2 鬼の駅員 阿吽の門番

 ゲームをやっている有様に三人の少女は拍子抜けた。半妖らは呆れている。鬼の女駅員は気付いて、三人の少女に目を向けた。


「あらあら、貴方達。もしかして、あんごーちゃんの言ってた保護した子たちに協力者ちゃん? やっだ、ごめんなさいねぇ! すぐに中断するから!」


 鬼仮面の女駅員はコントローラーを手慣れたように操作し、ゲームを即中断させた。テレビから音が消え、静けさがやってくる。事務室のドアが開き、鬼仮面の女駅員は三人の近くにやってくる。身長は高めであり、頬に手を当てて「あらあら!」と嬉しそうに微笑む。


「可愛いじゃない! もう、なおくんとやっくんとたくぼっくんがこんな可愛い子たちを連れてくるなんて。ねぇ、パイルバンカーとか興味ない?」

「乗っけから濃い話題と彼女達にわからない質問をぶつけないでください。善子先生!」


 啄木のツッコミに善子と言われた駅員ははっとして申し訳なく頭を下げた。


「ごめんなさい! 布教のチャンスだと思ってついね。私は五鬼善子。後鬼の半妖なの。事務室で四肢をついているのは私の夫の五鬼義二。前鬼の半妖よ。今私達バーガーセットのおごりをかけて、レースゲームで戦ってたの。で、今私の勝ったところなのよ」

「皮……バナナ」


 喜ぶ奥さんの背後では敗因を呟きながら落ち込む義二がいた。思った以上に俗世に浸かっており、部屋の中はゲーム機やグッズなどで溢れている。仕事しているのかという不安に駆られていると、直文が三人に声をかけた。


「依乃、田中ちゃん、三善ちゃん。ああいうのは職権乱用っていうから社会に出たら真似しちゃだめだよ」


 先生のように教える直文に、三人は素直に頷いた。


「そうよねぇ。なおくん。お娘さんたち、こんな駄目な大人になっちゃだめよ〜」


 うんうんと同意しながら、善子は自身を指して朗らかに言う。

 三人の少女は思った。もしかすると、彼女は八一、茂吉、安吾以上の曲者かもしれないと。直文は先生に向けてため息を吐く。

 善子は全員に目を向けて、本題に入る。


「さて、みんなの目的はわかってます。『桜花』に向かいたいのでしょう?

夫と一緒に用意するから、待ってて。……っとその前に、まず刻む必要があるわね。とおるちゃんは再発行で、新規発行は二人。仮はひと」


 善子は真弓に目を止める。じっと見続け、真弓は見続けられ困っていく。啄木が止める前に、善子は仮面を外し素顔を見せた。

 鬼女というのは美しい存在がいる。善子もその一人であり、蒼い口紅な白いグラデーションが入った髪をシニヨンという髪型でまとめていた。額には二本の角を生やしている。仮面に角などの装飾はついていないタイプのようだ。

 少女のような美しさのように見えるが、しっかりとした大人の女性だ。仮面に術がかかっているのか、髪などの一部が認識できなかったらしい。人外とも言える美しさを体現していた。

 仮面が消えると、金色の瞳を持つ目が鋭くなり善子から張り詰めた声が響く。


「いいえ、新規発行は三人ね。この件は発行してからすぐに本部に通達します。……新静岡駅に繋げるよう安吾から連絡来た意味を今理解したわ」

「……先生。その反応からして……三善真弓さんの案件はよろしくないのですか?」


 芳しくない様子に直文が思わず聞くと、善子は頷く。


「ええ。とってもよろしくないわ。……今は断定はできないけど、陰陽師はとんでもないものを隠している可能性がある」


 とんでもない可能性。『悪路王』なのではないかと、その場の一瞬が思うが善子は話を続けた。


「多分、『悪路王』と同じくらい大物。その『悪路王』とは関わりがあるといえば、少なからずあると言える存在。……詳しくは本部で調べてからの方がいいでしょう」


 善子はパンパンと二拍し、表情を笑顔にして両手を少女たちに見せる。


「さて、四人は『むすんでひらいて』っていう童謡を知っているかしら?

