3 黄泉比良坂 常世 桃源郷を越えて

 仮面を外し、男は姿を表す。

 白の入ったグラデーションの赤く長い髪を一つに結び揺らしている。若々しく見えるが、直文たちよりも歳上なのは明白だ。逞しくも美しい顔立ちの額には二本の角。金色の瞳持つ両目は彼らを優しく見ている。


「拙僧は五鬼義二。善子の夫で前鬼の半妖だ。ここの『きさらぎ駅』は我らの力で形成されている。前鬼と後鬼は阿吽でもあるとされるがゆえに、我々はその力を司れる。そして、ここの門番を任されているのだ。そうであろう、善子」

「ええ、ここは関所なようものなの。そして、阿と吽はサンスクリット語では宇宙の始まりと終わり。万物の始源と終極を意味していると言われているわ。入口と出口と解釈できるわね。ね、義二さん」


 善子は首の長い水壺を出し、義二は頷きながら背中に翼をはやし手に鉄斧を持つ。


「その通り。そして、今からその異界の門を今開ける」


 ガツンと音が響き、義二は刀印を作る。


「拙僧は前鬼の半妖。五鬼義二。天国、桃源郷、ニライカナイへの道──諸々の道への門、開門」


 善子は水瓶を傾け、水を流す。水瓶からは水はとめどなく出てきており、駅のホームに流れ落ち線路を濡らしていく。地面が濡れていくのであればいいだろう。周囲には放水されたかのように水流が現れ、線路を水で埋め尽くす。その水は清浄でありながら、人に畏怖を抱かせるもの。

 水瓶を皿に斜めに傾かせ、水の流す量を多くし善子は微笑む。


「私は後鬼の半妖。五鬼善子。冥府、常世の国、根の国への道──諸々の道への門、開門」


 ガツンと鉄の音が響く。義二が柄を地面に向けて、強く叩いたのだ。

 すると、トンネルの入口に赤く塗られた扉が現れた。桜と大きな一文字で書かれおり、しめ縄や鈴などがつけられている。火の玉が現れた。


「「煉獄、辺獄、黄泉、地獄への道開門。桜花への道接続完了──開門」」


 二人の言葉とともに火の玉が揺らめき、大きな扉が音を立てて開いていく。

 中から、ステンレスの列車が水音を立てて出てきた。木造や機関車ではない。一両編成の現代に走っても違和感のない特急の車両だ。

 線路の走る音と水の音。ゆっくりと『きさらぎ駅』のホームに停まっていく。

 列車を運転するものはいない。自動操縦となっているようだ。少女たちはぽかんとしていると、列車の扉が開いていく。窓ガラスから見える中は特急使用の座席であった。

 義二は斧を手にしながら朗らかに笑う。


「最初のうちは我々の用意した正規の道を通らなくてはならないのだ。道を通っている間、組織への道にそなたたちの魂を認識させる。しないと、簡単にあの世へおさらばであるからなぁ」

「笑うことではないですよ……先生」


 澄は突っ込むと善子は水瓶を傾けるのをやめ、全員に声をかける。


「さあ、皆。早く乗りさない。三途の川の水はそんなに持つものではないから」

「はぁーい……って、三途の川の水!?」


 奈央が驚き、依乃と真弓もびくっとして驚いた。三途の川の水が駅の線路を満たしていることに、足を取るが善子は急かす。


「列車に乗れば大丈夫。水は色んなところに通じるもの。民俗や神話でも、水にはいろんな側面がある。その多様性を利用して、今回は安全に道を通じるようにしている。三途の川は許可得て放流してるから安心して。ダイジョーブ! 私達が安全に送り届けるから!」


 明るく笑う善子の言葉に押され、列車の中に入る。少女たちが中に入っていくと、彼らもあとに続いて列車に乗る。

 全員が列車に乗ると、澄は列車の席に座る。すると、アナウンスが流れた。


【扉が閉まります。ご注意ください】


 女性の声。善子のものだ。

 アナウンス通りに列車は閉まる。動き出すとわかり、三人の少女は慌てて列車の座れる場所に座った。依乃の隣には直文。奈央の隣には八一が座る。茂吉は澄の圧に負けて隣に座っていた。残る真弓と啄木も同じように座る。

 車内放送が入った。


【こちらの列車は特急サクラフブキ一号『桜花』行です。各駅は停車せず、終点へと直行していきます。座席はすべて自由席となっております。トイレは備え付けられておらず、すぐに到着いたします。社内は禁煙です。

お客様にお願い致します。人間の皆様は身隠しの面を外さず、身につけたままにしてください。あの世の存在に感知され、連れ去られる恐れがあります。また携帯電話の使用は原則禁止とさせていただきます。おかしな場所に繋がり、憑かれる可能性があるため、命惜しくば携帯電話の使用はおやめください】


 最後でとんでもない車内放送の締めくくりをされる。依乃はすぐさま携帯電話の電源を切る。奈央は八一の腕を抱きしめ、興味本位で真弓は試そうとする前に、啄木に没収され携帯電話の電源を切られた。

 列車が動き出すと、線路を走る音だけでなく水音も耳に入る。窓辺の席に近くにあるからか、水音が聞こえ窓ガラスが濡れていた。列車は速度を上げて、トンネルにある扉の中に入っていく。

