10 その後

 その日の夜。安倍川あべかわの川の中で風呂敷を抱えた八一がそこにいた。背後に人の気配を感じ、八一は声をかける。


「早速おめかしか? 早いな、直文」


 振り返ると後ろには直文がいた。着物と下駄げたをはいた首に布を巻いている。彼は自身の姿を見て、懐かしそうに目を細めた。


「ああ、久々ひさびさに着物を着るよ。……それにこの時代の俺は別任務が終わったあとで駿府にいないしね」

「……ふーん、なるほど。じゃあ、あの子を大切にしているのはそういうことで解釈して良いんだな? 直文サン」


 彼のからかいを含んだ指摘に直文は「好きに解釈しなよ」とおだやかに返答した。返答をしおえたあと、八一は川に向き直り風呂敷の包みを広げていく。そこには多くの灰が入っており、直文は近付いて声をかけた。


「八一。それは?」

「お前がここに来る前にたおした狐の遺灰。ここで死んだ狐せめての手向けだな」


 彼らには経緯の中で瑠樹と那岐の話をしてある。八一が手にしていたのは那岐の遺灰だ。短い間ではあるが、彼は二人のやり手りと見て仲が良いと見抜いていた。また瑠樹の那岐への思いやりは無下したくないと、狐の半妖は彼らに手向ける。八一はしゃがんで風呂敷にある灰を川の中へと流す。二人は遺灰が川に流れていくのを見つめた。彼らは黙祷もくとうを捧げて、八一は風呂敷を畳みながら立ち上がる。

 直文は気になっていたことをたずねた。


「八一。いつから、田中ちゃんと仲良くなったんだ。協力者にしては親密のようだが」

「はっはっはっ、いやぁ、最初は協力者の扱いだったさ」

「……じゃあ、今は?」

「奈央が欲しくなった」


 直文による暴露の衝撃にも負けぬ爆弾発言。八一の発言を耳にいれて、彼は表情をひきつらせる。発言した当の本人は、謀略をくわだてる悪い狐そのものであった。


「いやはや、彼女が悪いんだぞ?

最初は一線を引いていたのに、向こうが踏み越えてきたんだ。会いたいと願う約束。私に向ける気持ち。しかも、両思いであることがばれても記憶を消されても会いたいとさ。懸命な目を見れば、落ちるものさ。だが、もっとも驚いたのは、私の好みはどうやらお嬢さんそのものらしい。確かに綺麗きれいな女の人は飽きているところではあったが……ふふふっ」


 悪い顔をして直文に告げる。


「だから、私の邪魔をするなよ? 直文。未来でもあの子を手にいれようと私は思っているのだ」

「……だが、八一。お前は」


 暗くなる彼の顔を見つめて、何かしら八一は腑に落ちたのか頷いた。


「ははっ、なるほど。だから、配慮の欠いた発言したのか。──直文。お前の本当の任務を聞かせてもらおうか」


 聞かれて、直文は悲しそうに目線をそらす。彼は話し合いをする際に、直文のわずかな変化を見逃さなかった。その変化の理由をここでぶつける。


「直文。有里さんは未来にお嬢さんを連れて帰すといったが、お前に与えられた任務はそれだけじゃないだろ? 未来に影響は与えはしないが、変化させてはならない事がある。大したことはないなら、ここにいる時代の半妖に任せても問題はない。だが、問題があるからお前に命令が与えられた。そうだろ?」


 飄々ひょうひょうと笑う彼に、直文は溜め息を吐く。


「……本当、天才は嫌になるな」

「ありがとう。だが、お前も天才だぞ。直文」

「……馬鹿かっ。褒めてないっ! その様子だと俺がここにいる本当の理由も見抜いているだろ!」


 直文は苛立ちを見せて大声で言い放つ。八一は大きく目を丸くしてうれしそうに微笑む。


「っはっは……、本当に表情豊かになってるな。私はうれしいよ」


 直文はこぶしにぎり、八一は空を見る。


「なるほど。本当、あの子の立場が協力者でよかったよ。……この真実はお嬢さんには伝えるなよ」

「伝えるわけ無いだろ。これは──」


 その言葉を放つ。八一は淡々とした表情であり、直文は渋い顔をしていた。見つからぬよう隠れていた白狐はぴくっと体を振るわせる。八一と直文が見たのに気付いて、白い狐は慌てて去っていった。


「……おい、八一。今のは」

「直文。追わなくていい。もう一度言うが、あの人は敵じゃない。翌朝に私がよく言っておくよ」






🦊 🦊 🦊


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