22 タイミング悪い怪異出現

 身隠しの仮面をした真弓は道路の歩道側を走り、橋を渡る。横断歩道をわたり、海に近い公園へと近付く。より海からの邪気が濃く感じてきた。

 公園の中を通り、真弓は海岸の端に出た。

 昼間見たときより、潮の満ち引きの差がある。街灯は少なく、夜目に慣れている人間でなければ海岸の砂浜はわからないだろう。 

 幸いなのは月が明るいときの夜であること。真弓は砂の踏む音を立てながら、海岸の見回りをする。海岸の近くには民宿やホテルが多くあり、邪気の元となるものが上がってくるとなると危険だ。

 海岸の砂浜を端から端まで歩いて見回るが、海岸の真ん中に来て真弓は悩ましげ腕を組む。


「……確かに、邪気は感じる。でも、どんな妖怪が来るの……?」


 考えていると、真弓は遠くから光って飛んでくるものが見えた。すぐに横に体をそらすと二つの札が彼女の居た場所を通り過ぎ、砂浜に突っ込む。

 文字の札を見たが、拘束か金縛りの札。真弓は左右を見ると二人の男がおり、同じように身隠しの面をつけていた。

 身隠しの面をしながら姿を隠すとなると、隠形の術を重ねる必要がある。二人の陰陽師は隠形の術を重ねて、真弓に襲撃を仕掛けたのだ。

 避けられ、陰陽師の男は舌打ちする。


「ちっ、避けられたか」

「そういうなって。これから捕まえればいいんだ。というわけで、一人で来たお間抜けさん。ここまでだ」


 もう一人の陰陽師から楽しげに声をかけられ、真弓は後ろに下がる。彼女の中で陰陽師の存在がすっぽ抜けており、顔色を悪くして焦りを見せた。


「っ……しまった」


 悪癖がまだ出たらしく、真弓は凄まじく反省をする。しかし、今は反省する間もない。

 口の悪い男は真弓を捕まえようと走り出す。真弓は避けようとするものの、別の男が手を伸ばしてくる。彼女は手首をつかんで、背負投げを決めた。最初に捕まえようとした彼が、真弓の手首をつかむ。

 彼女は護身術の要領で手首から手を逃れ、相手の体勢を崩し砂浜に倒れさせる。

 二人からすぐに距離を取り、真弓は問う。


「っ貴方達は、革命派の陰陽師ですよねっ……。もう派閥内の人数が少なくなっているのに、何故未だに活動し続けるのですか!?」


 起き上がりながら、口の悪い陰陽師は砂を払う。訳がわからないだろうといった顔をした。


「はぁ? 陰陽師を復権させるためとわかってるだろう。妖怪退治とか悪霊退治をコソコソやり続けて何の役に立つ? 俺達は変なカルト宗教やカルト宗派より役立つ。陰陽師の力は表に出すべきだ。それは、退魔師も、妖怪も同じだろう!」


 陰陽師の復権を諦めてない人物がいるらしく、真弓は首を横に振る。


「人じゃないものを人の世に持ち込むべきじゃない! 妖怪も普通に良い妖怪もいるし、今の平和を乱したい妖怪と人間は多いわけじゃないよ!」


 真弓の言葉に、もう一人も起き上がりつつ陰陽師は呆れる。


「若い君はわかってないね。生きる為に職業の両立とかおかしいでしょ。

働いた分は税金や陰陽師のお金で僅かにしか残らない。陰陽師協会からの依頼のお金は美味しいけど、死と紙一重で労力が凄まじい……。おかしくない?

俺達陰陽師である前に人間だ。普通に食って、普通に働いて生きたいんだ」


 兄や重光の愚痴を聞いているゆえに、二人の陰陽師の苦しみは理解できた。反論を言う前に、その陰陽師は蔑む目で彼女を見つめる。


「遺伝子操作されて生まれてきたような保持派の道具にはわからないだろうね。変生の法をただ受けただけで優遇されてきた道具の君たちには」

「……っ! 私は道具じゃない……! 遺伝子操作なんて……そんな……そんなものじゃない! 優遇されても嬉しくない!」


 侮辱され、真弓はショックを受けながらも反論をした。

 勉強をしなければ知らなかった事柄と言え、言っている意味もわかる。穏健派の『変生の法』を受けて生まれて人間は、通常より強い霊力を持って生まれる。遺伝子操作や使い勝手いいの道具に例え、侮辱しているのだ。

 陰陽師の界隈では、霊力が強い人間が優遇される傾向にあるのは間違いない。だが、妬みを口にし人を侮辱するのは勝手が違う。


「……復権させたい理由はわかるよ。でも、やり方が間違ってる!

