12 狐のお祓い3
見張りの陰陽師がいる。想定はしていたが、思った以上に数を動かし警戒を強くしている。
八一は舌打ちをして、屋根の上を走り出す。
小梳神社からさり、タワーの上で千里眼を用いていたら、怪しげな箇所に身隠しの面をした陰陽師がいた。監視の式神も放たれており、奈央を助ける前に茂吉と澄に連絡をして排除と回収を頼んだ。八一も彼女を助けに駆け付ける間、何体か始末している。しかし、監視の手を緩めるならば術者を捕らえなくてはならない。
「っ奈央を助けられたとはいえ、今回は一筋縄ではいかないだろうな……」
ぼやきながら千里眼で視認した場所に向かう。
八一が気絶させた陰陽師は経験豊富な人間だ。大半の穏健派は『変生の法』を受けて育った陰陽師。霊力と素質は間違いなく、受けていない人間よりも上。故に、奈央の憑いている狐やテンコーについても見破られた。
一連の会話を盗み聞きしており、八一は再び舌打ちをする。
「おい、安吾。悪い、緊急だ。あいつらに伝えてくれ。相手は復権派のときのように弱くない。恐らく、私達に関しても何かしらの情報は持っているはず、と」
《なるほど、それは、つまり相手が僕たちのことを知っているかもしれないということですね?》
耳元で聞こえる声に、八一は頷く。
「知っているかどうかは不明だ。しかし、三善真弓を巻き込んだ点からこの推測を出した。あくまで推測だが、この推測を伝えてほしい。直文が変な暴走すると困るからな」
《なるほど、了解。わかりました》
気配が遠のく。八一は今回の事態の厄介さを把握した。
今回の目的は、怪異を利用した儀式系の怪談の成立だ。だが、もののついでに有里依乃を狙ったのであろう。ならば、不完全な状態で祭囃子を聞かせる必要があるかといえば、『ある』と断言できよう。前提に創作の怪談は認知されることによって出生率が上がる。そうして、怪談は出来上がっていくのだ。
八一は自嘲の笑いをする。
「はっ、こりゃ、相手側が一枚上手だったな!」
怪談はできつつある。影が取られなかったのは、直文のお守りが発動したからであろう。怪異を使用して幽世とも言える黄泉比良坂に巻き込んだ。
彼は家々の屋根を飛び、邪気を発している家を見つけた。その場所を見つけて、降りようとする。霊力と殺気を感じ、八一は勢いよく飛ぶ。
彼の居た場所に札が当たり、稲妻を発する。
八一は器用に着地をし、その札を飛ばした人物を見る。身隠しの面をした人物。八一のように仮面ではなく雑面タイプのものだ。
着物姿であるが、動きやすいように着こなしている。
手にしている短刀と札を見て、八一は相手を指差す。
「刃物は銃刀法違反だぜ。陰陽師さん」
軽い調子で言われ、気を悪くしたか陰陽師の男は短刀の切っ先を突きつける。
「黙れ、お前は何者だ。ただの妖怪とは思えない」
「なんだと思う? 見ての通りお狐様だけどさ☆」
ふざけてVサインを出してみるが、男は駆け出して八一に刀を振るう。八一はすぐさま飛んで避ける。三日月の斬光だけが中に一瞬だけ描かれて消えた。男は渋い顔をし、刀を振るって攻撃しようにも流れるように八一に避けられていく。
札を出し、男は言霊を発する。
「縛! 急急如律令!」
札が消えると八一の周囲に光輪が現れて、締め付け拘束する。一瞬だけ身動きが取れなくなるが、狐は楽しげに笑い声を出す。
「はっはっ、解」
その一言だけで、八一を拘束していた光輪は弾けて消えた。男は一瞬だけ息を呑むが、切り替えて陰陽師の男は短刀を構えた。短刀の刃先を向けて、八一に目掛けて突進する。
避けられる速度であるが、八一は悪戯っ子のように両手を広げる。短刀は深々と八一に刺さった。
「っ! やっ……」
八一の体は一瞬にして木の葉となる。身代わりに陰陽師の男は「はっ?」と間抜けた声をだす。本体である八一は背後におり、流れるようにしゃがんで男の脚を払った。
「っ!?」
男は倒れる。その男の背中に八一が足を組んで座り、手にしている刀を取り上げた。
「っ……この!」
起きようにも男は八一に背中を座られて動けなった。強化術をかけようと刀印を作ろうとする。八一に頭を人差し指を当てられた。
「消憶」
「……っ!? ……なに……を……」
言霊を発すると男は眠気に耐えきれず、頭を項垂れて倒れる。組織のことだけでなく一連の記憶を消した。
同時に、空から鳥が複数のボトボトと屋根の上へ落ちてくる。その鳥は燕にも似た動物であるが、すぐに姿を変えて紙の鳥形となる。
監視の式神だ。遠くの方では一部は地面に落ちる前に、紙となって落ちていく。今の現象を八一は感心したように空を見て微笑む。
「さっすが、二人共。監視の式神の術者見つけたか。ああ……これで……」
八一は立ち上がり、九本の尾を揺らす。
「余裕で二箇所浄化できるってもんだ!
