18 白沢と遭遇3
何かを体内に仕掛けられている。耳にして真弓は何も言えなくなった。恐怖と責任感が自分の中から湧き上がってくる。
トップに攻撃を仕掛けて、兄と重光に迷惑をかけてしまうこと。自分の身に何かを仕込まれていることなど。もし爆弾であれば、兄や重光を巻き込んでしまうことになる。
真弓は分かりやすいほどに顔に不安を出していた。啄木はしゃがんで、目線を合わせて優しく背中を撫でてくれる。
「……大丈夫だ。何を仕込まれたのか分からないからこそ、すぐに調べよう。今回の件が終わったらすぐに本部に向かおう。そこで精密検査だ」
「……えっ、本部?」
きょとんとする真弓に啄木は頷く。
本部。『桜花』の本部は普通の場所にはない。特殊な方法でなければいけない上に、『きさらぎ駅』を利用しなくてはならない。夏休みの最終日、真弓は兄と重光がいない間に聞かされたことがある。彼ら半妖が根城としている場所ぐらいで、詳しい情報は知らない。
啄木は周囲に声をかけた。
「おい、安吾。いるか?」
《ええ、いますよ》
周囲に声が響き、何もない場所から安吾の姿が現れる。
目の部分には天狗を模したような仮面をつけていた。人の耳の部分にはたれ耳のような獣の耳。啄木と同じように額には角が生えており、背中には天狗にも似た翼が生えている。
変化する前より長くなった髪は三つ編みに結ばれている。
服装は、黒を基調としたベスト・ジレと袖のないインナーを着ている。黒いスキニーにも似たものと黒いブーツをはいている。啄木とは真逆で黒一色であり、真弓は陰陽の図を思い浮かべた。しかし、啄木とは異なる異様さが安吾にはあり、彼女の体が小刻みに震える。
安吾は口元を緩ませ、唇を動かす。
「何用ですか? 啄木」
「変化したってことはわかってるだろ」
「ええ、『きさらぎ駅』の入口を開ける手配と穏健派の陰陽師の本部の特定……ですよね?」
「あと、春彰の邪気から情報を探ってほしい。……悪い、無理をさせる」
申し訳なさそうな啄木に安吾は仮面を外し、嬉しそうな笑顔を見せた。
「いえ、構いませんよ。それに、相棒って感じで僕は今の感じ好きですよ。じゃあ、急いで行きますね」
風景に溶けて、安吾は消えていく。
啄木はふぅと息を吐き、真弓に安吾について話す。
「あいつは、
「えっ!? 鷹坂さんってそんなにすごい血を引いているの?
でも、それって半妖じゃなくて、半神なんじゃ……!」
素戔嗚命ともなると、高貴な神の血を引く存在である。しかし、啄木は首を横に振り、難しそうな顔をする。
「そもそも、天逆毎と天魔雄という存在は『先代旧事本紀大成経』と言われる偽書にだけ書かれている存在だ。……偽書って言葉の意味わかるか?」
真弓は頷いた。啄木に教えられながらも、覚えている。
偽書とは、内容を似せて作り、著者や時期なども偽った書物。偽書の定義については専門的になる故に意味だけを載せておく。偽書の内容は一部が創作されているとも言える。
妖怪や怪異の成り立ち、誕生を知る身として真弓は偽書について聞かれた意味に気付いて驚く。
「っ! まさか……その二つの神は創作!?」
「近いとも言えるし、そうじゃないとも言える。天逆毎はおなじ天邪鬼の由来ともされる天探女という神の荒御魂としても見ることもできるだろう。だが、天魔雄だけは完璧な創作なんだが……」
啄木は複雑そうに安吾の居なくなった場所に見つめて話す。
「真弓の感じている異様さはそれが原因だろう。悪いな、気になってたみたいだから、話しておいた」
「……ありがとう。でも……本部って何処にあるの……?」
「幽世にあるが……近いのは常世の国、桃源郷かニライカナイか」
「えっ……そこ、絶対に辿り着けないよね。どうやって行くの!?」
「俺のように通行手形を持つ案内人がいればつく。けど、こんなに大人数で運べないから『きさらぎ駅』を利用する。『きさらぎ駅』とはまた異なる『きさらぎ駅』がある。そこで、本部に行く」
掲示板で語られる『きさらぎ駅』。死者の国や異界に繋がっているとされている掲示板で語られた駅だ。真弓は聞いたことあるがぐらいであり、帰還はしにくいと聞いたことあるぐらいだ。しかし、『きさらぎ駅』を利用し、遥か遠くにある組織の本部にどうやって行くのか。彼女は心配であった。
「あの『きさらぎ駅』……納得できるけど……」
「ちゃんと行ける方法はある。……今、俺たちは出来る限り──」
近づいてくる違和感が消えた。『おまねき童』の気配が消えたのだ。二人は振り向き、啄木は笑みを浮かべる。
「八一と田中さん、やったか」
上手く行ったことにし安心はできるが、結界内には会長の春彰がいる。記憶を消さなくては後々が厄介となる。真弓は聞く。
「あの童が消えたのはいいけど、結界はどうするの? 会長に知られてらるから流石に不味いし……結界を解くと逃がすことになると思うけど……」
「いや、解く」
即答に驚くが、啄木は刀印で横に切ると、全体を覆っていた白い結界は消えた。躊躇なく解くことに驚いた。彼は結界を解いた理由を述べ始めた。
「口にはしないだろ。したらしたで、不都合は陰陽師側になる。こっちとしては好都合。零落した神があちらにいるなら元々与えられていた仕事をこなせる。組織の規則範囲内でできる。すぐに殺す訳にはいかないから、殺せる理由と罪状を精査しないとならない」
彼の言い分を真弓は一瞬だけ理解できなかったが、夏休みで正体がバレたときの言葉を思い出す。
存在を知られた以上、記憶を消すかその相手を殺す。それがルールだと言っていた。会長に何をしようとするのか。すぐに察し真弓は両手で口を押さえる。察した彼女を見て謝罪をした。
「悪い。完璧に巻き込んだ」
「……それは……会長が……」
「だとしても、俺がお前に向けて敵対行動を演じればよかった。……いや、あの妙な力を使用した時点で演じる間はないか」
責任を感じているが、真弓は責任感と恐怖を抱いていた。
妙な力。『変生の法』で生まれる前に仕込まれたこと。何をされたのかは分からないが、会長に敵対行動を示さなければ不都合は起きなかったと言える。背中を軽く叩かれる。優しい叩かれ方に啄木に顔を向けると、優しく笑われた。
「俺の目的は、お前の病気を治して生かすことだ。異常を見つけたらできるだけ治してやるから心配するなって」
言われ、真弓は顔を赤くして複雑そうな顔をした。
羨望と照れと、少しの怒りからくる表情だ。目的は知っている。彼の優しさも知っている。啄木は恋心を見て見ぬしている節がある。気付いているかは分からない。特に最後の真実にイラつき、真弓は目がついている腰を勢いよく掴んだ。
啄木は腰についてる目だけでなく、顔の目も大きく見開かせた。
「うおっ!? ちょ、指が入りそうになったじゃないかっ。腰にある目は人と同じなんだからな!?」
腰にある目が閉じられる。器用だと思いつつ、真弓は悔しさのまま腰をくすぐる。
「知らない! 啄木さんがずるいのが悪い!」
「っ! く、くすぐるなって、わかった! 悪かったから!」
両手で肩を掴まれて、真弓は引き離される。勢いよくではなく、優しくだ。相手を傷つけようとしない力加減に気付き、真弓は不満げな顔をして見せ彼を困らせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます