3 在宅の向日葵少女
向日葵の少女が倒れて翌日。
あの後、依乃は介抱を手伝ったあと奈央の家を去った。病院に行って帰ってきた連絡は来たものの、状況は良くわかってない。
啄木から呼ばれて依乃と直文が
啄木はコンビニで買ったペットボトルのコーヒーとビニール袋を手に、私服で近くのベンチに座っていた。Tシャツにジーパンとサンダルという身軽な格好をしている。髪はゴムで簡単に結ばれており、眼鏡は変わらずかけていた。公私は分けるタイプのようだ。
二人を見つけて、立ち上がって手を振る。
「あっ、きたきた。おーい、有里さん、直文ー」
依乃は頭を下げて、直文は軽く手を上げた。二人は近くにやってくると、啄木は依乃に冷茶のペットボトルを、直文にはアイスコーヒーを渡す。
「ほい、これ。話が長くなるから、飲み物を渡してきた」
「あ、ありがとうございます。佐久山さん」
「ありがとう。啄木。貴重な休みの日を無駄にして申し訳ないな」
それぞれの感謝の言葉に啄木は首を横に振る。
「こっちが俺の本職だし、すべきことはしないとならない。それに、もうそろそろ契約満了日だし、俺がいる科の医師は補えそうだしな。あと、俺自身本業を疎かにしたくない」
啄木の言葉に直文は驚いていた。
「……本腰を入れるのか? 本部での仕事の人数は足りてる。お前の目的を優先してもいいんだぞ」
「サンキュー、直文。けど、確かな情報を掴んだのもあるから、とりあえず桜花運営の医院に戻るよ。……先輩に出戻る連絡してかないとな。さっ、二人はベンチに座った座った」
気を取り直して彼は息をついて座るように促した。
厚意に甘えて、二人は座る。啄木は二人の前に来て、話し始めた。
「まず、田中奈央さんと有里さんが別れたあとの話をしよう」
啄木曰く。倒れた奈央の目が覚めたあとに、入院していた病院に来たようだ。
彼女は啄木の診察を受けた。
熱はストレスが関係している可能性があると診断を下した。風邪やインフルエンザではないため、解熱剤を処方される。形式的ではあるが、精神科と心療内科の受診、入院を勧めてみるが、奈央自身が断ったようだ。奈央と家族は薬をもらって、病院を去っていったと。
辛いのに入院を断った。依乃は非常に驚いていた。直文もまた依乃と同じ反応である。腕を組み、啄木は真剣な表情になった。
「ここで俺から話したい本題だ。あの熱は狐憑きによる影響で間違いはない。
神通力を得る過程で、狐から授かった力が彼女の中で馴染もうとしているから熱が出ているんだ。死ぬことはないから大丈夫。彼女に取り憑いている狐は、田中さんに友好的みたいだからな。問題は熱が下がったあとだ」
「……佐久山さん。それは奈央ちゃんが、私と同じように幽霊と妖怪が見えたり、声が聞こえたりするのですよね?
けど、奈央ちゃんの場合は身体能力も少し上がる。……普通の人とは違うようになるですか?」
依乃の指摘に啄木は正解だと頷く。
「そうだ。だが、問題はそれだけじゃない。問題なのは得た後。仮面の男……夜久無といったか。そいつに関しての進展の報告はない。
……そいつが何の目的で動いているかは定かではないが、もし狐の嫁入り目的で狙っているならば今の彼女は妖狐にしたら絶好な
今後の示唆までされて、依乃は不安が
直文は依乃の含めた見守り、茂吉は敵の追跡。奈央を守るならば先手を打ったほうが良い。依乃と同じ特殊な状況ならば、保護の方が彼女の身の為なのだ。組織からの中途半端な任務と状況に、少女は苛立ちが沸いてくる。
「っ……じゃあ、今すぐ動いて奈央ちゃんを守ったほうがいいじゃないですか……!
