🌌5-2章 前楽2 秋の虫よりも落ち着かぬ状況
1 組織専用の『きさらぎ駅』
直文と依乃、啄木と真弓。四人が現世に戻ってきた。
私鉄の商業施設のビルから身隠しの面をしながら、二人が少女たちを抱えて降り立つ。茂吉と澄が預けた荷物を持ちながら、待っている。少女たちを下ろし、四人は仮面を取った。直文と啄木は仮面を取ると同時に元の姿へ戻る。
荷物を持ちながら茂吉は明るく声をかけた。
「四人ともお疲れ! 一段落付いたって感じだね。無事でよかった……って言える顔をしてないな。啄木と三善ちゃんとはなびちゃんは」
相方の言葉に気付いて、直文は三人に顔向けてぎょっとする。啄木と真弓は表情を曇らせ、依乃は不安げな顔をしていたからだ。暗い三人に茂吉はひどく神妙な顔をし、澄の肩を軽く叩いて依乃に目線を送らせた。澄は意味を理解し、後輩に駆け寄る。
茂吉は啄木と真弓に声をかけた。
「二人共、どうした。結界の中で何かあったかい?」
啄木は深刻な顔をし、結界内であったことを報告する。
「陰陽師協会の大本がわざわざ顔を出しに来た」
「何だって?」
会長の遭遇に茂吉も流石に驚いていた。直文も話を聞いて目を丸くしており、啄木は結界内にてあったことをすべて話す。
結界内の動向、会長が組織の存在の有無。送祭りについて。真弓だけでなく、『変生の法』を使用して生まれた陰陽師についても。あった全容を聞き、茂吉と直文はいつも以上に真剣な顔であった。
直文の眉間の皺も深くなる。
「……向こうは、俺達の存在を把握していたということだよな。可笑しくないか? 茂吉」
「そりゃそうだ。俺達組織の存在を認知しているのは、組織の一員の身内か協力者。高貴な妖怪か神獣、一部の人間の一族ぐらい。限定されているし、漏らしたら処罰来るしね。けど、まっさか……三善ちゃんが喧嘩を売るとは。……直文も予想してなかっただろ」
「まあ、俺もこればかりは。……何をしているんだってツッコミたくなるけど」
「もう終えた事とはいえ、この先を考えないと……」
頭を掻く茂吉に、直文は腕を組んで難しそうに考える。双方の話に真弓は若干涙目で震えていた。しでかしたことを改めて思い知って泣きたくなっているのだ。
澄は後輩に優しく声をかける。
「はなび。何か、辛い事でもあったかい?」
依乃は黙って首を横に振る。浅間神社で見たものは黙っておくつもりらしい。そんな彼女に直文を向けて、心配そうな顔をしていた。茂吉はそれぞれの状況を見つめ、ため息を吐いて、ぱんぱんと手を叩く。
「はーい、寺生まれの俺にちゅうもーく。こんなもやもやとした雰囲気で立ち止まってるわけ行かないぞ。まず行動しよう」
彼らの目線を茂吉自身に向かせたのち、今の目的を吐く。
「俺達がすべきことは、本部に向かうことだ。こんなに混沌とした状況じゃあ、一度本部で整理して調べた方がいい。直文と啄木、澄。三人から異論は?」
三人は首を横に振り、ないと表明した。茂吉は依乃と真弓に話しかける。
「有里ちゃんと三善ちゃん。まず落ち着ける安全な場所に行こう。あそこなら陰陽師たちも手を出せない。いいかな?」
聞かれ、二人は頷いた。
六人は私鉄の一階へと向かう。商業のエリアを抜けて、駅の改札近くに来ると声がかかる。
「やっほ、待ってたぜ。六人共」
声がするの方には、八一と奈央がいた。駅の改札の前で立って待っており、奈央は依乃と真弓に駆け寄り抱きつく。
「はなびちゃーん! 真弓ちゃーん! 大丈夫!?」
二人は困惑し、依乃が対応をする。
「な、奈央ちゃん。わ、私は大丈夫だよ! ……でも、真弓ちゃんが大丈夫と言えない状況なの……」
依乃は心配そうに目を向け、向日葵少女も真弓に目を向ける。啄木の話した全容を依乃が掻い摘んで話し、八一と奈央はびっくりしていた。自分の中でなにか仕掛けられているという恐怖は奈央が実感しており、元気づけようと拳を握って真剣に話す。
「真弓ちゃん。怖くても、私と依乃、先輩がいるからね。それに真弓ちゃんには佐久山さんがいるから大丈夫だよ!」
名前を出されて真弓は啄木を向けると目が合い、微笑まれる。
「安心しろって。俺が調べてやる」
「……がたいいずる医師だよね。啄木さん」
「なんだよ、それ。というか、黄泉比良坂をでてから俺に対して機嫌悪くないか……?」
「知らない。ふんだ」
頬を赤くして拗ねてそっぽむく真弓に、啄木は困ったようにメガネを掛け直す。
──一連の話を聞き、八一はあまりいい顔はしていない。
「啄木。それって、三善さんだけか? 何となくだが、三善さんだけじゃなく『変生の法』をかけて生まれた陰陽師たちにも当てはまるんじゃないか?
