6 芝生公園に仕掛ける

 美術館は話す場所ではない。また午後五時に時計の針は回っており、話す場所を変える。

 美術館を出て彼女達は県立大学の近くにある芝生公園に移動した。彫像や美術作品のある通りを通りながら、茂吉と彼女は話していく。八割は直文の話であったが、大分盛り上がる。

 茂吉の話術は凄まじく■■を楽しませた。通りにあるオブジェや彫像についての説明もしてくれる。つまらない時間はないぐらいに、彼の話題の引き出しは多い。

 通りを歩いていく最中、視界が開けて駐車場が見える。木々の茂みがなくなり、日光が彼女達に当たった。日焼け止めも虫除けスプレーをかけてあるが、汗だけはぬぐわないとならない。ハンカチで拭うと、二体の獅子の白い像が入り口にある。

 芝生公園の入り口の一つだ。

 バッグのポケットにある飲料水で失われた水分をとる。美術館近くにある自動販売機で水分は買ったものだ。午後になるとはいえ、夏は日が高くなる。完全に夕暮れになるのは七時近くだ。

 茂吉は携帯の時計を見つめて、ポケットにしまう。


「……そろそろかなぁ。はなびちゃん、付き合わせてごめん。芝生公園によらない。いいかな?」

「……えっ、はい」


 唐突な頼みに彼女は戸惑いながらも頷く。名無しの少女が公園に入る階段を上がったとき、茂吉は獅子の二体の像の間に立つ。■■はどうしたのだろうと見た。



「避渉」



 不思議な言葉と共に、彼の足元から勢いよく波紋が広がる。広範囲に渡っていった。彼女は何をしたのか気になる。奥から話し声が聞こえてきた。顔を向けると、公園の方から数人がやって来て階段を下って公園から出ていく。また公園の駐車場に入った車は、出口にいって公園に寄るのをやめている。

 親子も、ジョギングしている人も、公園で散歩している人も何事もなかったかのように去る。駐車場にある車もほとんどなくなった。公園から人の喧騒が一切聞こえてこない。茂吉は彼女に振り返って笑った。


「じゃあ、はなびちゃん。いこっか!」

「ま、待ってください! なにしたのですか!?」


 聞かれて、茂吉は親指を立てる。


「巻き込ませないようにこの辺り一帯に人避けの結界を張ったのさ☆ 陰陽術も言うより、組織特有の術の一種だね。普通の人は避けるけど、霊力の強い陰陽師や君のような特殊な人間は違和感に気付く。任務に関わっている人間以外の死者を出すのは禁止だからさー。こういう術を使うの。

どんなに激しい音を出しても気に止めないし、こちらを寄ろうとも思わない。見ようと思わない便利な術♪ 隠蔽工作なんてお手のもの。貴方もお一ついかがでしょうか!? 今だけなんと4444円! ……なーんてね☆」


 テレビショッピングのように言う彼に苦笑しつつ、彼女は納得した。


「……私を狙いに来るから、他者を巻き込ませないようにしたのですね」

「そうだよ」


 ■■に茂吉は肯定した。そろそろと言うのは、頃合いと言う意味だったのだろう。夕方頃まで、直文は何をしていたのか。彼女は気になりつつも、公園の中へと向かっていく。

 芝生公園への中に降りる階段から全体を見回す。長方形の四方は芝生の坂。中央も芝生だが、四方の一つにはステージが設置されていた。

 公園と言うが、市民に解放された県立大学の構内の敷地である。普通の公園と同じように火気厳禁やそれぞれの注意事項もある。が、それは超常現象を司る側の人間には意味はなさない。

 彼女達は公園の中に降りていく。ステージに近付くと周囲の風景が揺らめく。捻り曲がって、色が出てくる。空間の捻りが消えると、顔に札の張り付いた男女数人が現れた。

 式神だ。


「やってくれたな……」


 ステージの方から声か聞こえて彼女は顔を向ける。ステージの上には治重がおり、表情が疲れ果てていた。見たときよりも髪がボサボサで、服もよれていた。

 茂吉は周囲の式神を見回し、悪戯っ子の微笑みを浮かべた。


「あははっ、結界の解除と追い掛けっこで疲れたでしょう? 楽しかった?」


 茂吉の強敵悪役ムーヴに治重は声を荒げる。


「貴様は僕を馬鹿にしているのかっ!?

