4 はじめましての再会2

「驚かせたかな。ごめんね」 


 優しく微笑む彼は真弓に顔を向ける。


「はじめまして。俺は久田直文。よろしく」


 綺麗な微笑みではあるが、冷たい冬の月光を想起させる。真弓は怯えながら「よろしくお願いします」と小さく声をだす。

 彼は艷やかな長い黒髪であり、容姿も整っていた。Yシャツとジーンズ、スニーカーを着こなしなたラフな格好ではあるが似合っている。啄木が青空と太陽が似合うとすれば、直文は夜空の美しさを表したかのような存在だ。

 真弓は息を呑み、冷や汗を流しながら一歩下がる。直文は不思議そうに首を横に傾げた。


「……あれ、三善さん。どうした?」

「……っ……ひっ……!」


 普通の反応であるが、真弓は体を震わせて涙目になる。直文から銃口を突きつけているようなもの。彼女しかわからない殺気を向けられている。何が起きているのか、真弓自身もわかっていない。

 顔色が悪くなっていく真弓に、直文は慌てて駆け寄ろうとした。


「……三善さん。本当にどう」

「はい、そこまで。過度なストレスを与えんな。直文」


 啄木は守るように真弓の目の前に立つ。真弓と直文は互いの姿が見えなくなる。見覚えのある大きな背中が視界に覆われ、安心感から真弓の体の震えが止まった。啄木は溜息を吐いて、注意をする。


「直文。お前が警戒するのもわかるけど、今の彼女はまだ違う。そう殺気を送るな」

「……啄木。一体なんのっ……!?」


 直文は目を丸くして顔を斜めに向けると、依乃が服を掴んでいた。


「直文さん。あまり三善ちゃんをいじめないでください」

「依乃……」

「私を大事に思ってくれるのは嬉しいですけど、彼女が悪い人と決まったわけじゃないのです。……楽しく時間を過ごしましょう?」

「……わかった。ごめんね」


 依乃からの頼みに直文は謝り、真弓の姿を覗き込む。真弓はびくっと震えるが、直文は申し訳なさそうに謝る。


「ごめんね、三善さん。俺は依乃のことになると、周りが見えたくなるんだ。本当に申し訳なかった」


 謝る姿に先程のような殺気や得体のしれない怖さはない。

 全体的に柔らかな雰囲気でガラリと変わって、真弓は恐る恐る首を縦に振る。先ほどとは違う様子に真弓は拍子抜け、二人が離れていくのを見送る。啄木は顔を向けて、謝罪をした。


「悪い、真弓。この三人も安吾と同じ退魔師のようなものなんだ」

「……あっ、話に聞いていた他の仲間の?」


 彼は頷き、少女三人に目を向ける。


「有里さん、田中さん、澄ちゃんの三人は訳あって俺達の方で保護している。特に有里さんは特殊な事件にあって、直文が助けて真っ先に保護した。何せ、一部の陰陽師の方でも彼女を狙っている情報もあるから下手に話せなくてな」


 啄木は頭をかいて謝罪をした。


「悪い。信用してないわけじゃないんだ。ただ互いに状況が悪くて話せなかったんたよ」

「…………あっ、なるほど。いえ、気にしてません」


 聞いて、真弓は納得していた。

 啄木側が依乃を保護しており、陰陽師側が狙っている情報がはいる。となると、真弓達に情報漏洩できない。所属している派閥に内部告発者やスパイなどいたため、真弓は情報を出し渋る理由に理解を示した。

 見習いといえど陰陽師で事情を察せられている以上、誤魔化すことは不可能。また真弓は不誠実であると判断し頭を下げる。


「ごめんなさい。啄木さん。実は、陰陽師協会の方でも有里ちゃんを保護するように言われてたの」


 啄木達は言葉を失う。真弓が打ち明けた行為は情報漏洩であり、罰則や信用を下げる行為だ。打ち明けれると思ってなかったらしく、啄木は困惑をし注意をする。


「っおい、その情報。ここで打ち明けたら不味いんじゃないか!?

……というかその情報は本当かよっ? いや、その前にだ。協会から正式に明かされてない情報を先に言うのは貴女の立場が危うくなるぞ」

「……ちょっと、協会の関連でやなことあったからいいよ」

「いや、だから、そう感情的になるのが……」


 啄木は少女の顔を見た。真弓は京都から静岡に戻ってきたばかりでもあり、不快感は拭えてない。表情とリアクションから露骨であり、啄木は仕方なさそうに息をつく。


「はぁ……わかった。ここだけの話にしてやる。けど、落ち着いたら、説教も交えて詳しい話を聞かせてもらうぞ」

「……ごめんなさい」

「気持ちの整理もつけたいだろうから聞くよ。だが、有里さんの件に関しては、協会だけじゃなく葛と重光にも黙っていてほしい。絶対だ。喋るな。門外不出だ」

「えっ、なんで?」


 驚く彼女に、啄木は直文と談笑している依乃に目を向けた。


「陰陽師協会がきな臭いからさ。葛には話してただろうが、重光には話せない。協会のトップに近い人物ほど余計に有里さんの件については話したくない。……彼女に安全な生活を提供できなくなるかもしれないしな」

「……確かに、わかりました」


 言い分を聞き、真弓は頷いた。真弓が見ている限り、彼らの方が安全だと感じていた。陰陽師協会が介入すると、彼らが保護している少女たちは普通の生活ができなくなる。

 彼女は会話している三人を見た。

 茂吉と澄。八一と奈央。直文と依乃。

 見ているだけでも親密さがわかる。特に、真弓は直文と依乃は見ているだけでも、お似合いのカップルと思っているが。


「……ちなみに、直文と有里さんも付き合ってない」

「嘘っ!?」


 啄木は教えられ、驚きの声を上げた。




 驚く真弓に啄木は「本当だ」と伝え、更に驚愕させる。

 少女の顔を見ながら、啄木は真弓側の状況を把握していた。

 土御門兄弟と重光の関係。重光自身から詳細を聞いており、啄木は推察をして同情した。それとなく彼女が納得できる理由を伝えた。が、情報を共有しないのには、啄木が属する組織側の事情もある。

 依乃の件が漏洩すれば、組織側にも不手際が生じる。

 それだけではない。最もの理由は直文にある。陰陽師側が彼女を連れ去ろうとすれば、直文が黙っていられない。直文は革命派の人間の大半を殺している。依乃を狙っている妖怪と悪霊も容赦なく地獄送りだ。変に刺激をすれば、無実な陰陽師たちにも被害を被る可能性もある。故に、漏洩したくない。

 啄木は厄介だと思いつつ、茂吉に声をかける。


「ところで、茂吉。伊豆半島に行くならなんで清水港で待ち合わせなんだ?」

「えっ、見て分かるでしょ。船で行くからだけど」

「はっ?」

「だから、船。清水のフェリー」

「………………はっ?」


 彼はわかってはいた。

 わかってはいたが、理解したくなく啄木は間抜けた声を出していた。


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