13 花火は夜空に打ち上がるからこそ

 周囲の風景はまた変わる。

 依乃は星と雲が近くに見える場所にいた。

 周囲は掴む物はなく、明かりは星だけが頼り。視界は前に比べて広い。上は飛行機が近くで飛んで見えるほどだ。下をみると、港の工場地帯の光。山があると伝える電柱の光。人々の生活の営みがあるとされる人工物の光。僅かな月明かりに照らされる海と有度の山があった。

 これは、名前を取り戻したあの日の記憶。依乃は目をつぶって、空からまっ逆さまに落ちていた。


「──の……よりの、依乃──!」


 遠くから声が聞こえ、目を開け上を見ると変化した金髪の直文が必死な形相で飛んできている。依乃が落ちる速度よりも早く向かう。彼女は手を伸ばして、彼に手を出した。


「直文さん!」


 懸命に手を伸ばす彼女の呼び声に応え、彼はその手をできる限り伸ばしていた。


「依乃ぉぉ──っ!」


 強く掴まれる。彼女の手を掴んだ直文は落下を止めた。宙に浮いて止まり、すぐに依乃を抱きしめる。両手で離さぬよう強く懸命に、両手で抱きしめる。


「──っ……! 依乃……依乃……!

君は、なんて無茶を……!」


 直文の心臓が激しく聞こえる。夢だというのに不思議であり、依乃は微笑して両手で彼の背中を回した。


「直文さん、捕まえた!」


 にこやかに告げられ、直文はぽかんとする。はめられていたと考えなかったようだ。依乃は申し訳無さそうに笑い、彼の背中を搔き抱く。


「無茶して、ごめんなさい。直文さんと話したくて、こうしました」


 彼に顔を見せて見つめ合う。戸惑いながらも呆然としていた。例え、不安定であったとしても直文は依乃を手放すことはしない。見て分かるほどにしっかりと抱きしめている腕の力が証明している。直文が大切にしてくれているとわかっているからこそ、自分の身を捨てる真似をしたのだ。無事な空間でなければすることのないが、心臓に悪いことしたのは申し訳なく笑ってみせた。


「やっぱり、私は貴方と一緒にいたいです。貴方の向き合うものに、私も向き合わないといけないから」

「……でも、それ、は、俺が押し付けて」


 顔色を悪くし、涙を溢れさせてこぼす。暗い方向に考えようとする直文の頬を両手で固定し、顔を向けさせた


「直文さん。貴方が押し付けたんじゃくて、そうなってしまっただけです。……私はこの先きっと器であり続けるでしょう」


 言われ、直文は言葉を失う。そもそもの全てのきっかけは、依乃が名前を奪われたからだ。名前を奪われ、怪異に狙われ、陰陽師に狙われ、それを守ってきてくれたのが直文たちだ。だが、名前が戻っても器と霊媒体質は治らない。

 結果論として、押し付けではない。そうなってしまったのだ。過去に彼がしてきた事は許されないとしても、立場からそうせざる得ない。抱え生きていくしかない。

 直文と額を合わせ、彼女は告げる。


「ですが、それはあなたのせいじゃないです。……私は貴方がなんと言おうとも一緒にいたい。だから、直文さん。現実で正気に返ったら、私を抱き締めてください」


 額を合わせるのをやめ、彼女は花火の笑顔を見せた。


「私の我儘です。聞いてくださいね」

「……依乃」


 直文は目を大きく丸くしながらも涙を流し続ける。

 パァンと大きな音が響く。打ち上げ花火が上がった。

 二人は花火が打ち上げる方向に首を向ける。色とりどりの花火の花畑。火薬の臭いが風に乗って鼻孔を通る。大地に根付く花より儚く、一瞬だけの空に咲く花々。

 現実でないのに感覚があることをおかしく感じつつ、依乃はここにいる直文を抱きしめる。


「……ん?」


 直文が上空を見る。依乃も気になって見上げると、上からありえないほどの水の量が落ちてきていた。その多量の水を二人は一気に浴びる。依乃は直文に抱きしめられたまま、落ちてきた水の流れに呑まれていった。





 現実の黄泉平坂にて。麒麟と啄木が遠くで互いに火花を散らしていた。太刀を素早くふるうが、麒麟は既に人の腕でなくなっている手で斬撃を防ぐ。

 硬い音が響き、傷一つない。啄木以外ならば攻撃したことにより、不運な状況に見舞われる。だが、啄木は瑞獣の血を引き不運を中和。また厄を祓うため純粋な実力勝負に持っていけるのだ。

 焔をまとった腕が素早く振るわれるが、啄木は寸前で横に避ける。避けながらに一瞬で太刀を納刀し、すぐさま抜き切る。一つ、二つ。二つほど銀色の線が描かれるが、麒麟の服が破けていくだけで体に傷はつかない。