確実に奈央ちゃんの前に出てくるなら、尚の事、あの子のそばにいた方がいいはずですよ……!」
確かな正論を上げた。
述べたあとの反応を少女は見ると、直文は顔を押さえてため息を吐いて、啄木は渋い顔をしていた。彼らの反応に依乃は不快感を表情に出そうとする。その前に直文は手を離して、呆れた表情をして頷いた。
「そうなんだよ。その通りなんだよ。依乃。……でも、俺達は田中ちゃんを守れないし、やったらやったで面倒事になるし、あいつの作戦通りに動くしかないんだよ……」
どうやら少女の意見は正しいようだが、何やらできない事情があるらしい。直文のあいつの言葉が気になったようだ。
「……あいつとは……?」
きょとんとして依乃は瞬きをした。直文は啄木に顔を向けると「言え言え」と声が上がる。彼は仕方なさそうに彼女に耳打ちをした。
そこから話される内容に、依乃は段々と目を丸くしていく。
公園内に打ち上げ花火の音ぐらいの叫び声が響いた。
奈央が熱を出して四日が過ぎた。
熱はだいぶ下がり体調も回復にしてきている。熱が出ている間はアニメやゲーム実況を見たり、授業のプリントをしたり、教科書を読んだり、家でできるストレッチをしていた。
インターホンが聞こえた。
母親の真美は娘の体調のこともあり、合間合間で休みを入れてくれる。真美が玄関で出ていると、明るい驚いた声が響く。ストレッチを中断すると、真美がドアを開けて奈央を呼ぶ。
「奈央、学校の子が来たわよー」
「学校の子? お母さん、その子ははなびちゃんじゃなくて?」
「ええっと、山野くんだったかな。授業のプリントを持ってきてくれたらしいけど」
山野。前に見舞いに来てくれた男子生徒を思い出して、彼女は玄関の前にゆく。玄関の土間には山野がいた。彼女が元気な姿を見て
「あっ……田中さん。こんにちは。元気そうで良かったぁ……」
「山野くん! こんにちは。どうしたの?」
「ああ、これ。先生からの課題のプリントだよ」
通学バッグからファイルを出してプリントを渡す。奈央は受け取るがげんなりとする。苦手な分野が多いからだ。少女の表情に彼は笑っている。
「休んだ分の量だから、そうなるのも仕方ないよ。じゃあ、僕はこれで……」
背を向けようとする彼に、奈央の手が伸びた。肩を掴まれて山野が驚いて振り返る。向日葵の少女の表情はどんよりとした雨雲模様だ。
「ま、待って……助けてください……!」
真剣な声に、山野は真顔で少し体が震えると。
「……数学と物理と科学と英語を教えてください……! 一生のお願いです……助けてください……!」
本気で泣き出しそうな向日葵少女。国語や社会はできるが、苦手な英語や理系は手付かず。勉強は苦手だが、何よりも友人に置いていかれるのは勘弁なのである。真剣なお願いの内容に彼は呆けていた。
──奈央の母親に山野は
「じゃあ、早速何が苦手なのかプリントを見せてくれないかな」
「あっ、うん。……実は……」
机にあるファイルから、多くのプリントを出す。
奈央からだされたプリントの量は小冊子一冊分。出された紙の厚さを見て、山野はまじまじと見つめる。空に浮かぶ入道雲並に答えが書かれてない真っ白な新品のプリント。山野は全てのプリントを確認していく。新品と思われるほどの、真っ白さに山野は息を吐いた。
「……ねぇ、田中さん。これはないんじゃないかなぁ……? あそこの高校は勉強ができる。今ある程度、やっておかないと追いつかなくなるよ」
心底呆れる声を聞いて、奈央は空笑いをしてみせた。
「あははっ……実は理系と英語はとんと駄目で……先輩やはなびちゃんのおかげで今の学校に受かったんだけど……」
わざとらしく笑う彼女に、山野は意味深な笑みを浮かべる。
「……僕だから良かったものの……これは他の人だと投げ捨てるなぁ。うん、わかった。
少女は表情を明るくさせて喜ぶも、山野の黒いオーラに気付いていない。数学のプリントを渡され、彼は教科書を手にして奈央の隣につく。隣りにいる彼の顔を見て、向日葵少女はやっと気付いた。
怒気があると。
小冊子一冊分の厚さ、答えも書かれてないまっさらなプリント。その内容の教えるのだ。怒りが湧かずにはいられないだろう。
山野はにっこりと笑って。
「安心してほしい。僕はこれでも頭はいいんだ。ちゃあんとみっちりと
と言い放つ。怒りのあまり口調も変わっており、奈央は顔を青ざめて震え上がった。
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