人命や場所を問わない貴方たちのやり方は人道に反する。普通の人すらも利用する貴方達が間違ってる……!」


 声高に否定をするが、相手は心底呆れた顔になる。


「遺伝子操作もアレだけど? お間抜けさん」

「そんな風潮……いつか……なくなるかも……しれない……けど……っ……でも……」


 相手の反論に真弓は弱々しくなり、涙をこぼしながら砂浜を濡らしていく。精神的に揺さぶりをかけられたと知らず、足音が真弓に近付いてくる。


「っ!」


 彼女が気付いて振り返った時には、口悪い陰陽師の手の平が伸びていた。真弓はすぐに逃げようと体を動かそうとするが、間に合わない。彼女の肩が掴まれた。

 次の瞬間、白い何か口悪い陰陽師が蹴り飛ばす。

 真弓ともう一人は驚き、蹴られた陰陽師は海辺の近くに倒れる。その相手は彼女の目の前に降り立ち、大刀を手にしていた。


「……貴方は……あのときの神獣さん!?」


 驚いて声を上げるが、神獣と呼ばれた相手は何も答えない。

 神獣は刀を腰に携え、鞘から抜く。

 海辺にいる男は起き上がりながら、神獣を目にして言葉を失う。神獣は男に向かって駆け出し、太刀を構える。口の悪い男は情けない悲鳴を上げた。しかし、神獣が太刀で刺したのは全く別物。その男の腕を握ろうとした、スライムのような何かだった。

 仲間の一人は驚愕をする。


「っ……!? 海からスライムが……!?」


 スライムは刃をすり抜けて、手のようなものを海の中に戻す。


「っ……!」


 男は仲間の元に走って逃げていく。神獣は海から飛び離れて、真弓の近くに立つ。

 暗い海に波が動く。白波ではなく、盛り上がるような姿で海の上でなにかの形を作り上げていく。

 真弓は異様さに気付き、声を上げる。


「……違う。あれはスライムなんかじゃない……!」


 西洋のモンスターとも言われるスライムは、海からあらわれると聞かない。

 単細胞生物が妖怪になったと話はあったとしても、事例は滅多にない。スライムに似たものが妖怪だとしても、真弓の知りうる限りでも思い浮かばない。伝承や本屋さん民俗学で出てくるようなものでなければ、思いあたる妖怪なんぞ一つしかない。

 真弓は海を見る。

 邪気の原因が、すでに海岸一帯に集まっていた。


「……もしかして……邪気の要因は……創作怪談の怪異……!?」


 海岸の海一帯には百数十人とも言える人間の形が出来上がる。

 よく見ると、それは顔のない人の形をしたような水の塊であった。手もなく指などない。足もなく、全体が丸いような形をした人のようなもの。

 海から生まれた人のようなもの『海人間』とも呼べよう。

 唐突の出来事に敵側の陰陽師は戸惑っていると、神獣は中に浮かび『海人間』達に向かっていく。

 海人間は手をゴムのように伸ばし、飛んでいる神獣を捕まえようとする。しかし、簡単に避けられ、太刀によって斬られる。

 白い光が太刀に宿ると、神獣は『海人間』の真ん中に止まった。『海人間』が数体集まってくると、神獣は太刀を振るう。太刀の刃に触れた相手は、ことごとく水となってきて白い蛍である魂が空へと登っていく。

 何体か神獣に集中するが砂浜を上がり、川からさかのぼろうとするものもいる。

 しかし、河口入口には『海人間』が詰まっており、海岸からも這い上がろうにも見えない壁で遮られているようだ。

 空に力強い気配を感じて、見上げる。金色の角と黒い耳と長い髪を持つ人の姿が浮かんでいた。誰かはわからないが、海岸一帯にはられた結界は空にいる人物のお陰であると判断する。敵ではないとわかった理由は『海人間』の行動をさまたげているからだ。

 元となるものが人の魂であるならば、真弓は救わなければと何枚か札を出す。

 敵側の陰陽師に協力を呼びかけた。


「っ今は敵対している場合じゃない! あの妖怪を街に上陸させないよう手伝って!」

「はぁ!? 保持派の指図うけたかねぇよ!」


 口の悪い陰陽師は気力が回復したらしく、相方の陰陽師と共に札を出して『海人間』と対峙していた。

 人を助けようが助からなかろうが、この混沌とした状況を打破したいのは一緒のようだ。真弓は札を手に、刀印とういんを切り始めた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る