11 狐のお祓い2
札が消えると、陰陽師は驚いて屋根を見て声を上げる。
「っ! 隠形の術……!」
陰陽師からすると奈央が見えない状態となっている。札を手に唱えるだけで、陰陽術が使えるようになる代物だ。しかし、枚数に限りがあり多用できない。
また隠形の術も長く持たないと、憑いている狐の彼女が教えてくれている。
奈央は屋根から降りて、開いている場所から建物の中に入る。土足では入れぬ故に、奈央は靴を脱いで入った。
お座敷がある部屋であるため、基本は土足厳禁。廊下を走り、彼女は部屋を確認していく。それぞれ個室や大部屋などある。邪気を感じる場所の戸の前につく。部屋のメインとなる大部屋だ。
彼女のいる部屋は、将棋の大会の会場などで使われる。戸を開けて、奈央は顔を顰め鼻を押さえた。部屋中に黒い霞のようなものが漂っており、臭い。明らかによろしくないものである。
奈央は浄化の札を掲げて、言葉を発した。
「解!」
金と白銀の光を発した、部屋中を照らしていく。彼女は薄めにして、眩さを軽減しようとした。
黒い霞も光に当たって消えていき、何かがぼっと燃える音が聞こえる。本来ならば詠唱が必要であるが、組織が作り上げたものは言葉一つで発動が可能だ。
光が消えると部屋中に漂っていた霞はない。部屋の中央には、半透明の幼子が横たわっていた。服装は着物と髪を結んだ男と女ともにつかない幼子。座敷童子を見たのは奈央は初めてである。
大丈夫かと声をかける前に、遠くからバタバタと足音が聞こえた。あまり長居はできないと、
地面に着地し、奈央は走り出そうとした。
何かを踏む。
「えっ」
芝生や土の感覚ではない。薄っぺらい紙のようなもの。周囲に術式のようなものが現れ、奈央を体を縛り付けた。
「! ……わっ……っ!」
前に倒れた。芝生がクッションになってくれたが、両腕の身動きが取れない。足もばたつかせ、折り曲げられるだけ。膝を曲げて起き上がろうとするのも、時間がかかる。
足音が奈央に近付いてくる。足音がする報告に彼女は顔を向けると、先程の陰陽師がいた。息をついて向日葵少女を見る。
「拘束の術を仕掛けていてよかった。けど、その身のこなしと言い、強化術を使ってない様子からして貴方は憑物ね。犬神憑か狐憑とか有名なものしか思い浮かばないけど」
奈央は黙る。一つの言葉でさえ、情報になり得るからだ。陰陽師は向日葵少女を観察する。
「……邪気じゃない清浄な気は……珍しい。神使の狐憑きなんて……滅茶苦茶レア。しかも、テンコーの現象を引き起こしてるなんて……これ普通なら解剖もの」
「か、解剖!?」
怯えた声を上げ震える向日葵少女に、陰陽師は面白そうには微笑む。
「しないわ。私達は革命派のような過激思想じゃないもの」
「……えっ……?」
奈央は驚きを示した。陰陽師の発言からして、属しているのは穏健派。真弓の属する派閥であるということ。また穏健派は過激なことをしているわけではない。奈央に危害は加えないとしても、何かの措置は取るだろう。だとしても、今の行動は穏健派とは思えなかった。
陰陽師は建物を見て、目を丸くしている。
「……うそ!? 建物にある邪気が消えてる!? 貴女……何をしたの!?」
「そ、その前に、一つ!」
少女は陰陽師に話を聞く。
「陰陽師さんはなんでここにいるのですか……!?」
「なぜって、ここを守れと言われたからよ!」
陰陽師の問に奈央は疑問をぶつける。
「……何を、守っているのですか?」
奈央の問に、陰陽師は雰囲気を張り詰めたものに変える。核心を突くものだったらしい。陰陽師は肺に溜めた空気を出すほどに長いため息を出す。
「…………それはどういう意味で聞いているの?」
「どういう意味って……気になるからですが……」
聞かれ、向日葵少女は質問で返す。恐らく先程の邪気を消えたことはバレているのなら、ここの何を守る必要があるのか。守るものが人であるなら善い目的も言えよう。
しかし、守るものが人でない場合はどうなるのか。奈央の行動と質問が相手からしたらどんな意味になるのか。その疑問を解消するように、陰陽師は印を組む。
「──質問を質問で返すのはいただけないわね。何を守っていたのか、邪気を消した貴方ならわかるでしょう?」
「っ……!」
核心に触れてしまった。やられる。奈央はびくっと震えてギュッと目をつぶる。
しかし、数十秒。何もしてこない。不思議に思い、目を開けると陰陽師は横に倒れていく様が見えるだけである。
向日葵少女を覆っていた術式は、弾けて消えた。
