7 組織の仕事

 陰陽師は直文の姿に言葉が出ない。


「幸徳井治重。手土産だ」


 彼からステージの方にあるものを投げられた。足元に来たそれを見て幸徳井は息を呑み、腰をついて後ろへと下がる。

 

「ひぃぃぃぃっ……!」


 顔面蒼白で情けない悲鳴をあげた。だが、情けなくなるのも当然だろう。治重に転がったものを見て怯える。風にのって鉄の錆びた匂いがする。血が滴っているのだ。治重が何故怖がるのか、本人が口にする。


「な、なんで、同じ一派の仲間が、何で首だけっ!?」


 彼女は目を丸くした。首だけの状態と聞いて、見ないように心がける。直文は二人がゆっくりとしている間に、敵の戦力を削いでいた。生首を見ても、半妖達は慣れているらしく平然としていた。

 直文は月光の笑みを湛える。


「持ってきた首はお前に協力していた組織の重鎮一人。部下複数名。首以外の部分、他に関わっていた陰陽師数人は海の恵みになってもらった。海の生き物が喜ぶだろうな」


 物はいいようだ。彼の言葉で悟ったらしく、治重は更に震えを大きくした。

 彼女は驚いている。穏やかな彼から思い浮かばないほどの苛烈だからだ。茂吉は微笑みを消して、治重を呆れて見つめる。


「あーあー……逆鱗にふれちゃった。って、もう遅いか」


 直文は言葉を吐く。


「光焔」


 生首が一瞬で黄金の炎で燃やされて跡形もなくなった。治重は息を呑む。


「なっ、なんで、容易に言霊をその姿、その力っ。陰陽師じゃない? じゃあ、お前は、お前らは一体っ?」

 

 飛び上がって直文は■■の近くに来る。彼女は寄って怪我がないか確認した。


「直文さん。大丈夫ですか? 怪我はありませんかっ!」

「っと、はなびちゃん。うん、大丈夫だよ」


 大丈夫だといっても、彼女は全身をくまなく見ていこうとする。申し訳なさそうに笑って彼女の両肩を少し押して、距離を空ける。互いに顔を見て、直文は笑って見せた。


「心配させてごめんね。俺はちゃんと無事だよ」

 

 言葉を出さずに、彼女は瞳を潤ませて何度も首を縦に振る。

 彼は周囲の式神に向き直った。周囲の式神は人ではなく、妖怪の姿になっていた。

 茂吉はある一体の妖怪に目をつける。

 一本足で頭がない。胴の胸部分に顔がかり、全身が白くのっぺりしていた。彼女に目線を向けており、「転、操、滅」という言葉を繰り返している。彼女も気付いたらしく一目見て、直文に抱きついた。怯える様子を不気味な顔でニタニタと彼女に笑って。


「やっだぁー! 山の都市伝説のヤマノケじゃんっ。確認してきたもの全部狩猟したと思ったのにまだいたんだぁー!」


 歓喜の声にその怪異は表情を驚愕したものに変えた。ほしいものを見つけた女子高校生のように、茂吉は表情を輝かせてた。


「そっかぁ。変生の法で体が人間で、魂が妖怪だからあんな風になったんだ。あっ、これ珍しいケースじゃん。なおくーん、ここにいる式神何体か捕獲して、本部直送していいー?

研究、解剖、うんであの人の餌になってもらうんだけどさー」

「いいと思うぞ。もっくんの駄賃にもなるし」

「任務も捗るし、一石二鳥! じゃあ、陰陽師とはなびちゃんに俺の正体を明かすサービスサービスぅ♪ ドロン!」


 茂吉は木の葉を頭にのせると煙が彼を全部包む。煙が消えると、直文と同じように姿を変えていた。

 長い髪に狸の耳に勾玉の耳飾り。青い軍服に半ズボンにはガーターベルトに似た物をつけ、黒い編み上げブーツを履いている。首には勾玉のついた長い数珠のようなネックレスをつけていた。狸の尻尾を揺らして、可愛らしくVサインを決める。


「寺生まれ寺育ちの狸の半妖寺尾茂吉デスっ! よろぴん☆」


 相方のポーズを見て、直文はあきれた。


「成人男性の見た目でそれ可愛らしくやるのはきついぞ。茂吉」

「あっはっはっ、俺が楽しければいいんだよ」


 妖怪に囲まれているのに最中、やり取りを余裕に行う二人。半妖と聞いて治重は衝撃を受けていた。口をあんぐりと開けて何も言葉がでない。彼の様子からして、彼らのような半妖の存在は知られてないようだ。

 治重は我にかえって、二人をあり得ないように見つめた。


「そ、そんな馬鹿な……っ。半妖……!?