解除時間にかかる強固な結界をはり、嘲笑うかのように我らの三体の式神を屠り、その器に似た式神と追い掛けっこさせるなんて……馬鹿にしすぎもほどがあるぞ!?

あの屋敷の敷地の全体に張られた結界は土御門の術式のもの。貴様、土御門からの保持派かっ!?」


 どうやら、復権派は現状を維持する穏健派を保持派と呼んでいるようだ。

 相手の勘違いを彼女は訂正しようか迷った。組織の事はあまり打ち明けない方がいい。困惑している最中、茂吉の体が震えだした。■■は様子をうかがうと彼は笑い出した。

 

「あっはっはっ! ひぃーっはっはっはっはっはっっ!

俺が陰陽師っ……勘違いにもほどがあるだろっ。駄目だ、面白すぎだ……ぶっ……くっ、あっ、あーっはっはっはっはっはっ!」


 転げ回ってお腹を押さえるほどの爆笑だった。公園中に響き、■■は驚く。

 陰陽師も笑われるとは思わなかっただろう。鳩が豆鉄砲を打たれたと形容できる顔をして、だんだんと顔を赤くして眉間のしわを深くする。茂吉は足を勢いよく降って、器用に全身を起こして立ち上がった。治重を見つめて、彼は笑みを歪める。


「本当勘違いにもほどがある。化かされたんじゃないか」


 含みのありすぎる笑みを見て、治重は何かに気付いたらしい。懐から数枚の札を出して、茂吉に勢いよく飛ばす。

 札には稲妻が纏っている。当たれば痛そうだが、茂吉は片手で勢いよく取っていく。札の稲妻もいともせず、くしゃりと手の中に納めた。手を開き、紙屑を地面へと落ちていく。

 強力な札からただの紙屑になってしまったものを見て、治重は言葉を失った。茂吉はただ笑っている。


「ねぇ、俺はなんだと思う? 霊能力者? 霊媒師? 陰陽師? 呪術師? 僧侶? 妖怪? ねぇ、どっちだと思う?」


 迫るように聞いて、陰陽師の顔色を悪くさせていった。

 主の危機と感じた式神が腕を鎌に変化させて、茂吉を斬りつけよと振るうが、彼はすぐに手を振るった。

 鎌の腕が斬り飛ぶ。

 茂吉の手には武器が握られていた。長柄で大振りの刃物を持った斧。両手でしか持てないような斧を軽々と片手で扱っている。

 ■■も治重も驚く。隙もなく茂吉は何もない所から手斧を出して相手に投げつけた。鎌の式神の顔に勢いよく刺さる。全身が痙攣すると体が砂のように溶けて消える。スキップをして茂吉は手斧を取りに行き、彼女の元に戻った。陰陽師に目を向けて、茂吉は明るく笑う。


「ねぇねぇ、これって正当防衛でいいかな?

向こうから攻撃してきたんだもん。いいよね?」

「正当防衛の状況ではないだろ!?」


 相手からの正確なツッコミに茂吉は「ちぇ」と拗ねる。明らかな実力差。嘲笑う挑発。彼はふざけているのかと思ったが、次に茂吉の呟きで判明する。


「もう時間稼ぎはいいか」


 彼女が目を丸くすると、治重が怒りを露にして式神達に声をかけた。


「お前たち、この男を殺せ。少女を捕らえろ! 解!」


 印を組み、言葉を吐くと顔に張られていた札が消えた。数人の人の姿が変わり果てていく。茂吉は溜め息をつきながら、斧を担いだ。


「一人はともかく、守りながら戦うのはナノぐらい難しいかな。でも、守んないと俺が直文に殺されちゃうよ。だろ?」


 空を見上げて言う彼に、ステージの前に勢いよく人が空から降りてきた。大きな音をたてて地面には穴ができる。騒ぎが起きても本当に人は来ないらしい。穴の中央には人がおり、片手に複数の何かを持っている。


「そうだな。確実に俺はお前を殺すな」


 ゆっくりと立ち上がり、その人物は淡々と相手を見据えた。変化済みの直文が空から現れてきたのだ。

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