15 一旦の終幕2

 啄木達が戻ってきた。怪我は少々しているが、治療をすればなんともない程度である。

 茂吉と八一は休憩し終えたあとに、上司に報告をし書類を作っている。澄と奈央はそれぞれ用意された部屋で体を休めている。啄木は組織の医師としての仕事に戻り、寝ている直文と依乃を見守っていた。

 啄木は息をつきながら、協力を申し出た穏健派陰陽師たちのカルテを見ている。組織に在住している半妖の医師が見たのだろう。処方として神獣の加護を与えて、呪いの進行を抑えているようだ。

 人数分のカルテを見終え、啄木は息をつく。


「……うん、サンプルとしても問題ない。与えられた加護は……螣陀って……先生のガチの加護……凄まじいな。これなら呪の進行は抑制されるな」


 カルテを見ている啄木に、近くの椅子に座っている真弓は不安げに聞く。


「……でも、本当に本部……なくなっちゃったんだね」


 彼女は啄木の検診を受けにここに来ている。受け終えて、出された話題に彼は沈黙をした。

 今回の一件で穏健派の本部はなくなった。

 当然、真弓たちの衝撃はデカい。作戦を聞いていた真弓はわかっていたものの、本部の破壊に複雑な表情を見せていた。本部にいる犠牲者については何も言わない。立場からして何か言えるわけでもない。

 真弓は天井を見上げる。


「……革命派ならぬ復権派は解散に追い込まれて、保持派ならぬ穏健派の本部は破壊され各地バラバラに……。まだ表の陰陽師の協会が機能しているのは救いだけど、これからどうなるんだろう」

「穏健派の重鎮全てがなくなったわけじゃない。またどこかで動くだろうが、分散されるんじゃないか?」

「……分散?」

「信者や信じている人間がまだ日本各地にいるといえど、信頼と信用の度合いによっては味方につく付かないが別れるってことだが……」


 啄木は険しい顔をし、カルテのバインダーをテーブルに置く。


「穏健派の『変生の法』を受けて生まれたやつほど、従えざるおえない。中途半端なやつほど、どこまでこちらに引き込めるかにもよるしな」


 彼の発言に真弓は目を丸くした。


「……啄木さん。それって……仲間を保護してくれるということ……!?」

「できれば、の話だ。禁忌さえ犯していなければ、な」


 僅かといえど希望が見え、真弓はホッとする。啄木は「さて」と立ち上がり、真弓に声をかける。


「真弓。そろそろ寝ろ。今日はゆっくり休むように」

「うん、そうさせてもらうね。啄木さん。ありがとう」


 感謝をして立ち上がり、彼女は診察室から去っていく。真弓を見送ったあと、啄木は険しい顔をして白衣を勢いよく脱いで椅子にかけた。

 廊下を歩く力は強くする。本部に帰ってきた後、八一から安吾の状態の詳細を聞き、早めに診察した方がいいと言われたのだ。思い出すうちに次第に歩みから駆け足となり、啄木は舌打ちをして施設の外に出る。

 組織の本部の庭に出ると、駆け足から歩みに変える。噴水の近くので人が立っていた。その人物は啄木に気付き、にこやかに微笑む。


「おや、啄木。おかえりなさい」


 穏やかに言われるが、啄木は眼鏡をし直し相方の安吾を睨む。


「……さっきからわざとらしく、お前の気配を周囲に漂わせるな。さっさと、入院しろ。馬ンゴー」

「僕は安吾、ですよ」


 いつもの切り返しをするが、入院の有無については言わない。安吾の姿が一瞬だけぶれた。八一のときにも見せた現象である。啄木は息を呑み凄まじい剣幕になった。


「お前、やっぱり自分の状態を隠してたな。今日の無理で己の存在が霧散してもおかしくない……。お前本当に死ぬぞ!?」

「おや、僕達は立場上何度でも生まれ変わる存在じゃないですか。

別に問題ないでしょう?」


 指摘され、啄木は黙る、正義感の強い彼女ならば、問題があると言えよう。しかし、啄木はそこまで正義感の強い熱血漢ではない。少しずつぶれていく相方に啄木は問う。


「健康診断を受けたがらないのは、お前がここまでになるのを望んでいたからか?」

「ええ、はい」


 申し訳なく笑って肯定する相方に、啄木は眉間のシワが深くなるが。


「すみません。啄木。でも、この状態にならなければ僕の守りたいものが守れないんです」


 安吾は申し訳無さそうに謝罪し、啄木は言葉を失う。相方が時折表に出ていたのは知っていた。気になる人物もいることを知っていたが、まさか安吾自身大切だと口にするとは思わなかった。

 彼は薄くなりブレていく自分の手を見つめながら話す。


「表に出ては人間側に寄ってバランスを取っていたのですが、ちょっと僕の力を分け与えてしまいましてね。それでバランスが崩れて、不安定になって。今回の件でとどめになったでしょう」

「……つまり、わかってて伝達をやったのか」


 安吾は「正解です」と答える。


「消えかけではありますが、瘴気の奥底に溶け込んでいれば存在は保てます」


 一瞬だけほっとして啄木は瞠目して気付いた。


「……おい、待て。お前、大切な人が出来たんだよな。ちゃんと別れは済ましたのか?」


 質問に安吾は眉を上げた。反応に啄木は表情を再び険しいものにしていく。


「……俺のような長寿からともかく、相手は人なんだよな。奥底に溶け込むっていうが、ちゃんと存在が確立するのに百年以上はかかる。溶け込んでいる間は今回のように伝達や姿と声を出すことはできない。別れは済ませて、記憶は消したのか?」


 安吾はただ切なげに笑って口を動かす。しかし、口から声はせず、姿をだんだん透明にさせていく。維持が難しくなり、瘴気の方に戻ろうとしているのだ。読唇術でなんと言っているのかわかり、啄木は焦って相方に駆け出す。


「っ! おい、安吾!」


 彼は薄く閉じられていた目を開けて、また口を動かす。読唇術で読み、啄木は驚愕しながら手を伸ばす。が、

 手はすり抜けるだけ。安吾は風景に溶けて消えていった。

 周囲には木々と風の音。水の流れる音が聞こえるだけ。安吾の気配そのものはまったく無かった。啄木は空振った手を見て、拳を強く握る。


「あの、馬ンゴー。別れはちゃんと澄ませておけ……!」


 頭を掻いて、そのまま顔を押さえる。経験則から言っており、啄木は渋い顔をしながら読心術の内容を思い返す。


【また何処かで会えると、だけ。記憶は消してません。彼女の思い出になりたかった】

【それに、これは道具にはふさわしい結末です。──救いたかった男の末路としてね】


 安吾は献身に存在意義を見出している。彼もまた道具としての意識がある種に類する。この先安吾自身は姿を表すつもりがないのだろう。

 アフターケアが下手くそな相方に、啄木は手を外し息をつく。


「……安吾。お前、俺が医者だってこと忘れてないよ。もしかして、交流歴すらも忘れているのか」


 強く拳を握る。


「その状態、病気としてみて治してやるよ。覚悟しろ」


 眼鏡をし直し、相方が消えた場所を見直す。

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