13 ep 平成 過去話終わり1

 一つの小さな墓の前に男が立つ。寺の墓であるのに、彼は容易に侵入できる。建てられてまだ間もない。墓石を抱きしめ、彼の一粒の涙で濡らした。


「──ごめん。……ごめんね。次は、君を……君を絶対に人として活かすから……」




 雨の音が聞こえ、話し声が耳に通る。




 完全に死んでいるならば、聴覚は残ってない。彼は我に返って目を開けた。

 見慣れた天井と照明。茂吉はベッドから勢いよく身を起こした。肌にじんわりとした汗が流れており、直接掛布を肌で感じる。部屋の空調は程よく、少し肌寒く感じた。

 しばらく呆然として呟く。


「死んで……ないのか……?」


 己が何も来て着ないと気付いて、体の気だるさを感じつつ下着とズボンを穿く。意識と思考も明瞭。三人がとどめを刺さずに助けたのだと、把握した。


【茂吉くん!】


 澄が来たのを思い出し、彼は眉をひそめた。なんで、来てしまったのか。不快感を植え付けて遠ざけたはずだった。穿き終えて、髪を後ろに束ねていると部屋から話し声が聞こえた。


「──そんなっ……そんなことって……!」


 向日葵少女の悲痛な声。リビングでは彼の過去の詳細を語り終えたところだった。


「それは、先輩も、寺尾さんも悪くないじゃないですかっ!

……確かに、人殺しは良くないけどっ、良くないけど……! でも、そんなの……!」

「奈央。落ち着け」


 八一の制する声が響き、依乃の切ない声が聞こえてくる。

 

「それは寺尾さんも思い出させたくないはずですよっ。先輩は本当の怖いものを……前の自分が引き起こしているなら……余計に……。私はなんてことを聞いて……」

「依乃は悪くない。茂吉や彼女のことを考えると、適切だと思うよ。それに、どんなに取り繕っても、澄ちゃんに下手な誤魔化しは効かない。あの子も元組織の一員だから誤魔化しには目敏めざといよ」

「……でも、これを聞いてもいいんですか……? 直文さん」

「……どの道、話す予定だった。君達が彼女と関わっている以上に話さなくちゃならない話だ」


 直文は苦しげに話している。

 会話を聞いて、茂吉は全てを察した。己の過去を全て、二人の少女達に話したのだと。故に、懐かしい記憶を夢に見たのだろう。

 茂吉から乾いた笑いがでた。直文が話したのだろうとすぐにわかる。だが、知ってどうなるものではないとも彼は知っていた。


「我を忘れる前に、タワーの上で自害すればよかった」


 自嘲じちょうしてゆっくり歩み、彼は勢いよくドアを開ける。

 ばんっとドアが開かれて、全員は音がする方に首を向ける。啄木もリビングにおり、診察をしてくれたのだとわかる。

 ありがたいとしても茂吉の不快感は拭えない。ドアに寄りかかり、腕を組む。驚いている彼らに笑って、声色で不快感を示した。


「やあ、お話? すっごく楽しそうなお話をしているようだね。直文」

「……茂吉」


 警戒をあらわにして直文は立ち上がって、彼女達を見えないよう近付いて前に立つ。八一は笑みを消して、奈央に近付いて茂吉をにらんでいる。啄木は眼鏡をし直して声を掛けた。


「澄ちゃんは俺が家に帰してある。力と体力はまだ戻ってもないから、もう少し休んでおけ。茂吉」

「……啄木。ありがとう。でも、文句は言わせてほしいな」


 彼は笑うのをやめる。直文に顔を向けて口を勢いよく開けた。


「なんで死なせてくれなかったんだ。俺が死ねば、あの子はもう関係は無くなる。辛く嫌なことも……余計な記憶を思い出さなくて済む。……今回の任務の引き継ぎもとっくにしてある。俺は澄が普通に生きれるなら、なんだってする。どんな形でも死んでやる。なのになんで、目的を果たさせてくれないんだっ!」


 口からボロボロとでる文句に直文は即答する。


たかむらさんからの命令だよ」


 無表情で言い放たれ、茂吉は呆けた。

 上司からの命令だと思わなかったのだろう。直文は命令の意図を話し出す。


「死ぬのは勝手で構わないが、守り通すと決めたならばそのすじを通せとのことだ。俺達は罪人だ。死のうが世の中には関係ないさ。だが、身近の人の事を考えろ。あの子とおるちゃんはお前が思っているよりもお前を思っている。長年いた年月は伊達じゃない。本当に守りたいならば、彼女が人として死ぬまで守れ」

「……それで、俺はっ……!」

 

 直文はゆっくりと歩み寄る。茂吉は相方の顔を見て、息を呑んだ。


「茂吉。俺はどんな顔をしている?」


 眉間にしわを寄せ、直文は怒りを真っ直ぐと向けている。相方から怒りをぶつけられたのは初めてであった。聞かれた茂吉は呆然と答える。


「……怒ってる。とても人らしい顔してるよ」


 茂吉はを黙らせるには十分だ。彼自身も相方の怒りを理解している。今回の件で反省しなくてはならないと、茂吉は頭を掻いた。

 つのる苛立ちと不快感を彼は抑え、顕にするのをやめる。


「……俺の負けだよ。ごめん、直文」

「勝ち負けないだろ。茂吉」


 茂吉は「確かに」と笑ってみせた。二人の少女に目をむけると、ビクッと体を震わされる。怖い目に合わせてしまい、怖がられるのは当然だ。茂吉は申し訳なく笑って、二人に声をかける。


「有里ちゃん、田中ちゃん。怖い目に合わせて、ごめんね。……これからも、君達の先輩をよろしく頼むよ。仲良くしてやってね」

「えっ……は、はい……」


 依乃が返事をしたあと、背を向けて背伸びをする。


「……っー……さぁて、俺はお休みしようかな。この後、上司にもお叱りくるだろうし、体調が良くなるまでしばらく大人しくしているよ。皆、おやすみー☆」


 彼はいつもの明るい様子で、ドアを閉じて部屋の中に戻る。


 背後からは、色々と話し声が聞こえてくるが、彼はもうどうでもよくなった。投げやりにベッドの上に倒れ、深く深く溜息をつく。

 彼は唇を動かす。


「──澄。君は……幸せじゃあないのかい?」



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