8 一連の状況まとめ3

 推測を聞き、澄は疑問を呈する。


「けど、誰がわかったとしても、どうやって『大嶽丸』をこの現世に復活させたんだい? 呼び寄せるとしても反魂の術とか必要だと思うけど」


 疑問に資料を指し示して茂吉は話す。


「多分、顕明連が引き寄せたと思うよ。顕明連には蘇りの痕跡がある。それを利用すれば蘇り、召喚と可能だと思う。それと、宇治の宝蔵に仕舞われている『大嶽丸』の首を合わせると、確実に呼び寄せる触媒にはなる。歴史あって力ある陰陽師から宇治の宝蔵に行けるだろうけど……」


 言葉切れを悪くし、茂吉は難しそうに考える。

 宇治の宝蔵。現実ではない架空の経蔵。所謂宝物庫である。中世の日本昔話や御伽噺で出てくるもの。日本三大妖怪の亡骸があるというが、どこまでが真かは不明。しかし、退魔師界隈では存在を認識しており、黄泉比良坂の境界の世界にある。

 管理は今でも藤氏長者。即ち藤原氏の血筋が管理しているのだ。また組織の『桜花』もかかわっており、藤原の血筋から組織の半妖がいる。その半妖が鍵を手にし、中の書物や亡骸を管理している。利用されないために、彼らが管理をしているのだ。


 宇治の宝蔵の名称を上げた茂吉は悩ましげに資料を見る。


「……宇治の宝蔵で首を持ち込まれた記録なんて見てないし。しかも、三明の剣なんて、三つの黒金となって別の刀に変化したとも言われているし……」

「だが、茂吉。陰陽師の世界で三明の剣が流失しているなんて聞いたことないぞ」


 資料を手にして見つめ、八一は話し出す。


「そもそも、ここ最近、三明の剣が動いたという記録にはなかった。三明の剣の所持者の記録なんて鎌倉時代から止まってる。特に、顕明連なんかそうだ。小りんに受け継がれてからの所在は不明。どっかの蔵でしまわれているのだと思うけど……」


 御伽噺の中では三明の剣は黒鉄となり三つの刀に変化したとも言われている。あったときでも倉庫の奥で仕舞われている可能性もあるだろう。話を聞いていた依乃は考えて、質問をした。


「なら、陰陽師の方で受け継がれていたとかありえますか……?」


 花火の少女の質問に疑問が解消されたのか、半妖たちが顔を見合わせる。由緒正しい家系でも時代とともに家系の血筋も廃れていく。細々と繋げるため、もしくは取り扱いづらくなった為に陰陽師のような存在に譲った可能性もある。

 直文は真剣な顔で頷く。


「なるほど、何処かで譲り受けたのであれば、顕明連を所持している理由もわかる」

「確かに、顕明連は一般の人が持つには過ぎた物だし手に負えない。陰陽師たちにとっては国宝レベルで貴重だしほしかっただろうね」


 茂吉は納得していると、一葉は手を叩いて全員の顔を向かせる。


「疑問はまとまっただろう? 話し合った疑問を聞きながらまとめさせてもらった。今生まれた新たな疑問を交えて見てもらおう。今のところ、大きな疑問は三つだな」


 一葉は微笑みながら、リモコンを操作してスクリーンの画像を切り替える。

 一つ目の疑問。『大嶽丸』である人物とその目的。

 二つ目の疑問。顕明連の保管場所。

 三つ目の疑問。『悪路王』はどうやって蘇ったのか。

 スライドを操作して、レーザーポインターで一つ目の疑問を一葉は指し示した。


「ここの疑問について、誰なのか有力な人物はもう名は上がっている。だが、確定したわけではないことを頭に入れてほしい。目的についても不明だ。

次の顕明連の保管場所だが、陰陽師側が所持しているとわかっただけで場所までは不明。

そして、東国の鬼と言われる『悪路王』は『変生の法』で蘇ったとわかる。『変生の法』を持ってしても、あれはいわゆるガチャ要素が強いからな。故に、その復活の詳細が不明だ。……本当不明ばかりでわからないな」


 ポインターを下げて、難しそうに見る。奈央は話を聞いて、複雑そうな顔をする。


「……『変生の法』って聞くだけで凄いのに、ガチャ要素って聞くと何だか凄みが減るね……」


 向日葵少女のツッコミに隣りにいる八一は苦笑をした。

 上げられた四つの問題と三つの疑問。厄介な問題に全員は難しそうな顔をした。まず目的が明確に分からない以上、下手に動けない。

 依乃が狙われているのはわかる。だとしても、彼女を利用する目的がわからないのだ。『変生の法』は確実に使うだろう。零落した神を入れる為に民間人に被害を出しているならば、もはや穏健派という名は偽りである。ならば、『変生の法』で何を復活させるのか。