 水音がなくなり、線路の音だけが聞こえてくた。

 車窓からは多くの風景がすぐに流れていく。風景も見る間もなく、トンネルの暗闇の中に入った。

 伏見稲荷のような大きな鳥居がいくつも現れた、列車はいくつもの鳥居をくぐっていく。

 真っ暗な空間と鳥居をくぐり抜けると、外に出ていた。車窓からは森と遠くには青々とした山と紅葉した山が見えた。

 ものの数分の出来事に依乃は呆然としていた。


「……今の……何ですか……?」

「天国、桃源郷、ニライカナイ、常世の国、根の国、黄泉、煉獄、辺獄、地獄を抜けて、組織にある異界に行くための門と考えてほしい。詳細は企業秘密だ」


 人差し指を立てて、秘密と話す直文。教えられ依乃は何気なく窓の外に目を向けると、建物が見えてきた。高級マンションや高級ホテルとも言える綺麗な現代風の建物。遠くには和風の旅館に似た建物もある。

 敷地が広いようだ。車内放送が入った。


【まもなく、終点『桜花』、『桜花』に到着いたします。お忘れ物のないようお支度ください本日は特急サクラフブキ一号をご利用くださいまして、誠にありがとうございます。まもなく終点『桜花』です】


 善子の声による放送とともに速度は落ち、ゆっくりとホームに止まる。ホームはしっかりとしたものではなく、無人駅のホームである。

 全員は立ち上がって、外に出た。駅のホームに彼らは降り立つ。線路は先には続いている様子はなく、代わりに車庫や整備する工場などが線路の奥に存在していた。

 無人駅のホームから降りる階段に沿って道がある。彼らが仮面を外すと、直文は少女達に声をかけた。


「外していいよ。ここは現実世界と同じだから安心して居れるから」


 言われ依乃は身隠しの面を外した。後から少女達も面を外す。

 風が吹き、依乃は目を瞑り微笑む。秋風でありながら心地よい。彼女は深呼吸をした。混じり気のない新鮮な空気。鼻腔に通るのは瑞々しさだけでなく、秋の香りとも言える草花の香りもあった。


「……空気が美味しい。凄く澄んだ場所……」


 依乃の感想に、奈央も微笑んで周囲を見ていた。


「本当、ここすごくいいね! 上高地……屋久島……尾瀬……稚内……ううんそれ以上に心地良い。人工物があるのに、降りた瞬間に居心地いいなって思っちゃうのすごいね……」


 はしゃぐ奈央に、真弓は困惑としていた。


「うそ、霊験以上にここ神域か聖域じゃないの……? ここが……ええっ……」


 少女三人の反応に、澄は微笑みを浮かべた。


「驚くのも無理ないよ。ここは、私達特殊な半妖たちが住まう実家のような場所なんだ」


 澄の言葉に続いて、茂吉は仮面を仕舞いながらため息をつく。


「……居心地いいというけど、ここは俺たちにとっては第二の実家のようで、用意された鳥籠やお払い箱でもある。見方によってはとんでもない場所だってこと、君たちは知ったほうがいいよ」


 茂吉は歩き出して、駅のホームを降りていく。彼の後を追うように澄はあるき出した。

 組織の半妖、もしくは成り立ちを知る者でしか見れない視点。鳥籠、お払い箱。彼らの本部がある場所は見方によっては飼い殺す場所ともいえる。

 話を聞いて奈央は暗い表情をするが、八一が乱暴に頭を撫でた。八一は悪戯っ子の微笑みを浮かべたのちに背を向けて歩く。プンスコと擬音が出るように奈央は怒り、八一を追いかけた。

 真弓は意味がわからないという顔をしている最中、啄木に声をかけられて共に向かう。

 残された依乃と直文。茂吉の話の意味を依乃は解っており、両手で胸の上を掴む。自分は置いていき、直文のそばに居れないのだと。彼に寂しさをいだかせてしまうと。

 心配そうに直文に顔を覗き込まれる。


「……依乃? どうしたんだ?」

「い、いえ! なんでも……」


 依乃は慌てて笑顔を向けるが、首を横に振られる。


「ない、なんてないはずだ。……俺の相方が変なこと言ってごめんね」


 直文は申し訳なさそうに謝る。見透かされろうと予想はしていた。依乃は申し訳なく首を横に振る。


「大丈夫です。気にしてませんよ。……ただ私のこの先について不安になったのです」


 黄泉比良坂でみたもう一人の自分に言われた事。茂吉の指摘に不安が溢れただけだ。彼女の手に逞しい直文の手が伸ばされる。依乃は顔を上げると、直文は真面目な顔で彼女の手を両手で包んだ。


「この先わかっていることがあるから、わからないことが多いから不安になるんだ。その時は俺が君の手をこうして握って、依乃の名前を呼ぶよ。

依乃。怖くなったり、不安になったら俺の手を握って。抱きしめたりしてもいいから、俺を頼って」


 相変わらずの真っ直ぐな彼の言葉に、依乃は顔に熱を感じながら感謝と気持ちに応える。


「ありがとうございます。直文さん。私も、その、貴方が不安になったときはそばにいますね」


 握り返すと直文は瞬きを数回した後、嬉しそうな笑顔を見せた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る