3 化け狸と陰陽師の平成会合2

 顔をしかめて、久谷は注意をした。


高久たかひさ。まだ会合中だ。黙ってなさい」

「断る。大兄貴は黙ってろ。……お前ら、陰陽師側には聞かなくちゃならないことがある」


 高久は強く歩きだして、バンっと机を強く叩いて陰陽師の護衛に向く。


「何で、俺の仲間の長介に似た陰陽師がそこにいる。あいつは淡路島あわじしま合戦かっせんで命を落としたはずだ。どういうことだ。説明しろ」


 質問を受けて、春章は見据えて話す。


「『変生の法』で死んだ妖怪の魂を呼び寄せ、胎児の状態でつかせた。妖怪の力を得た人にはならないが、霊力の強い子供は生まれている。実質、転生したと言ってもの良いだろう。故に私を含め、穏健派の陰陽師の半分は前世が妖怪だ。しかし、今は『変生の法』をやってはいない。ある危険性が出たゆえに、今年で中断した」


 話された内容に狸側は驚く。妖怪側からすると、禁忌のスレスレを陰陽師側が行っているからだ。話を聞いていた高久は表情を段々とゆがませる。


「お前ら、俺たち妖怪の死者を弄んでねぇか? 何で死者を眠らせてやねぇんだよっ!」

「弄んでいるつもりはありません。ちゃんと、人として生きて幸せに暮らしている。このようなことをする経緯は、戦後陰陽師の家系から霊力の強い人間は生まれる傾向ではなくなったからです。ゆえに、必要に迫られてやっていた。貴方あなたも考えればわかるはずだ」


 諸々の事情があるのだと反論された。

 高久は怒りをぶつけようとするが、久谷の制止の手が彼の前に掲げられる。


「やめろ。高久」

「はぁ!? 大兄貴。なんで止めるんだよ!? 俺の友人が弄ばれてんだぞ!?」


 久谷は目つきを鋭くし、高久の瞳を見つめる。


「その長介がお前の本当の友人であればの話だ。儂はそのような話は今初めて聞いた」

「っ……それはっ……」


 その発言に弟である高久は言葉をつまらせた。

 茂吉は高久の目的を理解する。

 難癖をつけて陰陽師側を困らせ、無理やり丸め込めて何かを得ようとした。実際、長介は高久に盾にされて死んでいる。久谷も高久が嘘を見抜いていると気付いたのだろう。

 何人か彼自身の妖怪側の身内の情報を見ている。高久と言う奴の性格の悪さを目の当たりにし、茂吉は今後の動向に気をつけたほうが良いかもしれないと考えた。


「高久。下がれ。……申し訳無い。そちらの事情については詳しく聞かない。儂はこの件を父上に告げましょう──」


 様子を伺っていると、高久は汗を掻いて一瞬だけ不敵の笑みを浮かべる。茂吉は雰囲気が変わったのを見逃さなかった。


「おい、友人を弄んでおいて話は終わりかよ」


 一言で高久に注目が集まる。陰陽師の春章に敵意を向けられ、彼は眉間にシワを寄せた。


「友人が陰陽師の道具にされて許せないな。俺としては一発ぶちかましたいが、大兄貴が許してくれねぇ。だから」


 高久の姿が消える。若い陰陽少女の背後に立っており、彼女の肩に手を置く。


「この女子を俺の嫁にしたら許してやる。もしくは──」


 道雪の顔を見て、にんまりと微笑む。


「噂で聞いた金長狸きんちょうたぬきの娘を寄越したら許す。名はとおるだったか?

そのとおるちゃんを見つけてよこしたら、俺達の組がその取り壊しの件をなんとかしてやるよ。まあ、その娘が居るかどうかもわからないけどな!」

「高久っ!」


 久谷は立ち上がって怒鳴りを上げ、道雪は表情を強張らせた。

 茂吉も高久の宣言を聞いて、拳を強く握る。

 彼の目的がわかった。金長狸きんちょうたぬきそのもの。人に寄り添った狸であり、有名な映画の影響もあって知名度も上がっている。その知名度を利用しようとしているのだ。神は名が知られているほど有利だ。

 ピリピリとした雰囲気。

 だんまりを決め込むはずだったが、金長狸きんちょうたぬきの娘の名が出てしまえば彼は動かざる得ない。茂吉は高久の背後に現れて、置いてある手を掴んだ。

 陰陽少女から手が引き剥がされ、高久は茂吉をにらむ。


「あっ!? なんだってっいってぇああっ!!?」


 声が上がる。茂吉は持ち前の馬鹿力を加減して手首を強く握った。全員が目を丸くしていた。にこにことしながら茂吉は話す。


「中兄さん。あまり出過ぎないほうがいいですよ? この会合は私達のような下っ端がでるのにはふさわしくないのですから──さっさと失せなよ」


 腹違いの弟の言葉に高久の表情が苛立ちが募る。小さく呟いて指を鳴らした。高久の姿が消える。邪魔者がいなくなり、茂吉は久谷に顔を向ける。


「大兄さん。中兄さんを実家に帰しておきました。これでよろしいでしょうか?」

「あっ、ああ……ありがとう」


 彼は微笑んで自身の定位置に戻る。元の場所に戻ると気を取り直して、彼らは話を続けた。

 茂吉は気づかれないように溜め息を吐く、先程、道雪の顔を見て気付いた。驚愕と悲しみの表情。存在に気付かれてしまった。表に出過ぎたと茂吉は反省はんせいをする。彼は金長狸きんちょうたぬき関係の彼らに顔向けできなかった。


