14 一旦の終幕1
夜、奈央達は組織の本部にいた。奈央は上着を着ながら、夜風を感じる。組織の出入口の伝統的な門前を行ったり来たりを繰り返す。
任務の皆が心配なのだ。作戦の内容を知って不安なのは依乃たちだけではない。奈央達も同じだ。前で待っているのはかのじょだけでなく、真弓も門の壁に寄りかかっていた。
ウロウロしている奈央は立ち止まると震えだし、両手でガッツポーズを作る。
「あーもう! もどかしいよー!」
顔を上げて大声を空に向かって放つ。大声に真弓はびっくりするが、すぐに表情を不安げなものにして同意する。
「……うん、そうだね。もどかしいの、よく分かるよ。奈央ちゃん」
真弓は責任感を強く感じている。今回の件は真弓が所属している派閥穏健派によるものだからだ。人間のためとはいえ人間を犠牲にするのは本末転倒であり、真弓の信条に反する。それだけでなく、自分の中にある呪が皆の迷惑をかけてしまうと判明した。多くの事情が重なり、真弓は顔を俯かせる。
白椿の少女の背景を知って、奈央は拳をおろし切なげに黙った。一番辛いのが真弓だとわかってしまった以上、何も言えなくなる。二人の間に沈黙が続くと門が開く。二人が顔を向けると、明かりが門の中を照らしていく。
強い明かりを手にした澄だ。ランタンと大きなバスケットをそれぞれの手で持っている。苦笑しながら門を閉じた。
「二人共、いくらここが本部だからって夜空の下で待つのは危ないよ。大丈夫かい?」
「先輩……」
落ち込む奈央に澄は優しく歩み寄る。
「奈央。そう落ち込むと、八一くんが顔を曇らせることができるのは私だけって調子乗るかもよ」
「ほんとそれ、八一さん。それ言うんですよ!」
言われた瞬間に奈央は頬を赤くして怒り、澄は笑う。
「独占欲強いなぁ。けど、彼も自制しつつ、奈央を大切に思っているんだね」
「……そうだから、少し腹立たしいのです。八一さんの手の上ころころですから」
照れつつも、頬を少し膨らませて怒る。ぷんすこという擬音が出そうな怒り方に、澄は微笑ましそうバスケットからレジャーシートを出した。
「ふふっ、奈央たちはそれでいいと思うよ。奈央が奈央のままであることが、八一くんにとっては救いだからね」
レジャーシートを敷く。大きなレジャーシートであり、大人数で座れるほどだ。澄は靴を脱いで座る。バスケットから紙コップが三つ出され、大きな保存用ティーポットも出された。
立っている二人に声をかける。
「二人共、ここにおいで。先輩から聞いたよ。ここに来てから本部の建物に入らないでここで待ってるんだって? 先輩達が声をかけても頑なに中に入らないって困ってたよ。しかも、夜ご飯も食べる姿も見てないと来た。彼らが心配なのはわかるけど、自分の体調を崩したら元の子もないよ。流石に夜は冷える。こっちおいで、先輩たちが暖かい飲み物とご飯を用意してくれたから。
待ちながら一緒に食べよう」
ティーポットからは、お茶が注がれ紙コップからは湯気が立つ。三つ置かれ、バスケットからは、三つの弁当箱とスープ用の保存容器を出す。バスケットから出されて瞬間にいい匂いが漂い、二人は腹の虫を鳴らした。
奈央と真弓は互いに顔を見合わせる。気を張っていて気付かなかった。腹が減っては戦はできぬという。戦ではないが食べることは必要なことだ。
二人は靴を脱いで上がる。割り箸とお弁当箱と保存容器をもらい、中を開けた。
「わぁ……!」
奈央は嬉しそうに声を上げる。
だし巻き卵に小さな鳥のつくね。野菜が多めの香り高い筑前煮に、葉野菜のミニサラダとミニトマト。ご飯は醤油の炊き込みご飯であり、俵型と三角の形が一つずつある。デザートはオレンジが二切れ。綺麗に敷き詰められているが、どこか家庭料理の雰囲気を感じる。
「いただきます……!」
「……いただきます」
奈央と真弓はそれぞれ手を合わせて食事の挨拶をして、割り箸を割る。澄も続いて食事の挨拶をしたあとに、割り箸を割る。スープ用の保存容器のフタを開けると、合わせ味噌の程よい香りが漂う。中は、野菜とバラ肉が入った味噌汁であった。
奈央はお弁当を手に、筑前煮を口に運び食べる。口にした途端、表情を輝かせ噛んで飲み込み感想を言う。
「美味しい……! しいたけと牛蒡のくせがいい感じにマッチしてる……!
