7 怪異の数を減らせ

 安倍川の静岡大橋の近くにて。

 スマホの画面を見て、奈央は八一に顔を向ける。停車したバイクに寄りかかり、八一はスマホを操作し終えポケットにしまっていた。目線に気づいていたのか、微笑まず八一は口を開く。


「奈央。これから作戦が始まる。準備はいいか?」

「うん! はなびちゃん守るためだもん!」


 奈央は茶髪をいじられた日から依乃には助けられてきた。今でも勉強を見たり、相談に乗ってくれる日もある。大切な親友を守りたい。その一心で、奈央はバッグから身隠しの面を出してつける。八一はバイクに隠形の札を貼ると身隠しの面を出して顔に被せた。

 八一が乗ると、奈央は彼の背後に乗ってベルトをつけた。二人乗りが許容されている大型のバイクだ。ヘルメットを手にて二人はかぶる。狐は残念そうにため息を吐く。


「ヘルメットしなかったあの時代が懐かしいなぁ……。規制入っちゃったもんなぁ」

「わざとそう言わないでよ、八一さん……」


 奈央に言われ、彼はすぐに笑い声を上げる。他のものには演技のようには見えないが、あえて演じ言ってみたのだろう。


「ははっ、悪い悪い。けど、してないと生存率下がるからな」


 かぶった瞬間にヘルメットは狐耳のカバーがついたものに変わる。同時に八一の姿も変化したものとなった。バイクのエンジンを起動させ、彼は声を上げる。


「奈央。そろそろ行くが、前に話した内容は覚えているな?」


 首肯し、八一を抱きしめて奈央は力強く答える。


「当然! 友達を守るための作戦は覚えてるよ!」

「よし、じゃあ行こう!」


 手慣れたように操作し、彼はバイクを走らせた。タイヤとコンクリートのこすれる音。耳にしながら、奈央は流れていく町並みを見ていく。

 その安倍川の河川敷を黒い動物の大群が走っていく。バイクの速度に追いつくか、追いつかないかの速さで獣が走る。犬や猿はともかく、亀などの歩みが遅いものまでが早く走っている。高速で走る亀など光景はシュールであろう。だが、創作怪談となった影響でもはや生物ではなくない。

 例えるならば、コモドオオトカゲがオオカミが走る速さで走っているのだ。それでも絵面がシュールといえど、コモドオオトカゲとは毒をもつ絶滅危惧種。絶滅危惧種とはいえ、危険に変わりない。

 その『偽神使』たちは依乃を狙っているのだ。前は『偽神使』は奈央や澄を狙っていたが、今回はターゲットは一人だけ。どこまで追いかけていくだろが、かの『偽神使』に煩わしいと感じる気持ちがあるのかどうか。

 安倍川橋や東名高速道路の高架下を通る最中、今だと奈央は声を上げた。


「っ! 魔封束、急々如律令──!」


 彼女の声かけに反応し、橋の側面が光りだす。

 光る大きな鎖網のようなものが、黒い獣たちを覆う。八一はバイクを勢いよく止め、刀印を『偽神使』たちに向ける。


佳宵火かしょうか


 瞬時に白い炎が『偽神使』たちを燃やし始めた。

 いくつもの悲鳴と取れる鳴き声が宙を震わせる。多くの『偽神使』たちの方から多くの白いホタルのようなものが現れた。動物の魂。それは空へと飛んでいく。奈央は燃えている様子をドギマギしながら見ていた。


「……これ、普通の人に見えてないっていうのか……驚き」

「あんなのが常日頃見えてたら、そのあたり事件だらけだって」


 八一の言葉通りである。普通に見えていたらニュースや新聞などのメディア系に取り上げられてもいい。見えていないのが救いだが、長く放置はできない。

 足音が聞こえる。


「……おっ」


 八一が感心したように声を上げる。奈央は足音が聞こえる方を見ると、八一たちに向かって犬やアライグマのような存在が走ってきている。網から抜け出した個体のようだ。よだれを垂らして、牙をむき出しにしながら向かう。間違いなく敵意を向けられており、奈央はビクッと体を震わせた。