前の夜久無とか、特にそうだろ。あいつ強い妖怪に力を与えられて、前世返りしたらしいけど」
夜久無の件については真弓は知っているが、協会に不信から黙秘している。聞かれた本人は複雑そうに腕を組む。
「あの会長もそうだし、『悪路王』自体も……穏健派の『陰陽師』だ。……そうなると、外的要因じゃないよな……これは内的要因」
「いや、外的要因だと思う」
啄木を遮り、茂吉は否定をする。澄以外は驚き、彼はその理由を話す。
「悪路王は確かに夜久無を妖怪に戻した。土肥海岸での復権派の陰陽師が妖気をたっぷりと詰めた札。あれぐらいの量の妖気を受けて戻ったと見ていい」
「茂吉。それは何のためだ」
八一が聞くと、澄が口を開いた。
「彼にとって大切な人を害そうとする人間の排除。もののついでの実験といったところかな。彼個人が陰陽師ならば、もうほぼどちらの派閥を裏切っているようなものだよ。そうなると、『悪路王』は第三者となり得る」
復権派も裏切り、穏健派も裏切り。『悪路王』が陰陽師であるならば、どちらの派閥を裏切ってもデメリットが多いだけだ。私的にやっているならば腑に落ちるが、奈央は納得行かない顔をしていた。
「でも、裏切っているなら追われるんじゃないのかな。……なんで野放しにしているの?」
「お嬢さんの疑問は確かだが、野放した方が穏健派側にも都合がいいのだろう。そう考えると、『悪路王』にとっては屈辱だろうけどさ」
ざまあみろと笑う八一だが、すぐに笑みを消す。
「でも、今回の件は『悪路王』は関わってないのは確かだろう。ここで立ち止まっても仕方ない。ともかく情報をまとめるために本部に行こう」
本部にいく方法は、四人は聞いている。まず身隠しの面をして、現世から存在を消す。案内人となる半妖に導かれながら、駅の改札を通り抜けるだけだと。
通交手形となるものは、組織の一員しか手にできない。依乃と奈央は発行しておらず、澄は『きさらぎ駅』の話が流行る前の昔の時代に亡くなっている。真弓は協力者だ。少女四人が面をすると、半妖である彼らは既に仮面をしていた。
仮面をしている八人を人々は気にしない。
直文が依乃に手を差し出すと彼女は手に取る。八一は奈央の腰に手を添えて抱き寄せた。茂吉と澄は何も言わずに握り合う。啄木も手を出し、真弓は恐る恐る握る。
半妖たちが先導するように歩き出し、其々の改札を通っていく。
少女たちが瞬きをした間もなく、人の喧騒がなくなり、駅のホームの音がなくなる。
雰囲気と風景もすぐに変わった。
昭和初期を思わせる古い駅の改札口。駅の看板には『きさらぎ』と書かれていて、掲示板に張られているポスターは昭和前期のもの。中は昭和レトロの趣きがある駅内だ。
改札口は昔ながらの手動だ。ふとした静かな空間の中、明るい曲が聞こえる。
車を走らせる音。レースのゲームのようだ。駅構内の事務室から聞こえ、違う曲が流れ始めた。
「バナナァァァァァ──!」
「やった! いちばぁん!」
絶望の叫び声に喜びの声。依乃と真弓と奈央の三人は気になって覗いてみる。鬼の仮面をつけた駅員の男女が大きなテレビの前で、ゲームをしていた。画面を見るとレースゲームらしく、大型の携帯機でやるものだ。
四肢をついて男の駅員は顔を俯かせ、女の駅員は両手を上げて喜んでいた。
一つ、言っておこう。本来の駅員はゲームをやるほど怠けておらず、大きなゲーム機を持ち込んでやるほどの暇はないと。
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