5 啄木のトラウマ2

 船とは、人間が水のあるところ。海を渡るために作られた乗り物。中には、船の揺れで船酔いする人物もおり、船を苦手とする人もいる。

 ここまで言えばわかるであろう。

 啄木は船がだいっきらいなのである。海は苦手ではあるが、嫌いではない。

 チケットを買い、乗船する前まで啄木は駄々をこねていた。

 電車で行く。飛んでく。転移していく。フェリーに乗る前ではセミのように柱に飛びついていた。

 しかし、伊豆半島で電車で向かうとなると乗り換えがあり時間がかかる。陰陽師である真弓がいる。更に悪路王がどこで暗躍しているかわからない。故に変化での飛行や術の転移は多用したくない。

 茂吉の鮮やかな手刀で啄木は気絶。彼に抱えられフェリーへGOである。無理矢理乗船させたともいうが、船に揺られている間は寝ていてもらう。

 アナウンスが響き、出港する。満席ではないが、客室には多くの船客がいた。海の上をフェリーが走っていると。啄木は通路側の席で寝ており、悶絶している。


「……っ……んんっ……」 


 寝ている彼の苦しげな声を聞き、隣の席にいる真弓は顔を向く。

 揺れるたびに、啄木は苦しそうである。気丈で頼りになる啄木がこんなに弱るのは初めて見た。思えば、海に近づくたび切ない表情をしているのを真弓は思い出す。心配そうに真弓は啄木の顔を見ていた。


「……凄く、苦しそうだけど……啄木さん……大丈夫……?」


 前と後ろの席から茂吉と八一が顔を出す。

 茂吉は船内で買える全ての料理と菓子を買っており、大判焼きや今川焼きとも言える菓子を手にしていた。


「いや、大丈夫じゃないよ。三善ちゃん。こいつ、船はトラウマレベルで嫌いだから」

「え」


 まさかの無事ではない宣言。乗る前の反応から察することはできたが、心の傷を負うレベルで駄目だとは真弓は知らなかった。


「知ってたのなら、なんで彼を乗せたのですか!?」


 思わず聞く彼に茂吉は笑みを深くし、目が笑わなくなる。


「仕返し」

「えっ」

「そいつ、俺が成し遂げたかった目的を邪魔した一人だし、太刀で脅してきたから。仕返しないと俺の気がすまないんだよ。もうこれで仕返し完了。Win-Winさ。

言っておくけどまだ優しい方だぞー♪」


 にこやかに話す彼の隣席から咎める声が聞こえた。


「茂吉くん」

「わかってるよ、澄。もうこれ以上しないし、啄木にも良いきっかけになる。というわけで、八一に直文。覚えておきな」


 声をかけると八一は不敵に微笑む。


「私はいつでも構わないけど?」


 直文は余裕そうに答える。


「依乃に手を出さなければ構わないさ。もっくん」

「おっ、ありがとー♡ じゃあ、早速今回の宿泊代と全部の食事代諸々は直文と八一の名義で請求してあるから、し、く、よ、ろ☆」

「「っいつの間に!?」


 二人は声を上げ、茂吉は明るく笑う。


「だいじょーぶ。八一は95%負担の、直文は5%の負担だからダイジョーブ☆」


 不公平な負担であるが八一は内容を聞き、茂吉の手にしている菓子をとる。反抗とも言える怒りの表情はない。むしろ、八一は悪戯っ子のように笑っていた。


「お前。やっぱ気づいたのか。今までの飲み会とか食事代、お遊戯代払ってないの」


 茂吉は感情が読めないほど明るく笑う。


「あっはっはっ☆ その通りだよ☆ クソギツネ♪ 何年分溜まってんだよ。クズ野郎☆ あと、俺と澄の事件を横から面白おかしく介入してただろ?」


 つまり、今までのツケは今回の支払いで水に流してやると言っているのだ。


「どっぴーん。だーいせーかーい☆ あっでも、クソ狸にクズ言われたくないな♪

ド、ク、ズ♡」


 ぱちんと指を鳴らし、八一は手にしている菓子を食べる。明るく仲良く話しているが内容を聞く限り、火花をちらしているようにしか見えない。真弓は困惑していると、非が少ないらしい直文は呆れて二人に静止を呼びかける。