滅多に生まれぬ存在が、現代にいないはずの存在が何故並みの妖怪以上の力を……!」


 茂吉は笑みを歪める。


「そっちの驚くのに飽きたから、ちょっとこっちから仕掛けさせてもらうね。暗影」


 言霊らしき単語を吐くと、いくつかの妖怪の影から線が伸びた。影は妖怪の体に巻き付く。抜け出そうとするが、影の縄で縛られて身動きはとれなかった。動かない妖怪達を見つめて、茂吉は納得する。

 

「はっはー、なるほど。式神になる妖怪は指示にしか従えないし、意思を半分奪われる。だからこーんな簡単なものから逃げられないのか。……なんて、つまらない」


 ため息をはいて茂吉は数枚の札を出す。本部輸送と書かれた物だ。茂吉の目星をつけた妖怪に一枚一枚投げて、貼っていく。貼られた瞬間にその妖怪の姿は消えた。書かれている通り、本部に送られたのだろう。行方不明の中学生は骨壺に納められて帰ってきた。恐らく、今回も組織にとって合理的な方法で処理される。

 残っている妖怪に茂吉は見つめて、無邪気に笑った。


「じゃあ、力見せちゃおうかなー。直文ははなびちゃんを守りつつ、治重の処遇を任せるよー」

「了解」


 斧を構えて、茂吉は駆け出す。直文は彼女を引き寄せて、ステージにいる治重の前に飛んで降り立つ。茂吉は影で縫い止めた妖怪達を解放した。妖怪二体は直文達に襲いかかろうとする。その二体の目の前に茂吉が現れて、斧を振って地面に叩き伏せる。

 押し倒された妖怪はよろよろと起き上がった。その他の妖怪は茂吉に目が行き、彼はあっかんべーをして、敵を分かりやすく煽ったのだ。明確な挑発は腹が立つだろう。妖怪達は標的を直文から茂吉へと変えた。

 治重は顔をあげて、直文を見る。

 彼は絶対凍土の表情で見つめており、表情が崩れない。彼の胸ぐらをつかみ、立ち上がらせる。直文は迫力ある表情を近づかせた。


「幸徳井治重。答えろ。貴様の言うナナシ様は何処にいる?」

「……っ! な、ナナシ様と契約を交わしたのだ。簡単には答えられない!」


 相手の言葉に直文は目を細めて。


「式神を作るのに人を使っているからか。名取の社と手を組んで、人を神隠しさせて捕らえているからか。人身売買に手を出しているからか。反魂の秘術を応用した変生の法を使っているからか。妖怪を利用して他の陰陽師の派閥を脅かす気か。国の主権を取って変わる気か。それとも、お互いに利用しているのを知っているが故に、ナナシ様を操ろうと模索しているのか。ナナシ様は恐らく『きさらぎ駅』のような曖昧な空間にいると見た。場所もその辺りだろう。……このように答えてみたが、どうだ?」


 全て口で打ち明けられ、治重は沈黙して顔色を真っ青にした。打ち明けた全ての情報が陰陽師にとっては機密だったようだ。

 直文の黄金の瞳が底冷えたものになる。


「相手が名前を返す気がないなら、こちらから奪い返すしかないだろう? そのつもりで俺は今まで調べて来たんだ」


 迫力のある表情で言われ、治重は負けじと声を張り上げた。

 

「い、いくら半妖とはいえ、半妖は半妖だろ。私達とナナシ様の作り上げた式神は強いぞっ!」


 震えた声で見栄を張っている。バレバレであり、動揺をしまくっていた。相手が陰陽師ではなく、人外とも言える存在であるとは想定してないからだ。

 直文は光ある笑みを浮かべる。


「虚勢か? なら現実を見ろ」


 声色は冷たかった。直文はステージ外に治重を投げる。

 彼女も投げた方へと見た。

 斧を軽々と振る、茂吉が二体の妖怪の胴を薙ぎ切る。片手で一体目の妖怪を斜めに捌き、二体目を両手で縦真っ二つに割る。

 斧が地面に深く突き刺さるが、彼は斧の長い柄を踏み台にして高く舞う。よく見ると、コートの内側には手斧があり、それを手にして投げ飛ばしていく。妖怪達は避けるものの、数は多いため、容易には避けられない。

 全ての個体が大ケガは逃れようと中央に集まっていく。その近くに茂吉が現れた。


「いいよ。現実を見せてあげる。──隠神刑部の力。とくとご覧あれ」


 楽しそうに笑って、笑みを歪ませた。


宵々牙よいよいが


 彼の手に群青色の大きな影の斧が出現する。茂吉は勢いよく斧を振って、中央に集まった妖怪を薙ぎ切った。

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