元は賛美歌なの。けど、その賛美歌曲は別の形で広まったから、日本では『むすんでひらいて』なの。なんでも元はオペラ曲の一節で、イギリスの音楽家が翻訳して作ったオペラ曲が人気が出てから様々な経緯を得て賛美歌になったとかなんとか。

日本語版の歌詞は終戦後に広まったの。ちなみに作詞者は現時点で不明なの」


 豆知識を披露され、四人は興味深そうに聞いていた。小さい頃はやってたであろう手遊びの歌。


「じゃあ、とおるちゃんたち。四人とも両手をこうだしてやりましょう!」


 善子はにこにことして、パーにした両手を広げている。本当にやるのかと、四人の少女は目配せをしている。雰囲気からやらざる得なく澄はため息を吐くと、残りの三人は恥ずかしそうに身を縮こませた。

「私の真似をしてね? それじゃあ行くわよー?」


 明るく笑いながら、歌が始まる。

 結んでグー。開いてをパー。手をうつは拍手。善子の母性のある優しい歌声と共に四人は手遊びをする。

 善子と共に手を上に掲げると手の甲が光り、ぽんっと音と戸に桜の花のスタンプが押された。


「「「えっ!?」」」


 澄以外の三人は驚くと、善子は楽しげに笑う。


「大丈夫! すぐに消えるから。じゃあこれで最後だから、やっちゃいましょう!」


 善子は歌い出し、三人は慌てて姿勢を正す。

 再び手遊びをしだして、最後に手をぎゅっと握り締めて拳を作る。すると、少女達四人の手の甲にある桜の花のスタンプは消えた。消えたスタンプに三人はそれぞれの手を見ていると、善子から説明が入る。


「スタンプみたいに押されたのが定期ね。身隠しの面をして改札口でICカードを当てる場所に押された手を翳せば、この駅に辿り着くわ。普通に言霊を使えば押せるのだけど。久々におばあちゃん、子孫の子供たちのように遊びたくなって手遊びしちゃった!」


 子孫の子供と聞き、三人は善子の実年齢が気になった。直文たちが四百歳以上であるなら、その年を余裕で超える歳であることは間違いない。初対面で聞くのは失礼に当たるため、三人は疑問を引っ込める。

 澄は手を見ながら、善子に顔を向ける。


「けど、先生。私はともかく三人により強い印を押しましたね。確実にここに来れるように……それほど大事ということですか?」


 険しい声で聞かれた善子は笑顔をやめ、真剣な顔で全員を見る。


「断定はできないと言ったはずよ。曖昧なものに対して、すぐに答えを出すべきではないわ。本部についてからになさい。もう、手配ができるから駅のホームで待ってなさい」


 促され、八人は駅のホームに向かって歩いていく。きさらぎ駅という駅の看板が見えた。駅の看板には行き先は路線名が乗っている。あの世とこの世域の名前が多く乗っている中、分岐するように路線が一つ。路線には各駅の名前が無く、終点の『桜花』の名だけが乗っていた。

 駅のホームは禍々しくなく、綺麗にされている。

 ホームから見える光景。周囲には家はあるが、昭和に建てられたような木造の建築物がいくつか見えた。郷愁を感じさせるものばかり。昭和レトロが好きな人間にはたまらないだろう。秋の風が吹く。葉と葉がこすれる音が聞こえ、風の音が彼らの近くを通り過ぎていく。『きさらぎ駅』という看板さえなければ、周囲は普通だ。

 下りや上りをゆく線路の先にはトンネルがあり、奥が見えない。ただ闇があるのみ。

 直文が話し出す。


「あれは伊佐貫トンネル。きさらぎ駅の話に出てくるもの、本物といえば本物だ。先生たちは『きさらぎ駅』を利用して、過去や異世界をつなげる仕事をしている。単独でも本部には行けるけど、大所帯だから駅を利用させてもらった」

「『きさらぎ駅』……前奈央ちゃんの話で聞いたことはありますが……」


 依乃は異界にある駅という話ではあるときいた。すると、「あー!!」と真弓の驚きの声が上がる。


「思い出した……。前鬼と後鬼って……修験道を守護する鬼神! そんな半妖もいるのっ!?」

「……前鬼と後鬼? なにそれ」


 不思議そうな奈央に真弓は説明をする。


「前鬼と後鬼は、修験道っていう宗教を守護する鬼神たちでね。阿吽である金剛力士立像と同じような立場なの。昔悪いことをしていたけど、修験道を作り出した人が叱って止めたの。悪いことしないと誓って、修験道を作り出した人に仕えるのだけど……」

「そう、拙僧たちはその半妖」


 真弓の説明の後に、聞き慣れる声が聞こえる。

 全員が振り向くと善子だけでなく、仮面の駅員の男性もいた。真弓は「あっ」と声を上げる。


「バナナの駅員さん……」

「敗因を述べるのはやめてくれ。今の拙僧にそれは効く……」


 仮面を手にし、悲しげに言葉を吐いた。

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