26 ep ある医者と夏椿また白椿の少女との新たな出発

 結界を解いて、花時計の前で啄木は真弓に組織の説明と規則について話す。


 協力者に関する規則

 一 協力者となった者には裏組織を明かさないと約束させる

 二 協力者となった者は全力で護衛に尽くす

 三 情を持ってはならない

 四 全てが終わった後 協力者の記憶は抹消する

 以上これをもって 任務に望む


 規則を聞いた瞬間に真弓は。


「嫌だ。仲間がいい。お兄ちゃんたちにも話さなければ問題ないし、啄木さんの人を倒した件は仕事のため、多少は目は潰れるもの。だから、仲間がいい」


 と言い始め、啄木は困った。彼は真弓の組織加入は反対である。普通の人として生きてほしい。陰陽師であってほしくないのが啄木の本音だが、一応妥協している。

 我儘を言う真弓に、啄木は説得をする。


「規則の一部は破ってるけど、協力者であることは真弓の身を護るためでもあるんだ。組織に関する記憶を消すだけで、俺を忘れるわけじゃない」

「けど、啄木さんとの時間は忘れたくない。忘れちゃうなんて悲しいよ」


 忘れたくないと言われたのは嬉しいが、彼はポーカーフェイスを保つ。先程のやり取りで、啄木は真弓に冷徹であろうと演技をしていたのだ。ニヤケを抑えつつ、啄木は宥める。


「貴女が危険なく過ごすためにも必要なことなんだ。真弓、だめか……?」

「危険なんて陰陽師をやってる時点で隣合わせ!」


 最もな指摘に啄木は言えなくなる。彼自身が実感している故に何も言えない。どうしようかとあぐねていると、真弓から質問が来る。


「啄木さん。まゆみさんっていう人は貴方の想い人?」


 その質問が来るとは思っても見なかったようだ。彼女の口からその名を聞き、啄木は目を丸くした。


「……どこで、その名前を知った」

「フェリーの中で、啄木さんがうなされているとき」


 同名とはいえ今の真弓が知るわけなく、知った状況に啄木は頭を抱えた。身に覚えがありすぎてか、彼は項垂れた。


「……あのときか……納得した……もの凄く納得した」

「……ええっと、勝手に聞いてごめんなさい。その『まゆみさん』。私と似てる名前だけど……どういう人なのか、おしえてくれる?」


 真弓は不安げで聞きたげな顔だ。今までも気にしている素振りは見せていたが、フェリーで顕著けんちょになっていた。正体と身の上がバレた以上、黙っていても意味はない。啄木は言いにくそうに話す。


「……木霊、だよ。夏椿の木霊。その人の名前が『まゆみ』という名前だったんだ。その人は俺が片想いしてた妖怪で、人が好きな木霊だった」


 話を聞き、呆然としている彼女に啄木は頭を掻く。


「……アニメや漫画の話の中でよくあるだろう。生まれ変わり。それだ」

「えっ、じゃあ、私は……」


 その人の生まれ変わりと言う前に啄木が遮る。


「いいや、生まれ変わりというよりも、『生まれ変わらせられた』だ。普通の人として生きるはずが、陰陽師の変生の法で陰陽師として生きてる。それがこうして話している真弓だ」


 言い切り、真弓は何も言えなくなる。

 胎児に妖怪の魂を定着させて、妖怪の力を持った陰陽師を誕生させることが穏健派の目的だ。しかし、その計画はほぼ失敗だ。妖怪の力を戻れたとしても前世を思い出す可能性がある。暴走する可能性を考え、穏健派は胎児に妖怪の魂を定着させてるのは中止となった。

 確定であるかといえば、啄木自身役職で断定できる。紛れもないあの人の生まれ変わりであると。

 口をパクパクさせている彼女に、啄木は仕方なさそうに笑った。


「けど、真弓が陰陽師のもとで生まれなかったら会わなかったかもしれない。腑に落ちないが、文句は言わない。容姿はともかく同名で生まれるとは思わなかったけど……真弓はあの人じゃない。前と今の自分が同じとは限らない。前の自分と言われて、ピンとこない人間が多い。

……いや、まったくの別人だ。そうだろう?」

「うん。今の私が私だよ。まゆみさんていう私は知らないもん」


 真弓は同意をして頷く。

 啄木は彼女を前世の『まゆみさん』ではないと理解している。似ている箇所受け継がれているもの、今の彼女の『三善真弓』だと交流して来てわかったのだ。

 啄木の目的は、その真弓を人として生きさせる。故に医者となり、病や怪我を人の治療できる範囲で治すと目的の再確認をした。

 一本の白椿の前で優しく微笑む彼女を彼は思い出す。

 啄木はバッグから白椿の髪飾りを出した。真弓もその形見を見る。彼は形見を見ながら、切なげに話す。


「あの人は人が好きで、俺とは違う別の人が好きだった。あの人は、人になって生まれ変わった愛する人に会いたかった」


 絶対に叶わない理由を話す。またあの人にとっても叶わない願いであると、啄木は知っている。今のあの人でもある真弓の好きになる人が、あの人まゆみの好きになる人とは限らないと。