れんこんの硬さも程よいし、鶏肉も里芋も味しみて美味しい……!」
「……わっ、うまい。これ、お店の料理みたい……!」
真弓はだし巻き卵を食べ、表情を柔らかくした。奈央はサラダに箸を移し、真弓は鳥のつくねを食べていく。美味しそうに食べる二人を見つめ、澄はホッとしたように紙コップを手にする。
「組織の厨房を担ってる人は現役のミシュランシェフが何人もいるからね。茂吉くんと八一くんも実は元ミシュランシェフなんだって」
「ええっ!? 八一さんも!? 料理人してたって聞いたことあるけど、そんなに凄かったの!?」
驚く後輩に澄は苦笑する。
「私は知ったのさっきだけどね。茂吉くんは基本的に器用だし、バーテンダーもやることあるって言うし。今はどんな職業についているか、わからないかな」
お茶を飲み、澄はコップを置く。
三人で軽く談笑しながら食べていく。お弁当箱やスープの容器が綺麗に空となる。三人で手を合わせ、食事の挨拶をし終えると。奈央はふぅと満足そうに息をついた。
「ふぅ、食べたぁ。美味しかった……! 美味しいお弁当を夜空の下で食べるなんて贅沢……」
「本当にご馳走様です。組織の皆さんは本当にすごいですね……!
天国のようでした……」
恍惚に感想を言う後輩たちに、澄は安心した。
「少しでも元気は出たかい?」
「はい、少しだけ出ました」
聞かれ、奈央は頷き頭を掻く。
体が冷え、お腹に物が入っていない。何も満たされない状況では落ち着かず、悪い方向に考えが向いてしまう場合がある。心配するのも良いが、自分の体調をおろそかにしてはならない。
真弓はお茶を飲み、頭を下げた。
「高島さん、ありがとうございます」
「気にしないで。こういうときはお互い様だよ」
澄はお茶を紙コップに淹れ直す。湯気が立つ紙コップを手に二人に話しかける。
「八一くんたちは無事だ。そして、今回の件は三善さんが悪いわけじゃない。そう責任を感じることないし、奈央も心配することないよ。なおくんは有言実行する男だ。そこは信用していい」
「……久田さんはできないこと、なさそうですね。先輩」
麒麟児と言われる直文にできないイメージがあるのだろう。澄は奈央のイメージに小首をかしげて悩ましげに考える。
「麒麟児と言われる彼だけど、そう言うイメージはないかな」
奈央と真弓が驚くと澄はおかしそうに笑う。
「なおくんは確かに麒麟児だけど、それは彼自身が努力してきている証だ。
それに、天然が玉に瑕になって駄目になることあるし、そう完璧人ではないよ」
「「……あー」」
笑って話す澄に妙に納得する二人の少女。お茶を飲みながら、澄は話を続ける。
「でも、だからこそ、依乃は無事だよ。なおくんは依乃を守ることに全力を尽くすだろう」
直文の有識者とも言える一人から言われ、奈央はほっとする。真弓も少し安心する。その様子を見て、澄は真弓に申し訳無さを逆に感じていた。穏健派の陰陽師の本部は潰す任務だからだ。『変生の法』を受けている陰陽師を殺す。あの世からの密命でもあり、禁忌を犯していないもの以外は今後狙われ続ける。
本当のことを言えなく、澄は申し訳無さを二人に感じる。彼女はお茶が冷めているのに気づいた。お茶を飲み終えると、ポットにお茶がなくなっていた。
「ごめん。お茶がなくなっちゃった。でも、もう本当に寒くなるから中に入ろう。みんなに心配かけさせちゃうの良くないよ」
澄は二人に声をかける。体調を崩して八一たちを心配させるのは良くない。二人は渋々と頷いて、レジャーシートの上から去る。コップと容器を片付け、バスケットの中にすべてをしまう。
全員靴を履いて、ランタンを真弓に持たせる。澄がレジャーシートの砂を払いながら畳む。
バスケットを持とうとする前に、奈央は目を丸くした。自分の中でカチッと神通力のスイッチが入る音がしたらしく、声を出して麹葉に聞く。
「? 麹葉さん? なんで、神通力のスイッチを──」
聞こうとしたとき、遠くからの足音が聞こえた。複数の足音に話し声、奈央は顔を向ける。澄も気付いたのか顔を門前の道の方に向けた。
「奈央ちゃん? 高島さん?」
不思議そうに声をかける真弓に、奈央は泣きそうな顔になりながら二人に声をかける。
「ごめん! 私、迎えに行ってくる……!」
奈央は走り出す。迎えと聞いて、真弓は理解したらしく驚く。澄に顔を向けると、彼女は優しく「行ってきな」と声をかける。ランタンを近くにおいて真弓は頭を下げ、奈央の後を追った。
暗い道の中、奈央は息を荒くしながら足を動かす。自分が地面を駆けている音よりも、近付いてくる足音に集中した。
足音に何人か、気づいたであろう。奈央の足音だと気付いた狐は驚きながらも笑い、やって来る向日葵少女を優しく受け入れた。
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