「やっぱり、敵認定してる! 私達を排除しないと通れないって判断したの!?」

「だろーな。ターゲットを一点集中っていう能無しではなかったということか。

というわけで、お嬢さん。私に抱きついていて」

「うん!!」


 全力で頷き八一は刀印を組んだまま、呟く。


「替葉・転」


 言葉を吐くと、『偽神使』たちは奈央と八一たちに噛みつく。奈央は噛みつかれたと思い、ビクッとしただろう。だが、すぐにおかしいと思ったのか彼女はすぐに顔を動かし周囲を見る。数m先にバイクに乗った二人の同じ姿があった。奈央たちが目にしているのは、『偽神使』に噛みつかれながら木葉に姿を変えていく身代わり。

 木の葉が中に舞うと、八一は楽しげに言霊を吐いた。


御饌津みけつ・来」


 言葉とともに身代わりの木の葉は光り出す。まばゆい光に当てられ、『偽神使』たちはその姿を光に溶かされながら白い蛍を空に飛ばしていく。

 光が消えると、襲いかかってきた獣たちは姿はない。だが、何体かが奈央たちの横を通り過ぎて依乃たちを追おうとする。


「っまず……!」


 奈央は振り返り、降りようとするが八一が制した。


「大丈夫だよ。お嬢さん。安全柵のように海岸や展望台の先に行けないようにしてあるから」

「えっ」


 と言った瞬間に、バチッと音がした。ぎゃんっと獣が痛がる声が複数聞こえる。奈央が振り返った。南安倍川大橋という河口川を越える前に『偽神使』たちの体は弾けて消え、魂だけとなって天へ召されていく。

 奈央は呆然としていると、八一が何が起きたかを話す。


「茂吉と話し合って、大浜海岸近くに結界仕掛けてあるんだよ。生成りしている場所から向かう場所を把握してな」


 作戦は聞きていたが、ここまで念入りにしていたとは考えていなかった。だが、燃えている偽神使の数が減っているとはいえ、奈央は複雑そうだ。

 動物がいいように使われ、倒しても術の完成を促してしまう。悔しさと切なさに八一を抱きしめる力を強くする。強く抱きしめられ、彼は明るく話しかけた。


「どうしたんだい? 奈央。そんなに強く抱きしめて」


 抱いている思いを、奈央は吐き出した。


「……依乃ちゃんを、どのみち危険な目に合わせてしまうの……悔しい」


 奈央の言葉を聞き、八一はうなずく。


「なるほどな。けど、今でも間に合うことだ」

「へっ……?」


 ぽかんとする彼女に八一は笑った。


「直文は絶対に有里さんを守るよ。それに、奈央。危険な目に合わせてしまうって言うけど、君は君なりに有里さんを助けている。私に協力してるんだ。これ以上の助けはないだろう」


 優しい言葉を送られ、奈央は泣きそうになりながらも鼻をすすり頷く。


「……っ……八一さん。ありがとう!」

「ああ──っ!」


 八一は返事を中断し、顔を動かす。目線はすべての『偽神使』たちが消えた場所だ。八一は奈央の手を片手でつかみ、刀印を作る。早く何かを呟いた瞬間、二人のいる場所に光の柱が現れた。

 光の柱は八一たちを飲み込む。音もなく光の柱に二人の姿は消失していく。先程のように噛まれた自分たちの姿を見ていた。光の柱あら少し離れた場所に二人はおり、バイクには乗っていない。奈央は八一に抱えられていた。八一が事前に身代わりの術を仕掛けていたようだ。光の柱が消えたあとを見て声を出す。


