3 奈央と八一と麹葉と
川を見つめ直して、口許を三日月に形作る。
「組織に引き取られる前は根もない噂を流されたり、殴られたり罵られたり、周囲からいじめられても助けてくれなかったけど、まあ勘当する理由はわかるさ」
早口で受けてきた仕打ちを言い、殺意を感じたのは気のせいだとしておく。仰ぐのをやめて、八一は川を見据える。
「恐らく、父は私が怖いんだ。私が桜花の半妖として生まれてしまったのが恐ろしいのさ」
彼の話を聞いて、違和を感じる。半妖として生まれたから、批判されているのではと奈央は思っていた。彼女は桜花の半妖の成り立ちを知らぬ故に不思議に思うが、八一はあえて語らないだろう。
やがて八一の空に向けて
「桜花は地獄の組織の一つだ。父親は私がいつか自分を裁くんじゃないのかと思っているのさ。使い魔によって人間の母を無理矢理見初めたことか、私を生んでしまったことか、母を病で死なせてしまった事か。その全てが後ろめたいんだろうな。はっ、禁忌なんてしてないのにさ。馬鹿な親父だよ」
八一の父親が息子を恐れる理由はわかった。扇を閉じたり開いたりを繰り返して、彼は扇を再び開く。彼はぽつりと呟いた。
「……思い出すだけでも腹立つな」
彼女の時代では
「……何も、言えなくて、ごめんなさい……」
涙ぐむ声に八一は目を丸くして、申し訳なく笑う。
「仕方ないよ。その個人でしか辛さがわからないこともある。私だって、今の君の辛さは理解しずらい。だから、無理に慰めようとしなくていい。無理に
毎日のように気にかけてくれている八一。彼の優しさは身にしみて、心が暖かくなって来る。彼女は小声で感謝をして、八一は笑って頭を撫でてくれた。
彼が頭を撫で終えたあと、彼女は不思議そうに聞く。
「……八一さん、女の子に人気ありますよね……。女の子の対応にもなれてます。恋人はいないのですか?」
彼が良いのは見た目だけでない。然り気無い気遣いと声色と態度は不快にならないのだ。なるととよが羨ましいがり、町の女の人からも目線が送られるため、本当にモテるのだ。
彼女の質問に八一は首を横に振って話す。
「いない。手慣れているのは相手から情報を聞き出す技術だからさ。これは話術だけでなく、閨の出来事、男女の関係にも及ぶ。だからといって、お嬢さんのような協力者には技術ではなく気遣いが必要だ。何せ、死に近い裏組織なもんでね。危険な目に合わせたくないのさ」
スパイ活動とハニートラップもこなしているようだ。また協力者にも配慮をするにも理由はあるようだ。妖怪の退治だけでなく、スパイ活動もするとは裏組織らしいと奈央は感心した。八一は
「これを聞いたのは、もしかして私がいけめんとやらだから変に勘違いしちゃったとか?」
「いえ、手慣れているなぁと思ったので聞きました。あと、私は高校を卒業するまで恋愛は御法度なのです。八一さん、いつもよき顔面ありがうございます」
にやにやと聞く彼に、奈央はバッサリと否定し合掌した。否定された本人は拍子抜け。八一は性格も見た目も奈央の合格点以上だ。しかし、彼女にとって高校生活を乗り越えることが優先である。理系の授業と英語がヤバイため、恋愛よりも置いていかれる恐怖が強い。勉強が苦手な以上、恋はしない方針をとろうとしている。
前に告白されたのを思い出して息を吐く。
「私は頭はよくないので、たくさん勉学しなきゃいけません。告白されてもいるので断らないと」
八一は驚いていた。今まで以上に驚いている。
「お嬢さん。告白されてたのか」
「はい、大真面目な告白を受けましたがそこで驚きますか?」
彼は頷いて、頭を掻く。
「……正直に言うと、自分からつかみに行く側だと思っていた」
「あはは……小さい頃したことはあるんですけど
彼女は苦笑し、八一は納得していた。
周囲の友人からはよく言われる。受けるよりアタックしていく方に思えると。小学生の頃に自分から告白したことあるが
八一は扇を左手で顔の前に持って微笑む。
「私からしてお嬢さんは
「……八一さんはお世辞上手いですね」
扇を閉じて彼は彼女の心臓の上に当てた。顔を向けさせて、自身の心臓の上に扇を当てると八一は意地悪く笑う。
「そりゃ、人より長生きだから」
奈央は顔を赤くして照れると、麹葉がやって来た。
[八一様。こんにちは]
「こんにちは麹葉さん」
二人は互いに挨拶をして談笑をする。
「八一さん」
二人の会話を中断させて、彼を呼ぶ。二人が向くと、彼女は気持ちを言葉にして聞いてみた。
「……私がこの出来事を忘れたく無いといったらどうしますか?」
気持ちを言葉にし八一と麹葉は黙り、彼は首を横にふる。
「駄目だ。申し訳ないが消させてもらう。これは規則で決まりでもある。未来では君は一般人なのだろう? なら、余計な事は忘れた方がいいさ」
思い出にするのもダメなのだ。彼女は顔を俯かせて、八一は気まずそうな顔をする。八一の組織の実態もあり、基本的にはあまり話さない方がいいのだと奈央は理解している。沈黙している二人に、麹葉は声をあげた。
[なら、未来で八一様が奈央ちゃんと会えばよろしいのでは]
「……はっ? 未来で私がお嬢さんと?」
八一は驚く。滅多に驚かない彼に、麹葉は頷く。
[そうです。
提案に八一は難しい顔をして少女を見る。奈央は顔をあげて八一の反応を確かめた。小慣れたように協力者の記憶を消していったのだろう。提案を受け入れ難いような
「……八一さんはこうして協力者の人と仲良くして、忘れさせたりしていたんですか?」
「ああ、あの世の関わらせないために記憶を消している。仲良く出来ても、そもそも半妖と人の時間は違う。互いの未練を残さぬよう消している
奈央は何処かで腑に落ちて、何処かで納得がいかなかった。自分の記憶を消しても、八一の記憶には彼女といた出来事は残り続けるのだ。それが、切ない記憶になるのか、楽しい記憶となるのかは彼次第。どうするべきか、彼女はわからない。だが、奈央は彼らを忘れたとしても無下にしたくない。
「八一さん。約束しましょう! 未来で会って私に食べ物をおごると!」
「……はっ? えっ、約束?」
唐突な発言に間抜けた顔になる。奈央は力強く頷いた。
「記憶を消されるのは納得いきません。ですが、ここでの出来事が
真っ直ぐと言われて、八一は戸惑いを見せる。
「ちょ、ちょ、ちょっと待って!?
納得いかないのはわかる。けど、君は仕方ないと受け入れてくれたのか。なら、何で私と約束をするの? 何で、私が食べ物を奢ることになるんだいっ!?」
「何でとは当然です。人の記憶を消すんですから、そのぐらいの
「勢いで決めつけられた!? そもそも、私が覚えているかなんて
扇を閉じて頭の後ろに当てる彼。奈央は麹葉も見る。
「麹葉さんもこの約束に乗って貰います。言い出しっぺは麹葉さんなんですから!」
[私も含まれているの!?]
驚く麹葉に奈央は何度も頷いて
「折角、良い人達に会えたのに忘れるなんて本当は嫌なんです。だから、せめてこの約束だけは果たしてください」
気持ちを知り、と麹葉は目を丸くして泣きそうになる彼女を見つめる。
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