19 ep 花火の少女の不安

 黄泉比良坂の静岡浅間神社の舞殿前。

 直文と依乃は境内に身をおいて、守っていた。直文と共にアポイントを取り、浅間神社の神使たちが動き出して外の中を警戒して巡視している。

 待ちながら依乃は遠くで嫌なものが消えていくのを感じていた。嫌なものが『おまねき童』である。

 彼女はわからなかった気配がわかるようになった。普通ではなくなった自分、陰陽師に狙われている。何かをされること。多くのことから恐怖を感じ、依乃は自分を抱きしめた。五年前、名前を奪われた翌日にも似たような感情に襲われたことがある。それは、自分のいる世界が変わった様。

 当たり前だと思っていたことが、当たり前ではなくなる恐怖に近い。例えるならば、目の前で住んでいた家が破壊されていく。背中を優しく撫でられる。大きくて暖かな手に、思わず依乃は顔を向ける。

 隣には心配そうな顔をした直文がいた。


「依乃、大丈夫かい?」

「あっ……直文さん。……はい、平気です」


 すぐに彼は真剣な顔になった。


「顔色悪いのに嘘を言わないで。怖いなら怖いって言っていいんだ」


 見抜かれており、依乃は顔を俯かせる。


「……ごめんなさい。本当は、怖いです。自分が普通でなくなってしまって、狙われていることが、本当に怖いのです……」


 直文は優しく撫でた。元から普通でない彼に言っても意味はない。そのような暗い想いを抱くが、その想いを溶かすように直文は優しく背中を撫で続ける。


「大丈夫。君は普通の女の子だ。狙われても、俺はどんなものからも君を守る。……守ってやる。絶対に」


 強い意志を感じ、依乃は守ってくれるだろうという安心を抱く。そして、疑問と不安が湧き上がった。


【前の私と今の私。どちらの為なのか。どちらだとしても、私はこの人を好きになってもいいのだろうか】


 面倒くさいも承知である。これは彼女自身が感じているつかえだ。自尊心が少なく、守れる必要性からの罪悪感。また彼への向ける気持ちと恩返し。多くのことからできているつかえ。

 どうすれば解消できるのかと考えた時。

 最後の嫌な気配が消え、遠くの感じる。二人は顔を向け、桜門の奥。神社の入口を見た。

 直文は表情を緩ませて、奥を見続ける。


「皆、やったか」

「……倒した……のですか?」

「倒したというより、元に戻したかな。家の守護精を倒すような真似はできないからね」

「ああ……確かに」


 元が家を裕福にしてくれる存在なのだ。倒せるはずがない。納得していると、直文が目の前に手を出してくる。依乃はその手を見つめ、彼の顔を見た。優しい微笑みが視界に入り、全身の緊張がほぐれて行く。


「依乃。戻ろう」

「っはい……」


 彼女が直文の手に触れた。



自分の気持ちをなあなあにしていいの?》



 常日頃耳にしている声。依乃は振り返る。

 舞殿の舞台の上には白い着物を着た少女がいた。白い着物というよりも死に装束といった方がいい。瞳は、蛇の瞳に見えて暖かみのある人の瞳。

 違いはそれだけで、依乃が髪を下ろした姿そのままの『彼女』が舞殿の上にいた。


《本当に自分の気持ちをなあなあにしていいの?》


 依乃は困惑した。自分の声そのまま。誰なのか、依乃はすぐにわかった。


「……貴方は」

「依乃?」


 直文に声をかけられ、依乃ははっとして顔を上げる。

 気付くと、彼を手を取ったところで止まっていた。直文は心配そうに見ている。体は振り返ってない。依乃は白昼夢を見ていたようだ。振り返って見ると、そこに依乃と似た少女の姿はない。


「……依乃。本当にどうしたんだい?」


 心配そうに聞いてくる直文に、依乃は首を横に振った。


「……いいえ。なんでも、ありません。直文さん。戻りましょう」


 彼の手を強く握る。

 直文にはわからないもの。つまり、自身の中にある誰ヵの思い。何故、前の自分があのような形で現れたのか。彼女は不思議に思っていた。





🌌 🌌 🌌


お読みいただき、ありがとうございます。

楽しかった。面白かった。応援したい。

と本作を少しでも気に入って頂けましたら、作品のフォローと星入力による評価をしていただけると幸いです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る