「……や、八一さんが避けてなきゃ死んでた……。八一さん、ありが」


 彼の方を見て感謝しようとしたが、ぞわっと肌が立つのを感じ奈央はビクッと体を震わせた。八一はわかるほどに深い深いため息を吐き、顔を向ける。


「……あーあ、バイク。消されちゃった。まあ買えるほどの金はあるのはいいが……奈央を狙うことはないだろ」


 笑っているような声色に聞こえるが、奥には鋭い刃物が見え隠れしている。怒っているのだ。

 その怒りを狐が向けている場所に奈央は向く。

 奈央と同じ形の身隠しの面をした人間が二人。大学や髪型からして男。防御用の狩衣を上着として羽織っており、刀や扇を手にして八一たちと対峙している。陰陽師。穏健派の人間だろう。

 いるであろうことは、奈央たちは予測していた。『儀式』シリーズの中核にいる神が作っているわけではない。作り手である陰陽師も必要だ。

 八一は奈央を解放し、青白い九本の尾を出す。


「というか、私諸共殺す気だったか。奈央を。へぇ、なるほど」


 瞬きもせずに八一が消えた。三人が驚く間もなく、八一により陰陽師たちは腹を殴り飛ばされる。

 殴り飛ばされた陰陽師は音を立てて地面に伏す。八一は後ろに大きく下がって奈央の元に戻ると、息をついて舌打ちをした。


「……決まりがなきゃ、殺せてたのにな」

「っそれは駄目……!」


 彼に奈央は制止の声を上げて、八一は頭をかきながら返事をする。


「わかってるよ。奈央の前ではやらないし、基本的にはやれないよ。そう言う命令、出てない」


 奈央はほっとすると、彼から手を翳される。


「というわけで、奈央。相手が来た以上、作戦通り交代な」

「……うん、八一さん。絶対に無茶……しないで!」


 強く言われた。まだ奈央の記憶では過去の八一が亡くなった事は古い記憶ではない。一瞬だけ黙ると八一は頷き、かざすのをやめ彼女の頭を撫でる。


「当然だ。奈央と一緒にいるって決めた以上、私は死にたくないからな」


 その言葉を聞き、奈央は面の布の下で目を丸くし嬉しそうに微笑む。背後の陰陽師たちが立ち上がろうと動き出す。その前に八一は「転」と吐く。

 向日葵少女の姿はこの場から消え、安全な場所に送られたのだ。



 ──奈央の代わりに、隣には狸の面をした男が膝をついた状態で現れる。黒のノースリーブのインナー。狸の尾は腰に巻かれた軍服で隠れており、軍服専用のズボンと皮のブーツをはく。首にはアクセサリーとしてヘッドホンをつけていた。

 茂吉を見て、八一は楽しそうに声をかける。


「着地の瞬間に変化して現れたって感じだな? 隠神さん」

「いやいや、お稲荷さん。かっこよく決めようと思ったらこうなったってだけだけ」


 ゆっくりと立ち上がる陰陽師は「なっ」と声を上げて驚いていた。新手が増えて驚いたよであろう。


「今生にてこんにちは。こんこーんなお狐様だぞ♪」


 八一は手で狐を作り楽しげに言い、茂吉は両手でお腹を軽く叩いて面白そうに告げる。


「ぽんぽこぽ~んと、叩いては打ち付けるお狸様だぞ☆」


 Vサインを作り決めポーズをする。陰陽師たちは突如変なことを言い出した彼らに理解を示さなかった。突然、仮面下で邪悪な笑みを浮かべている二人のこともわからない。


「さあさ、これからは狸と狐の化かし合い」

「さあさ、逃さぬ逃れられぬ狐と狸の化かし合い」

「大道芸ワールドカップの期間の中、この稲成空狐と遭遇できるとは僥倖」

「大道芸のパフォーマンスの最中、この隠神刑部と相まみえるとは幸福」


 八一は手から数本の柳葉飛刀りゅうようひとうを出し、茂吉は斧を手にする。


「この狐と踊りましょう。お兄さん方」

「この狸と楽しみましょう。陰陽師方」


 低い声で愉快げに誘う。誘うと言っても逃げられない誘いである。どちらが悪役なのかわからない。陰陽師たちは二人に気圧されつつ、武器を構えた。

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