「二人共、そこまでだ。おふざけはいい加減にしろよ。客も、彼女たちも困っている。ここは公共機関でもあるんだ。やめろ」

「わかってるよー☆ はい、なおくんの分ね。皆にわびのお菓子渡すよ。はい☆」


 菓子を直文の元に手渡す。澄に依乃、奈央と真弓の順番で渡す。真弓が最後に渡される頃、彼女が今川焼きを受け取ろうとするが。


「わっ!?」


 茂吉がバランスを崩し、真弓の座席に突っ込みそうになる。真弓は慌ててすぐに横に避け、茂吉は背もたれに顔を突っ込んだ。菓子は手放さず彼は顔を背もたれから離した。


「あったた……申し訳ない」

「い、いえ……」

「ったー……ごめんよ。ちゃんと元の席にいる戻るからね……」


 謝られ、茂吉は離れる前に彼女の耳元に顔を寄せた。真弓は驚愕するが、茂吉から教えられたことで冷静になった。


「本当にごめん。この船内に君の同業者がいるみたいなんだ。君の知り合いか?」

「っ!?」


 彼女は目を丸くした。兄と重光は仕事でおらず、後をつけるような話も聞いていない。真弓は小さく首を横に振ると、茂吉は話を続ける。


「なるほど。実は直文と俺、八一と啄木は乗る前から気付いていた。下手な演技をしてでも伝えたくてね。詳細はホテルについてから話そう。だから、船に乗っている間は、啄木から離れないで。船内を歩き回るなら俺達三人のどちらかを呼んで。この旨は、三人の女の子にはもう事前に伝えてある。……気をつけて」

「……わかりました」


 小声で伝え、茂吉は顔を話すと申し訳なさそうに菓子を渡す。


「やーもー、迷惑かけてごめんねー。ハイお詫び!」


 菓子を渡され、真弓は手にした。

 茂吉は元の席に戻る。真弓は本当なのかを確かめる。

 集中し目を閉じて、啄木達を除外して探る。人の気が多く探りにくいが、一人霊力が強い人間が同じ客室に船内にいた。葛でも重光でもない、別の霊力であった。真弓ははっとして目を開けて、警戒心を顕にする。この部屋だけは感じられたが、甲板にいる可能性がある。

 茂吉は嘘をついてはおらず、どうしようかと考えていると。


「三善さん」


 声のする方に顔を動かす。澄が顔を向けていた。


「大人しくしていたほうがいい。それに、君には啄木くんを見ていてあげてほしいな。エチケット袋は用意してある。ついたら、優しく起こしてあげて。もし、船の中で目覚めたら、私にいってほしい。酔止めとお水を用意しておくから」

「は、はい」


 頷いて、真弓は啄木が調子悪いのを思い出す。

 顔を見るとびっしりと汗を流しており、真弓は慌ててハンカチをバッグから出して拭ってあげた。拭い終えるとハンカチをポケットにしまい、項垂れている彼の手を優しく握ってあげた。

 窓から見える港町と駿河湾を見る。デッキにゆけば、富士山の絶景が見れるが真弓は啄木を放って置くことはできなかった。

 トイレに行く以外、真弓は彼のそばにいた。真弓が手を握っているのおかげで、啄木の表情は少しだけだが和らいでいる。


 悩ましげに啄木は眉間にシワを寄せ、横に顔を向け真弓と顔を合わせる形となる。白椿の少女はびくっと震えると、彼は一筋の涙を流し唇が動く。


「……かかぁ…………いかんで……いかんで」


 小さな声で母親を求めるように呼んだ。真弓は動きを止めて、啄木を見続ける。

 啄木の親は幼い頃に殺されたと聞いた。啄木の海が苦手でトラウマになるほど船を嫌っている理由と関係あるのかと考えていると。


「おい……せいで……かかぁ……ごめん……おい……力がのうて…………」


 悲しげに謝る彼に何もいえない。彼は母親を失っている。父親についてはわからない。恐らく父親もなくなっているのだろうと真弓は勝手に推察する。真弓は啄木の手を強く握り、彼の涙をハンカチで拭く。

 拭き終えると優しい啄木の頭と手を撫でてあげた。




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