2 見舞いに来た友人たち

 病院を退院した翌日の午後。父親に連れられて、奈央は帰宅した。制服をクリーニングに出して、通学バッグと入院していたお泊り用のバッグを持って帰ってくる。

 奈央は自室に入る。

 棚には、J-POPやアニソンなどのCDにゲームソフト。特撮俳優のポスターが壁に貼られていた。ごちゃごちゃしている様子はなく綺麗きれいにされている。いない間、母親が掃除してくれたようだ。

 ベッドに座り、奈央は懐かしさがこみ上げて微笑みを浮かべる。


「ふふっ、久々のベッドだなぁ~……あれ? なんで久々?」


 何故か、懐かしさがこみ上げて久々と言ってしまった。彼女は口を押さえてみる。五日間ぶりの自分のベッドと思えば久々だろう。五日間のスパンで懐かしさがこみ上げるのに疑問を感じて、彼女は首を横へと傾げた。

 自身の服装を見つめる。この時代の服は珍しくはないものの、今着ていて安心感を覚えた。


「……あれ? あの間、私は本当に制服でいたの?」


 制服を着ていた身に覚えはない。何をしていたのかも覚えてない。誘拐されて、怖い目にあったはずだろう。母や父からは怖かっただろうとなぐさめられた。今でも先に湧いた感情は恐怖ではなく悲哀だ。


 何度も、どうしてと問う。どうして、どうして、どうして、どうしてと。


 ふっと目から涙が出てくる。今の彼女はわけがわからない涙が溢れてきそうだった。ドアからノックがして、母親の真美が彼女に声をかけて来る。


「なおー? 大丈夫ー?」

「……えっ、あ、う、うん! ごめん、まってね!」


 慌てて涙を拭って、ベッドから立ち上がった。ドアを開けて、真美に尋ねる。


「どうしたの? お母さん」

「ああ、はなびちゃんと同じ学校の子が奈央に宿題と予習のプリントを持ってきてくれたらしいの」

「……同じ学校の子?」


 依乃ならわかるが、それ以外の人物で見舞いに来る子はいるのだろうか。母親に導かれて玄関の方まで行く。

 玄関の土間にいる人物を見て、奈央は口をあんぐりと開けた。戸惑いを見せている依乃。前の朝に見かけた冴えない黒髪の男子生徒。告白を受けた男子学生の山野正哉だ。

 山野は顔を赤くして頭を下げる。


「きゅ、急にすみません……! 僕は山野正哉と言います。田中さんのお見舞いに来ました……」

「ありがとうね。奈央に男友達ができるなんてうれしいわ」


 真美に緊張した面持ちで自己紹介をし、真美は娘が告白を受けたと知らずに友達なのだろうと勘違いをしている。

 奈央はなんで彼がここにいるのかわからなかった。依乃に「なんで彼がここにいるの」と目線で訴える。友人の顔は申し訳無さがたっぷりと表に出ていた。山野が下心ありでここに来たのかと勘繰る。

 見舞いに来てくれた以上、無下にする訳にも行かず二人を上がらせた。

 部屋は奈央の部屋で母親から二人はもてなされる。お茶とお菓子が運ばれて、真美が去った。依乃が遊びに来るのはともかく、男子はあまり招き入れたことはない。奈央が尋ねる前に、山野は急に土下座をしてきた。


「田中さん! 本当に申し訳ない……!」


 綺麗きれいな土下座に少女たちは驚く。山野は顔を上げて、話し出す。


「実は有里さんに無理を言ってついてきたんだ。その、君が行方不明と聞いて、僕の……せいで……君に迷惑をかけちゃったかもしれないと思って……」


 奈央の家に来たのは、彼女が謝罪の為らしい。誘拐されたのは自身のせいだと思っているふしがあるようだ。被害妄想が激しいと少女たちは考えながら、下心はないと奈央は判断を下す。


「貴方からは一回だけ告白を受けただけなんだから、そんなに気にしないで。山野くん」

「……田中さんは良い人だね」


 優しい声かけに山野は瞳を潤ませる。オーバーなリアクションに奈央と依乃は苦笑していると、彼は涙を拭って彼女に目を向ける。


「……でも、僕にも責任はあるよ。だから、なんかあったら言って。力になれると思う」

「……ありがとう。山野くん」


 感謝をして笑う。山野正哉と言う彼は良い人のようだ。その優しさの質が似ているなと奈央は考えて目を丸くした。誰に似ているのか。追憶をしてみるも、思い当たる人物は思い浮かばなかった。