両腕を動かせ、奈央は手をついて起き上がろうとする。近くから手を差し伸べられる。見覚えのある手に奈央は顔をあげると、狐の面をした八一が跪いて手を伸ばしていた。
「……八一、さん」
先程別れたばかりの彼だ。八一は肩を大きく上げてさげ、息を吐く。ほっとする彼女に申し訳無さそうに声を出す。
「本当に危なかった。悪い。奈央。私のミスだ。……各四箇所に陰陽師が張り付いているの、さっき気付いた。数少ないと思っていた。君一人だけでは無理だった」
「……でも、助けてくれたから大丈夫だよ。ありがとう! 八一さん」
にっこりと微笑み、明るく感謝をした。差し伸べた彼の手をとる。恐怖を抑えようと微笑んで見るが、八一は彼女を引っ張り両腕に閉じ込めた。奈央は驚き、八一はさらに強く抱き締める。
「私の前では無理するな」
見透かされていたようだ。江戸時代のときも奈央の不安を見抜いて、お出かけに誘ってくれていた。気遣いに感謝をし奈央は彼の背に腕を回して頷く。
「……うん。でも、本当に大丈夫。助けてくれるって思ってたから。……ありがとう。八一さん」
安心感から涙が出そうになるも堪えた。八一は奈央をお姫様抱っこをして抱え立ち上がる。近くにもう一人の人が降りてきた。
「陰陽師。回収しにきたよ。やっちー」
仮面をした茂吉であり、変化済みである。倒れている陰陽師を俵担ぎして抱え、八一は感謝をする。
「サンキュ。その陰陽師は山に置いておいて。希望は塩見岳東峰の看板近くな☆」
「いや、言葉通りでおハーブw メッチャ怒ってていいね♪
他の陰陽師もそこに置いておくー?」
茂吉は明るく聞くと八一は首を横に振る。
「他は私がやっておくよ。適当に山の上とか、渓谷とか。滝壺の近くとかに放り投げておく。おっ……これまるで地元でやってる撮影のやり取りみたいだな!?」
「いやいや、それだと俺達犯人側だって!」
茂吉は片手でツッコミを入れ、八一はハッとする。
「それもそうだな。というか、私達がもうそういう存在ー☆」
器用に指パッチンして見せ、茂吉はコツンと頭を拳で軽く叩く。
「テヘ♡ そうだったね♡ ……なーんて」
「「あっはっはっ!」」
茶番をしたのちに二人は笑い声を上げ、茂吉は陰陽師を抱えて姿を風景の中に消す。目の前で行われた茶番とも言えるブラックジョークに、奈央はなんとも言えず引いていた。
時折繰り広げられる狐と狸のやり取りについていけない。向日葵少女の様子に気づき、八一は問う。
「どうした? 奈央」
「……二人のやり取りについていけない」
正直に言うと、八一は納得して頷く。
「そりゃそうだろうな。冗談言ってわざとそう振る舞って、見てる相手を揺さぶる為だし」
「えっ!?」
奈央は驚く。見られていたとは思ってもない。周囲をぐるぐると見回すと、八一は笑っていた。
「あっはっは! 式神を通して見てるんだよ。直接本人が見るわけないだろ。お嬢さんの反応は本当にいいなぁ」
「うっ、で、でも、……だ……ううん」
聞く前に、奈央は首を横に振る。わかりきっていることだ。相手は陰陽師。恐らく穏健派。向日葵少女のリアクションを見てか、八一はふぅと息を吐く。
「これだけ巻き込まれてればわかるよな。けど、どこでその陰陽師が監視しているかは茂吉たちが探ってる。まあ、あの陰陽師は茂吉が何かするだろうけど、死なせないだろうさ」
何かとは詳細を聞かない。
八一は勢いよく飛んで、店内の庭から抜け出す。建物を乗り越えて、近くの人気ない通りに降り立った。少女を店の前で降ろし、八一は優しく撫でる。
「よくやったな。まだ私のほうがまだだからやってくるよ。さっきのようにならない為に、隠形の札は事前に使っておけ。いいな?」
「……うん。でも……」
指を立てて、奈央は怒ってみせた。
「不法侵入! 結構心苦しかったんだからね!! これ全部終わったら、このお店の美味しいご飯を所望する!」
奈央の言葉に八一は一瞬だけ黙り、優しく撫でて微笑む。
「わかった。絶対にやるよ」
彼女の頭を撫でたのに、八一は飛び上がって建物の屋根に乗り、駆け走っていった。
奈央は店の前から離れて、目的の和菓子屋へと走り出す。
彼女は走りながら、多くの疑問に思う。
何故、穏健派が妖怪を苦しめて利用しているのか。何故、真弓を巻き込んだのか。直文のお守りを破れるのか。それほどの力のある怪異を操っているのか。
尽きない疑問であるが、今は親友を狙う怪異を戻すことに専念しなくてはならない。奈央は走る速度を上げて、堀の近くの歩道を突っ走っていった。
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