 啄木は彼女と顔を合わせた。


「俺は、真弓に会ったときから昨日まで迷ってたんだ。『貴女』をどう守ろうか。今の『貴女』をどうやって見ればいいのか。けど、結論なんて簡単だった。俺は俺の目的を果たせばいいんだって気付いたんだ。……──真弓、手を出してくれ」


 彼女は不思議そうに両手を出すと、啄木は白椿の髪飾りを渡して何かをつぶやく。髪飾りは一瞬だけ光り、手を離す。真弓は手渡された髪飾りを不思議そうに見つめる。


「……これは?」

「お礼したときに貰ったあの人の形見。押し付けになるけど、お守りなるように加護つけておいた。家においておけば、守りや多少の浄化にはなる。真弓にやるよ」

「……えっ!?」


 形見をあげると聞き、驚かない人物はいない。啄木も形見はやるはずがなく、後身である彼女に渡す自体重いと彼は理解している。だが、渡して真弓に持つことに意味がある。

 少しずつ空の色がだいだいから黄色、白へと変わる。空が薄いピンク色になりつつある。夜が明けてきたのだ。

 夜明けの空に啄木は目を細めて、理由を話す。


「渡したのは、俺自身の決意表明で、俺が何をすべきかの指針でもある」

「……啄木さんの決意と指針?」


 不思議そうに聞く彼女に口を開いた。


「もし、怪我や病になったら人の治せる範囲内で俺に治療させてほしい。

俺は真弓の障害を、降り掛かる魔を生きている間に祓いたい。

だから、お願い。人として生きて幸せになって。

真弓は真弓の好きな人と生きて、日々を過ごして、天寿をまっとうしてほしい」


 啄木は頭を下げる。


「ごめんな。真弓を通してあの人を見ていたことを謝る。

……ありがとう。俺は『貴女』に会えて本当に良かった」


 夜明けの光が啄木と真弓を照らし、土肥の海岸と公園。建物や木々を照らしていく。感謝しと謝罪をしたあと、彼はかつてのまゆみの笑顔を思い浮かべた。

 顔を上げる。

 白椿のような愛らしさがある少女に優しくはにかんで、手を差し出す。


「──そして、これからは『お前』の友人としてよろしくな。真弓」


 二人称をあえて変える。それは、彼が彼女を想い人まゆみでもなく、真弓・・として見る宣言でもあった。真弓本人も理解したのか、瞠目していた。

 彼女は一瞬の間黙って何かを考えている。やがて真弓はゆっくり微笑みを作って彼の手を握った。


「うん。よろしくね。啄木さん」


 友好の握手をした後、全ての日の光が空を照らした。

 海辺も光に反射し、水面は太陽の光が映し出される。朝日の顔出す瞬間と照らされた二人の様子は、また新たな出立のように思えた。

 しばらくしたのち、二人は手を放す。啄木は背伸びをし、吹っ切れたように笑う。


「もう、日が出てきたか。大分話し込んだみたいだな。まあ、協力者云々の話は仲間と合流してからにして……旅館に戻って贅沢に朝風呂と行こうか!」


 にこやかに笑って啄木は声をかけた。真弓は黙ったままゆっくりとうなずく。頷いたのを見たあと啄木は背を向けて、公園の出口に足を向けた。






 啄木は気付いていない。彼女は握手した手と背を向けた彼を見て、顔を赤く染めていることに。

 告げられた感謝と思いは間違いなく、真弓に向けられたもの。優しさの目線も、真弓を通して『彼女』を見たものではない。まっすぐと今の真弓に向けられた目だ。

 啄木が向けたものは恋慕れんぼではないとわかっている。それでも、真弓の胸の高鳴りは止まらなかった。

 彼女は手にしている白椿の髪飾りを手で包んで涙目になる。


「……ずるいなぁ。前の私は……」


 背を向けて歩く彼の背を見つめ、彼女は呟く。

 あんなに大切に言われて、嬉しそうに言われて、好きにならない人はいない。言いたくなるが口を閉じた。呼ばれるまで、真弓は啄木の背を見続ける。この時に、この日から彼女は芽生えた気持ちを自覚した。

 三善真弓は、佐久山啄木に恋をした。






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補足解説

少しだけ解説を。

啄木は『ありのままの真弓』を守るということを彼女を助けたあとに決めました。

啄木は真弓からかつての片思いだった人の影を持っていた。でも、それは今までの行動、葛や重光という家族や友好関係を見てきて彼の中で変わった。切なげに街を見守る彼女ではない。あの人を思う彼女ではない。

人の中で笑う彼女。啄木の想っている彼女ではないと、ちゃんと踏ん切りをつけました。

そして、生まれ変わった彼女を守るという意味合いで、一線を引いて友人という関係を持ち込んだのです。その方が裏組織に所属している自分に深く関わらない。明言をしてあからさまに一線を引いた。例え、啄木が真弓が自分に向けて恋心を抱いていると知っていても。

彼なりの愛し方、守り方と言えるかもしれません。

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