25 立場が異なる二人
日が昇る前の4時頃のこと。
真弓が来ると、啄木は場所を変えて諸々と話したいようだ。
真っ暗な道を街灯頼りに二人は歩いていく。狭い道を通り、道路の横断歩道を渡る。信号がないが、夜明け前であるからか車は少ない。
気まずい雰囲気が漂い、二人の間には沈黙が続く。
橋を渡り、再び横断歩道を渡る。
啄木は柵の上に手をおいて、公園にある大きな時計を見る。真弓は気づいて時計を見た。
花時計。この時代では世界一大きな花時計と言われている。観光の際に何度か通り過ぎているが、ゆっくりと見るのは始めてだ。秒針と分針が動いている様子を見て、啄木は口を動かす。
「あれ、ギネスに乗るほど大きいらしいけど、いつかの時代世界のどこかで大きな花時計を作られるだろうな」
何気なく話しているが、真弓は彼を呼ぶ。
「……啄木さん」
呼ばれて振り返る彼は切なげに笑っていた。
「時間が過ぎゆくは早いんだ。真弓。俺が生まれてから四百年以上だ。時間は本当に目まぐるしい」
「……啄木さん。……貴方は……本当にあの……神獣さん?」
恐る恐る聞く真弓に、啄木は黙って頷く。あの場でバレた以上、誤魔化しのしようもないだろう。肯定されて彼女は衝撃を受けながらも口を開いた。
「本当に……? 本当なら……なんで、黙っていたの?」
真弓はまだ受け止めきれない。仕方なさそうにため息を吐き、啄木は言霊を使用する。
「
一つの言霊で啄木を中心として、周囲の波紋が広がっていった。人を除けの結界。普通の人ならば、この人避けの結界から離れていく。真弓が驚くと、啄木は口仮面をはめて目の前で変化をしてみせた。
唐突の変化に少女は言葉を失い、啄木は淡々とした瞳で見つめる。
「真弓。これは現実だ。周囲を見ろ。人が少ないとはいえ、周囲の人間は俺に目をくれない」
嘘でないことを示すために、変化をして術を使ったのだ。
啄木の言葉通り、ジョギングや仕事に行く人物は目をくれることはない。公園を通ろうとする人物もいない。『海原百鬼夜行』の際に聞いていた現象とそのままである。また啄木が助けようとしたときのタイミングや彼の持つ札の力。諸々の都合の良い場面が、啄木がいたからだ。
困惑している彼女に容赦なく啄木は教える。
「何で黙っていたから、答えてやる。見ての通りさ。俺たちの知られてはいけない地獄の使者」
彼は丁寧にお辞儀をし、自己紹介をした。
「この立場では、初めまして。三善真弓さん。我らはあの世、または地獄、冥府、黄泉にある組織。国家公認裏組織所属。輪廻を保つもの『桜花』。その組織に仕える半妖の一人佐久山啄木です。よろしくおねがいします」
身の上を打ち明けられ、丁寧に対応された。
黙っていただけで、真実はいってはないが嘘もいっていない。今まで見てきた啄木が別人に見え真弓は
「……えっ……じ……ごく……? 地獄って……えっ、貴方は……妖怪でもない……人でもない……。半……妖……!?」
妖怪のいる世界で半妖という存在は遭遇したことある。しかし、現実世界で生きているものは少ないと聞く。
顔を上げて、啄木は目で笑う。嘲笑うかのようにも見え、真弓は人でないように見える。
「そっ、俺は半妖だ。俺は
敵と聞き、彼女ははっとして啄木の顔を見る。啄木の表情は目は淡々としているが、口ではどんな形をしているのかは仮面で隠れてわからない。状況が飲み込めつつあり、真弓は黙って首を何度も横に降る。
味方であるはずの啄木が敵となるのは、真弓はとても嫌であった。
「敵対って……そんな。私は啄木さんと敵対したくないよ……!」
「そうか。なら、本題に移ろう」
冷淡に言われ、啄木は手から打刀ほどの鞘に収めた刀を出す。真弓に向かって投げ、彼女はぶつからぬように受け取る。刀を渡された意味がわからず、啄木に目を向けた途端だ。
彼は何もない場所から鞘に収めた太刀を出し握り、突き出して見せる。
「真弓。これから俺は組織の半妖として問う。