 多くの疑問が出てきてしまうのだ。

 しばらく黙っていると、扉が開く。そこに入ってきたのは、目を開けて瞠目する安吾の姿であった。


「おや、啄木に言われて来てみれば先輩含めた皆さまが何やらお困り顔……。どうしました?」


 先輩の一葉が気付き、声をかける。


「安吾か。ここに来たということは、なにかあるのか?」

「ええ、一応。土御門春章についてわかったことを報告しに来たのです」


 土御門春章について。協会のトップの名前が出て、全員は表情を真面目にする。相方から土御門春章について探るように言われたのだ。一葉は安吾を見据え、冷静に話す。


「悪い、そのまま話してほしい。詳細を教えてくれ」

「ええ、わかりました」


 頷き、安吾は話し出す。


「まず──土御門春章から非常に陰の気を持つ強い妖怪の力を感じました。その陰の気は『穏健派』の陰陽師からも僅かに感じたもの。それは、三善真弓さんからも感じました。そして五鬼の先生方から確認をしたところ──」


 話の途中で直文は珍しく顔を片手で押さえた。深いため息を吐き、余裕なく唇を動かす。


「……安吾の瘴気の探りは間違いない。……茂吉。お前の言うとおりだよ。思ったより早くわかったのは良かったかどうかはわからないけどな」


 嫌な予想は当たるもの。言われた茂吉は笑みを消し、眉間にシワをつくる。八一は腕と両足を組み、舌打ちをした。安吾の口から言葉が放たれる。


「やはり、『大嶽丸』が復活している可能性が高いです」


 まだ話し合いゆえに、内容はまとまってはないが一つだけわかる真実はある。『大嶽丸』は陰陽師の人間として復活した。




 真弓を追っている最中だ。啄木は安吾と出会い、仲間のいる部屋を教えて向かうように行った。

 彼女がどこに向かおうとしているのか。首を回して探すが、庭の外に気になりものがあり顔を向ける。

 近くにある噴水のベンチ近くで誰かが座っていた。座っているのは真弓であり、顔を俯かせている。啄木は窓を開けて、窓辺を蹴って中に身をだす。落下はするが、何事もなく着地して真弓の元に向けて足を向けた。

 草や砂利を踏む音、足音で気付いたのだろう。顔を上げて、ボロボロと泣いている姿を露わにした。啄木を見て、彼女は名前を呼ぶ。


「啄木さん……」


 泣いている姿に啄木は一瞬だけ苦しげな顔をして声をかける。


「真弓。隣、座っていいか?」


 黙って頷き、啄木はゆっくりと座る。

 自分の中に悪いものがあると言われるのはつらい。啄木は職場で何度も病気を診断し、患者に告げたことはある。その時の不安と悲しみが混じったよく見ている。本来ならば身内や親類に言うべき案件であるが、裏組織で関わりがある事柄であり口には出せない。規則にも、有事の際組織のついて話してはならない項目もある。

 兄たちに打ち明けられないとしても、不安は溜め込むものでもない。啄木は彼女の背中を優しく撫でた。


「悪い。あんな場所でお前の体の中にあることを話して悪かった」


 医療の場で告げるべきだったと、今更後悔し啄木は謝罪をする。真弓は首を横に振り、潤んだ声で話す。


「そんなこと、ないよ。私が、抱えている……もので……皆に……迷惑をかけるなら……話した方が、いいよ」


 途切れ途切れに話し、啄木は笑みを作る。


「優しいな。……うん、真弓の言っていることは正しい判断かもしれない。でも、感情が追いついてない。頭でわかっても、気持ちで理解するのは時間がかかる。無理しないでくれ」


 潰れる真弓など、啄木は見たくない。春の日差しのような声色にし、背中を優しく軽く叩きながら話す。


「ごめんな、組織の規則のせいで打ち明けたい人に打ち明けられなくて。でも、悩みと不安のはけ口ぐらいになれる。

……俺はこう見えても医者だ。真弓の悪いもの、治すって決めているんだ。大丈夫、お前の中のその良くないもの。俺が治す方法を見つける。絶対に見つけてやる」


 力強く宣言し、真弓は目を丸くしていく。啄木が出来るのは、目的を果たす。真弓の治療させて人として生きながらえさせることだ。安心しろと啄木は言おうとする前に、真弓がくしゃりと表情を歪めて彼の胸に飛び込んだ。「大丈夫」と言われてうれしく安心できたのだろう。

 嗚咽を噛み締めずありのままに泣く彼女を、啄木は何も言わず背中を優しく背中を撫で続けた。

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