 彼は「ああそうだ」と声を上げて、バックから多くのプリントを出して奈央に見せる。


「これ、授業の課題のプリント。先生に渡すように言われたんだ」

「あっ、いなかった分の……」


 奈央は授業に遅れる恐怖を思い出して震えた。行方不明になった分とこれから休む日にち分の補習があるのだ。ガタガタと震えている友に依乃はフォローを入れられず応援をした。


「休んだ分は土曜日や部活のない日での補講をやるってことで、話を進めたほうがいいよ。奈央ちゃん。頑張がんばれ」

「わぁぁぁ! だから、休みたくないのぉぉぉぉ!」


 声を上げて嘆く。そんな彼女に山野と依乃は笑っていた。



 山野はそろそろ帰るらしい。

 依乃と奈央は玄関の前で見送る。土間でくつを履いて、山野は二人に顔を向けて心配そうに声をかけた。


「あの、田中さん。本当に大丈夫かい……?」

「大丈夫だよ。山野くんは心配性なんだねぇ。でも、ありがとう」

「……で、でも……うん……心配だなぁ……」


 あわあわと心配する彼に、奈央は明るい笑顔を見せた。山野正哉はヘタレているが優しいようだと感想を抱く。彼は何かを思い出したか、二人に話した。


「あっ、そうだ。なんか、ここ最近仮面をした不審者が街にいるって噂らしいんだ。暗くなる頃に学生の前に現れるらしい。本当かどうかわからないけど、気を付けてね」


 山野は「じゃあね」と手を振って、玄関のドアを開けて外に出ていった。

 依乃は手を降ったが、奈央は立ち尽くしている。仮面の不審者と聞いて思い当たるのは登校した時に遭遇した仮面の男だ。

 不審者には気をつけなくてはならないが、奈央は疑問を抱いている。誘拐されたならば、怖い目にあっているはずなのだ。やはり、恐怖よりもを悲しみが勝る。また仮面の男は間違いなく自分を狙ってきていると理解していた。

 五日間も自身が本当に何をしていたのか、覚えてない。誘拐犯に軟禁されたような痕跡もなく覚えもない。


 どうして、どうして、どうして、どうして、どうして。


 先程の疑問を何度も繰り返す。

 強いて言うならば、神隠しにあったかのよう。普通は信じられない。信じるわけはない。依乃ならばわかるかもしれないと声をかける。



「ねぇ、はなびちゃん」

「どうしたの、なお……ちゃ……んっ!? 本当にどうしたの!?

顔が真っ赤だよっ!?」


 顔を向いた瞬間に依乃は驚いて聞いてくる。


「……えっ、かおまっか……?」


 間抜けた声を出す。

 奈央は自覚がなかった。依乃の声に気づいて真美が顔を出すと、娘の変化に気付いて声を上げる。向日葵少女は体に力が入らなくなり、視界も暗転した。倒れてから、奈央は自分の体調は悪いのだと自覚する。彼女は遠のいていく声を聞きながら、二人の呼び声を聞いていた。




 暗い中、光り輝く一匹の白い狐が奈央の目の前にいる。普通の狐ではないことはわかる。仮面の男が引き連れていた青白い狐かと考えたが、目の前にいる狐からは怖さを感じ取れない。覚えのない親しみが、湧いてきた。

 狐は話しかけてきた。


[奈央ちゃん、ごめんね。私のせいで苦しませて。貴女は私を覚えてないかもしれないけれど、自分の事の話だからちゃんと聞いて。

貴女が熱に苦しんでいるのは、私が貴女に取り憑いたからなの。今は苦しいけど、今回だけだから。申し訳ないけど頑張がんばってほしいわ]


 謝罪をされる。

 奈央は文句よりも先にそんなことないと声を上げたくなる。

 狐の話は続いた。


[……熱が治まってしばらくすると、貴女の見ている世界が大きく変わると思うの。でも、それは貴女の為。貴女が自衛をするために必要だった力。

私が憑いて避けられる危険はあるけれど、また違う危険も増える。……気をつけて、夜久無は、仮面の男は貴女を狙っている。仮面の男を見たら逃げなさい。逃げ切りなさい。……奈央ちゃん。大丈夫。約束はちゃんと果たすから]


 約束。記憶にないが少女は思い当たる。この狐ともう一人の誰かと約束をしたのだ。その、もう一人が誰なのか。向日葵の少女は思い出せなかった。


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