 嘶きに似た笛の音ととも、雷雲から雷が落ちてくる。啄木は雷を避けるが、刀の刃に刀印を添える。


「吸」


 一つの言霊とともに雷は全て太刀の刃に吸われていく。雷雲から雷が太刀に吸われていくというあり得ない光景だ。雷雲がなくなると、啄木は立ち止まりたちを軽く振るう。

 パリッと音ともにかすかに白く光る。太刀を再び納刀し、啄木は息をつく。


「白光・烈」


 言霊を吐き、一瞬で姿を消す。瞬間辺の火を揺らし、物を吹き飛ばす。光が麒麟のもとに振るわれと共に、周囲に天空のいびつな大輪の花が咲き散っていく。

 轟音が鳴り響く中、啄木は麒麟の背後にいた。


「──!!」


 相手の悲鳴が響く。腹が切られて血が出ているのだ。啄木は光を消し、太刀を収めて振り返り、目を見張る。

 麒麟は血が出ていることを止めることなく、啄木に向かって来きている。顔が少しずつ神獣の形態によってきており、全身の骨格も麒麟に寄ってきていた。神獣の形態を優先することは、人としての自我を放棄することになる。後から戻すことが可能でも、時間がかかってしまう。いつも使うはずの鏢と剣を使用しないのが、人としての理を捨て去っている証拠だ。


 啄木は武器を構え、麒麟に向かう。遠くからでは金色と白銀の光一瞬が光っているように見える。だが、近くでは太刀と蹄のぶつかり合いが起きている。

 己の特性を利用しているのか、麒麟は太刀の攻撃を受けながら戦っている。啄木は舌打ちをしながら、太刀をふるおうとするが麒麟の動きは止まる。

 気付いて、啄木は太刀を振るうのをやめた。何が起きたのかと気付くと、ネックレスの勾玉が光っている。依乃が止めたのだろう。啄木は一瞬の隙を逃さず、懐から作り出した聖水の玉を出す。


祓癒はいゆ……っ! いけ!」


 玉に一瞬だけ光り、麒麟に投げつけられる。玉が麒麟に当たった瞬間、滝のような水が麒麟に向かってかかる。

 全身に水を浴びる中、麒麟の肌から鱗がなくなり手は普通の爪と指となっていく。肌の色も人間の色となり、顔つきも神獣の麒麟から人のものとなる。体についたいくつもの傷は血を出しながらも塞がっていく。

 水に光を宿したのは、啄木の傷を癒す力だったようだ。


「……アフターサービスだ。苦情は受け付けないぞ」


 全身の服はぼろぼろであり、上半身の部分は素肌を全部見せていた。麒麟──いや変化済みの姿へと戻った彼は水を浴び終えたあと、力なく地面にへと落ちていく。

 啄木は彼を助けようとするが、その彼は四肢に力を込めて宙に止まる。急な行動に仰天していると彼は起き上がり、全身に力を込めて光の速さで飛ぶ。

 光は山の麓へと向かっていた。


「っ!? ……あそこは茂吉たちがいる……!?」


 茂吉と依乃がいる場所。穢れを祓ったが精神の穢れは完璧に祓ったとは言い難い。啄木は急いで後を追った。




 結界の維持をしながら、茂吉は遠くの凄まじい力ぶつかり合いを感じていた。被害を出さぬように結界を維持し続けるのも力を使う。茂吉は顔に疲れを滲ませ、汗を流し続けていた。だが、突如ぶつかり合い力がなくなる。しばらくしていると、茂吉は顔を空に向けた。


「っ……啄木、やったのか……!? ……ん?」


 遠くから一瞬だけ光るのがやってくるのが見える。それは気を緩んだ一瞬を狙い、すぐさま結界をぶち破った。ガラスのように結界を割った相手はボロボロの相方であり、茂吉は目を丸くする。相方は依乃の目の前に降り立ち、膝をついた。勾玉を両手で握って、膝をついて願っている花火の少女は彼に気付かない。

 茂吉は結界の維持をやめた。振り向きざまに錫杖を構えようとするが、彼の背中を見て動きを止める。雰囲気に猛々しさはなく、いつもの相方の雰囲気だからだ。


「直文?」


 名を呼ぶ。その彼は一瞬だけ茂吉に目を向け、彼女に向き直る。


「──すまない、茂吉。……彼女を引き戻したあと、俺は倒れる。……後は、頼んだ」


 自身の相方に謝罪をした後、直文は手を伸ばし彼女を両手で抱きしめた。


「ごめん。……ありがとう、依乃」


 そうつぶやくと、依乃と直文は共に横に倒れていく。依乃と共に倒れたあと、直文の姿は変わっていた。子供の神獣がそこにいる。彼女と向き合うように倒れており、二人は目をつぶって寝息を立てていた。

 二人が寝ている結果は、即ち目的は達成したことを示す。しかし、茂吉が目の前で見ている光景は拍子抜ける。先程の惨状を引き起こし、何とか止めたのにオチがなんとも可愛らしい光景だからだ。


「──茂吉! 無事か!?」


 慌ててやってくる啄木に、茂吉は苦笑しながら人差し指を立てて静かにというジェスチャーをした後。二人を指さして、茂吉が見ていた光景を教える。

 啄木はぽかんとして間抜けた顔をする。やがて八一も慌ててやってくると、二人の光景を見て啄木たちと同じ顔をしていた。

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