 会議が終わる。


 それぞれの狸がバラバラに別れた。

 物見遊山や直帰で帰るの狸もいる。直帰するもの、陰陽師の送りを断って自力で帰るものもいた。恐らく新幹線や飛行機など人間の乗り物を好んでいるのだろう。

 久谷もその一匹であった。久谷は断って、駅まで歩いて電車と空港を乗り継いで帰るようだ。彼曰く、電車の風景が好きらしく、ちゃんと現金も持っているのだという。四国に実家があるゆえに、静岡しずおかから帰るのはお金がかかる。どこにお金があるのかと思ったのだろう。

 陰陽師達は不思議そうな顔をしていた。



 久谷は自ら傘をさす。茂吉もさして、二人そろって店から出ていく。一人の少女から声がかかる。


「あの、そこのお方!」


 茂吉は振り返った。

 暖色の服を着て、白椿のような可愛らしい少女である。隠されていた顔は出ている。先程助けた女の子だ。髪を結び、大人しそうな印象を受けた。


「助けてくださりありがとうございます」

「気になさらず、会合の邪魔をする身内が許せなかっただけです。お礼は結構ですよ」


 そう言い、去ろうとしたときだ。


「──茂吉殿!」


 店の方から声がかかり、茂吉は目を丸くして足を止める。店の入口には必死な顔をした道雪がいた。


「茂吉殿、茂吉殿なのですね!?」


 必死な声に、彼は笑って体を向ける。


「茂吉、とは? 金長狸きんちょうたぬきの道雪様。それは何処かの狸の名前ですか? わたくしめは存じ上げませんが……聞いたこともあるような……」

「……っまだ悔いておられるのですかっ……」


 道雪に言われ、茂吉は笑みを消した。


「あれは貴方あなた様が悪いわけではないのです。異母妹いもうとが、私達が優しすぎた故に……っ」

「それは違うっ!!」


 大声で声を上げ、その場の全員をビクッと体を震わせた。茂吉は拳を握って、道雪を見据えて体を震わせる。


「金長の一族である貴方方あなたがたは、人に寄り添う優しき神使の一族。その優しさを自ら否定しないでもらいたい。貴方方あなたがたの自罰は……俺の冒涜ぼうとくと同じだ。……その異母妹いもうとやらの話題は金輪際出さないでいただきたい。俺はもう彼女と無関係だっ!

……行きましょう。大兄さん」


 彼は背を向けて、久谷に声をかけて店をともに出る。道雪はその場にとどまり続け、陰陽少女は戸惑いを見せていた。




 店から離れていき、久谷と茂吉は駅に向かう歩道を歩く。人気のある大きな通りに出る前に久谷は足を止めた。茂吉は振り返ると、彼は穏やかに見つめていた。


「そうか、そなたは茂吉というのだな。初めまして、と言うべきだな」


 久谷の挨拶を聞いて茂吉は目を丸くする。気づくとは流石と、茂吉は頭を掻く。父親の五番目の息子は言葉だけではないようだ。茂吉は深くため息を吐いて変化へんげを解く。寺尾茂吉の姿で現れて、彼は苦笑を浮かべた。


「……そうですね。初めまして。俺は寺尾茂吉です。……いつから気付いてました?」

「最初、違和に気付いた。敵かと思ったが高久を止める姿を見て、同族と確信した。昔、父から聞いたことはあるが……そうか本当だったのか。そなたが儂の最後の弟で隠神刑部いぬがみぎょうぶの力を全て受け継いだあの組織の半妖か」


 組織のことを知っているのは一部の妖怪ぐらいだ。申しわけなく久谷に聞く。


「……半妖で気分悪くしました?」

「まさか!」


 彼は朗らかに笑う。


「あの他者を強く思う行動こそ、まさに我が父隠神刑部いぬがみぎょうぶに近い。天晴あっぱれ! そなたが弟で良かったものよ!」


 懐の大きい性格に茂吉はぽかんとした。この性格は間違いなく父親譲りで自身の兄だと彼は確信して、余計におかしく感じ茂吉は笑ってしまった。

 二人は笑うのをやめ、久谷は真剣に忠告をした。


「だが、高久には気をつけよ。……恐らく今回の件を根に持つだろう。とおる、と言ったか。もし、そのものもここにいるならば守るが良い」

「……ええ、わかっております」


 高久は金長狸きんちょうたぬきを狙っている。目的はわからないが澄を狙う可能性があるならば、影から守るしかない。彼の兄は微笑み直す。


「さて、弟よ。早速、家族としてのお願いをしたい」

「なんですか」


 兄の頼みに茂吉は興味津々に聴くと、相手は茶目っ気ある笑みを作る。


「この静岡しずおかの名産品を売ってる店を教えてはくれまいか。父親と八百八はっぴゃくはちの兄弟が酒、わさび、さくらえびに鰹節かつおぶし浜松はままつ餃子ぎょうざ富士宮ふじのみややきそば、静岡しずおかおでん。茶、茶、茶、ちゃぁ、ちゃぁちゃぁちゃあ! とお土産コールうるさくて買って帰りたいのだ。案内、よろしく頼めるかな?」


 彼の頼みを聞いて、茂吉は間抜けた顔になる。久谷は茂吉を知りたくも、家族としての時間を味わいたいのだろう。それだけではなく、配慮もある。先程の件を引きづらせないように頼んできたのだ。

 諸々の思いを感じ取りながらも茂吉は仕方はなさそうに笑う。


「わかりました! けど、案内した店の文句は言わないでくださいよ♪」


 白い歯を見せて笑うと、久谷も楽しそうであった。


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