両手から炎弾が現れ、八一は一つを邪気の放つ家へと投げ飛ばす。
白い炎は家に当たると、一瞬でキャンプファイヤーの炎と勢いの如く燃え上がる。しかし、すぐに消えた。建物は燃えていない。原型、もとい炎弾を飛ばすまえと変わらぬままだ。
「燃やしたのは、悪いものだけ。悪いものは即火中、ね♡ なんてな」
八一はもう一つの炎弾を邪気を飛ばして、走り出す。屋根へ屋根へ、または屋上を蹴っては飛び移り炎弾を追っていく。
目的の家が見え、八一は勢いよくその炎弾をサッカーボールのように、キックして蹴飛ばし速度を更に上げる。
炎は家に当たり、瞬時に燃えて先程のように消えた。邪気が綺麗さっぱりになくなり、八一は息をつく。振り向きざまに手を振り、飛んで来た紙を握りつぶす。
バチッと静電気のような痛みがあるも、一瞬だけである。その紙を両手で握り潰して、紙くずにした。投げ捨てる前に、小さく言霊をつぶやき炎で紙くずを灰にする。
その紙を飛ばした人物は驚愕を示していた。
「っ──どうして効かないの!?」
女性の陰陽師だ。目的の家の近辺を見張っていたのだろう。八一は興味なさげに見つめ、直ぐに女陰陽師の後ろに回った。
女陰陽師の耳元で妖しく。
「さぁ、何ででしょうか? 娘さん」
いい声で艶あるように囁やき、女性陰陽師の耳を真っ赤にさせる。ふぅと息を吹きかけ、女陰陽師をビクッと体を震わせると。
「消憶」
女陰陽師は前に倒れようとする。八一は受け止めて、ゆっくりと床へと横にする。寝息を立てる女陰陽師を見て八一は立ち上がり、頭を掻く。
「殺した方が楽だけど、組織の規則としては許可なくは厳禁されてるからなぁ。面倒臭いけど仕方ない」
適当に話し、八一は腰に腕を添える。
「──今のお前も、その方が都合いいんだろう? 『悪路王』さん」
八一の言葉に反応し、鼻で笑う存在がいた。
「ははっ、まさか、見てたの気づいてたのか。いやぁ、やられたやられた」
明るく笑う存在に八一は振り返ると、陰陽師と同じように身隠しの面をした存在がいた。角を生やして、倒れた陰陽師を俵のように担いでいる。『悪路王』の発言に八一は陽気に聞く。
「見てた? 止めようとしてたの間違いじゃないのか?
私達の方じゃなく、止めようとしたのは──」
「どうでもいい。そんなこと」
答えを遮り、切り捨てる。
「今回のは邪魔しない。俺には俺の目的があるしな」
「場合によっては敵対する……ってところ。私達と同義だな?」
指摘し悪路王は黙ると、八一は不敵に聞く。
「前のお前を殺した私の功績に免じて教えてくれよ。目的はなんだ?」
煽りを沢山含んだ台詞を聞いて、普通の『悪路王』ならば怒りを露わにしただろう。しかし、目の前にいる角の生えた男は八一に答えを出した。
「俺の大切な人を守る。ただそれだけ」
煽りを受けても男は怒りを露わにせず、切なげに真剣に答えを述べた。八一は面を喰らい黙る。悪路王は背を向け、八一に声をかけた。
「残りあと一つなら、お前の大切な人へ元に急いで行けよ。狐」
「……言われなくても、そうするつもりさ」
声をかけられ八一は我に返る。
善意の声掛けをするとは、思わなかった。しかし、悪路王のほうが正しい。すぐに転移の言霊を使用し、姿を消した。
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