存在を探れない。歳上という情報は嘘でないが、深くまで探らせようとしない。啄木は組織の一員として探らせるわけにいかず、説得力のある答えを出していった。が、啄木の答えが気に食わなかったのだろう。間近で戦いを見た真弓は立ち上がって食いかかる。


「啄木さんは強いのに、なんでたくさんの人を助けようとしないの!?

力があれば、沢山の人を助けられるんだよ!?」


 白椿の少女の大きな声に、店内の客の目線が集まる。真弓の質問に、啄木は心底あれたように深くため息をつく。年長者として若者の無謀は見過ごせなく、彼は一言物申す。


「真弓。力があればこそ・・・・・・・だ。力とは助けとさまたげの表裏一体であり、真逆にもなりえる。力があれば助けられるのは間違いないが、一理あるだけ・・・・・・だ。使い方次第では誰かが助かるけど、その分を誰かが損をするんだよ。だからこそ、力は無闇に使うのではない。皆の為にも、自分の為にも、今後の為にもな」

「……っ! ……それは……そう、ですね……」


 最もな答えに真弓は何も言えなくなった。認めざる得なく、少女はゆっくりと咳に座り直す。無謀をする若人に説教臭くなったと反省をして、啄木は頭を掻く。


「悪い。言い過ぎた」


 彼は息を付き、三人に意味ありげに微笑む。


「じゃ、今度は俺が質問するな。三人は何が目的で静岡にいるのか。海で行われる百鬼夜行か? それとも──貴方達あなたたち三人の抱えている問題と関係あるのか?」


 核心を突かれ、真弓達三人は沈黙した。

 前者というよりかは、啄木の述べた後者だ。真弓達は何故核心を突くのかと思うだろう。啄木は組織の情報網から粗方知っている。だが、本人たちの口から聞き、反応から分析もしたいのだ。

 目線すらそらさず、啄木は彼らを見ていく。

 啄木の瞳孔の中に入れられているような重圧に、葛は汗を流す。重光も彼の放っている圧力に気付いて沈黙した。真弓は圧にやられつつも、ゆっくりと喋りだす。


「……関係は、ある、よ」


 妹の答えに、兄と重光は目を丸した。葛が注意をする前に、真弓は必死に唇を動かす。


「でも、話せない。話して、啄木さんを巻き込みたくない」


 顔を上げて、啄木に意志の強い瞳と表情を見せた。白椿の少女は他者を巻き込ませてくなかった。特に、啄木は巻き込ませたくないと思った。

 思われている本人は一瞬だけ目を丸くし微笑む。


「……話したくないなら聞かないさ。答えなくてもいい。俺だって話したくないこと、たくさんある。素直な答え、評価するよ」


 素直な真弓に評価し、啄木は聞くのをやめる。聞くつもりがないならありがたく、三人は胸を撫で下ろした。背景を知っている彼は、三人の反応が申し訳なくなった。


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