組織に関する記憶を消されるか。否か。その他の答えを出してもいい。──だが、返答次第では俺はここで真弓を殺す。敵対する意志を示すならば、刀を抜け」
啄木の話を聞き、刀を抱きしめて泣きそうな顔で息を呑む。
刀を渡したのは、敵対する覚悟を示せるかどうか。だが、真弓は啄木と敵対したくない。何と答えれば、正解なのか。状況の把握が遅れて、真弓はわからなくなりそうだった。絶望と裏切られたという疑問が彼女の気持ちが溢れそうになる。
震えながら彼女は啄木を見る。
「私を……殺すの……?」
「返答次第だ」
「じゃあ、もし……お兄ちゃんたちを裏切れないって言ったら……?」
「それも、自分次第だ。どうするか、考えろ」
兄達に告げ口をすれば殺されると気付き、真弓は震えた。記憶を消されるのは何処までなのかわからない。
どうしようかと悩む前に彼女ははっとする。イエス・ノーの返答ではなく、自由返答なのだ。真弓は暗い表情から驚きに変わっていき、啄木に問う。
「……啄木さん。それは、どんな答えでもいいの……?」
弾んだ声と彼女の表情に、啄木は変わらずに冷静に答える。
「返答次第では、だ。是非は問うてない。答えの内容までは制限していない」
「……じゃあ、私が……啄木さん達に協力する道もあるんだね!?」
協力という選択に辿り着いた彼女に、啄木は目を丸くしていた。彼はゆっくりと刀を下ろす。
「……何故、その選択肢が出てきた」
聞かれ、真弓は深呼吸をして心身を落ち着かせた。現状と啄木の今までの行動を元に答えを出す。
「敵対したって意味がない。……本当に敵だったら今までの私達に利益を与えるはずないし、助けたりしないはず。利用する気だとしても、貴方は絶対に私達を無下に扱わない」
話しながら、真弓は考えをまとめる。
啄木は陰陽師からすると強すぎるのだ。相手をしようにも、多くの人間ほどで対応しなくてはならないほどに。
本当の敵ならば、陰陽師に利益を与えたり、守ったりはしないはずだ。敵の立場になるほど、塩を送る行為は不利益である。啄木は中立であり、禁止事項さえ破らなければ敵ではない。
啄木と一緒にいたい気持ちが強くなる度、彼女なりに考えが口から出てくる。
「啄木さんは、陰陽師の味方じゃないけど敵でもない。でも、私個人の敵じゃない。そうだよね? 本当に敵だったら私を守ろうとしない!」
選択肢が出てきた理由を明確に言語化した。啄木はしばらく黙ると、太刀を消す。真弓の腕の中にある刀も消え、啄木は口の仮面を外す。
彼は苦笑を浮かべていた。
「そこまで明確にされちゃあ、試した意味がなかったな」
啄木は変化を解き、元の姿に戻る。
彼女は試されていたとは思わなかった。だが、正答に辿り着いたのだと真弓は感じて、彼女は表情を明るくさせていく。啄木は頭を掻いて、謝罪をする。
「きつい当たりをして申し訳なかった。正体がバレた以上、今立っている俺たちの立場をはっきりとさせたかったんだ。けど、貴女の考えを聞いて意味なかったよ」
仕方なさそうに話し、真弓は興奮しながら話す。
「っ啄木さん。じゃあ、私は啄木さんのお仕事のお手伝いしてもいいんだね!?」
ぐいっと近づいてくる真弓に、啄木は呆れてデコピンをした。
「いたっ!」
「ばかもんが。俺たちの協力をしたいなら、夏休みの勉強を一人でもこなせるようになれ!」
「えっ、そ、そんなぁ。啄木さん。かんにんして……!」
「葛と重光に迷惑かける時点でお察しなんだよ。おーちゃくもん!」
叱られて落ち込む真弓に、啄木は片手で顔を押さえた。いつものやり取りに戻った気がし、真弓は顔をあげた。啄木は仕方なさそうに笑っており、手を差し伸べる。
「協力者にはなれるけど、規則がある。ちゃんと話は聞くようにな」
彼がどんな人物かはわかった。だが、彼女はまだ一つだけ聞きたいことがある。それを聞くために真弓はその手を取った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます