7 一連の状況まとめ2

 黄泉がえり。反魂の術など。死から蘇るのはいつくかの神話を見ても容易ではない。直文の回答に正解と告げた一葉は笑みを消し、真面目な顔で全員を見る。


「そう、陰陽師の協会の人間が『変生の法』を使えるのは顕明連のおかげだ。顕明連にある痕跡を元に様々なものから発想を得て術を作るとは見事なものといえよう。『復権派』はすぐに死んだ人間の体に怪異や妖怪の魂を入れていた。『穏健派』は胎児の状態でいれた。妖怪の力を持つ人間を期待したのだろう。残念ながら陰陽が整えられて、普通に強い霊力人間が生まれただけ。……だが、強い陰の気を何らかの方法で与えれば前世帰りする。だが、『顕明連』所持にはいくつかの問題と疑問がある」


 一葉は真弓に顔を向け、問う。


「三善さんは神刀が身近あることは知っていたか?」

「……いえ、まったく……知りませんでした……」


 あまりの真実のデカさに真弓は呆然として答えた。国宝や遺産とも言えるものが、身近にあったとは衝撃を受けるのも当然。一葉は更に質問を続ける。


「この件は、三善葛さん、土御門重光さんは知っているかな?」

「いえ、まったく知らないと思います。……そもそも……兄と重光さんは私のように『変生の法』を受けているわけではないので……」


 答えた彼女に隣で話を聞いていた啄木は指摘をする。


「恐らく、葛と重光。あと、『変生の法』を受けている多くの陰陽師も、普通の陰陽師も復権派の方も知らないはずです。知っていたら、真っ先にその顕明連を狙う。争いもかなり根深く、血みどろになっていたはずです。『まがりかどさん』を誕生させることや、八一の話した『だょたぉ』の失敗……二度手間することなんてなかった。

このことは、恐らく協会の上層部の一部しか知らない。……知っていたとしても、復権派の上層部の一人といえる幸徳井治重かでいはるしげは死んでますし、その重鎮はほぼ直文の呪いで没してます。知っていたら復権派ももう少し動いているはずですし、被害も多く出ていたかと思います」


 啄木の指摘に一葉は腕を組み、ため息をつく。


「……まったく、まさか直文のやり過ぎがこんな形で役に立つとはな」


 呆れて言われ直文は苦笑いをした。真弓は口をあんぐりさせて復権派を追い込んだ張本人を見る。陰陽師側からすれば、驚くのも無理もない話だ。切り替え、一葉は真剣に語る。


「だが、まだわからないことも多い。だからこそ、ここで問題と疑問を提示させてもらう」


 リモコンを操作し、スクリーンには問題が映し出される。一葉はレザーポインターで、文を指し示していく。


「まず。一つ目、陰陽師たちが顕明連の力を利用するか否か。今は使わないとしても、これに関しては今後の問題として上げていい。

二つ目。『変生の法』を受けた陰陽師たちについてだ。三善真弓さんの検診の結果で非常にまずいことがわかった。それはこの問題提議をしたあとに話す。

三つ目。顕明連の所持者について。あれは本来所蔵されるべき場所にあるものだ。……これは一つめの問題とともに、後に話しあう。

そして、四つ目は『悪路王』について、だ。我々は今の『悪路王』について考えてなければならない」


 一葉は「さて」と、レザーポインターの起動を止め、教壇の上に置く。彼は真弓を見つめ、その問題を話し出す。


「三善さんの問題は今回の件に関わる。心して聞いてほしい。変生の法を受けた君の中に良くないものがある。それは周囲にも貴方自身にも影響を及ぼしかねない呪いのようなものだ」

「えっ」


 真弓は言葉を零し、一葉は話を続ける。


「田中奈央さんと有里依乃さんが出会した『死因:入園』の事件と似ている。

あれは内部からの介入により、二人は怪異の危険にさらされた。そして、君も刻まれているものは術者が操作できるもの。君自身が呪具や爆弾となるおそれがある」


 話を聞き、奈央は顔色を悪くする。


「まって……それって私の時と同じような状況だけど……真弓ちゃんのほうが最悪なパターンってことだよね……!?」


 かつて『死因:入園』に出くわし、奈央は夢の怪異を通して呪いをかけられたことがある。

 涙目になる奈央の隣席の八一はありえないという顔をしていた。


「まじか。とんでもない行いじゃないか……禁忌スレスレで笑えないぞ」


 二人の反応に共感し、依乃は息を呑み直文は難しそうな顔をする。澄はなんとも言えない顔をし、茂吉は真顔で考えるように黙る。啄木は頭を掻いて、悔しげに腕と足を組む。


「ああ、そうだ。すごく笑えない。悔しいよ。真弓に仕組まれている術は本当に厄介だ」


 更に、一葉は言いにくそうに話す。


「体だけでなく……魂に直結させているような仕組みだ。無理に術を解こうとすると魂にも影響がある。がん細胞のように仕組まれてるのだ。これ取り除くのも解析するのも多分時間がかかる。……恐らく、その術を仕込んだ者が近くにいれば君はまずい。

故に、協力者ではあるが保護という名目で我々の管轄下に置くこととなる。……三善さん。大丈夫かな?」


 聞かれて、真弓は一葉に頷くことも返事をすることもできない。彼女の表情は恐怖と不安の色で満たされている。医師から重い病気を診断される。余命を申告されるのと同じ重さだ。彼女は勢いよく立ち上がって席から駆け足で離れていく。

 啄木は目を丸くし、勢いよく立ち上がった。


「真弓っ!」


 自分の体に悪いものが仕組まれていると聞いて、感情が高ぶるのは仕方はない。部屋の扉を強く開けて、真弓は出ていく。啄木は席から離れて、全員に声をかける。


「……っ悪い、俺は彼女を追う。直文達は話を聞いていてくれ!」

「……わかった。後で、内容を伝えておく」


 直文の言葉には啄木は感謝を言い、真弓の後を追っていく。二人が部屋からいなくなると、一葉は残った全員に目を向ける。


「……彼女には申し訳ないが、この話を続ける。三善さんの中に仕組まれていたものは、穏健派の『変生の法』を受けて生まれた陰陽師にも仕組まれていると見ていい。つまり、『変生の法』の中にこの厄介な仕組みがある。そして、その仕組みを知り、扱えるものはただ一人だけ。この問題から顕明連の所持者の話にもつながる」


 一葉の言葉に続いて、茂吉が口を滑らせた。


「恐らくそれは陰陽師協会のトップ土御門春章ですよね。啄木が話してましたよ。妙な力が三善さんに向かっていったと。……話から推察するに、顕明連を所持しているのはそのトップの可能性が高い」


 澄は考え、訝しげに告げる。


「……『変生の法』を受けているのはわかるけど……その顕明連をもつ協会のトップとは何者……」


 紫陽花の少女の言葉に、直文は一筋の汗を流す。


「……ここまでの話を総括し、その中にあるワードが並んで、思い当たる事は一つ。だが確信はない。……前例があるといえど、むしろ考えたくない予想だ」


 直文に茂吉は余裕なく笑って両手でおどけた反応をみせる。


「はっはっ、直文。教えてやるよ。そんな嫌なことほど予想はかなり当たるもんだぜ」

「……お前も同じことを考えていたのか、茂吉」

「……まあ、ここまで来るとね。善子先生と義仁先生のリアクションでほぼ……ね」


 両手を強く握るとともに茂吉の表情に渋みが増す。直文も苦虫を噛み潰したような顔をしたペットボトルの蓋を開けた。一口だけ口にし、飲み終えるが彼の表情は変わらない。今まで話を聞き、依乃はまさかと考え息を呑む。奈央は不思議そうに首を回し、八一に目を向ける。


「あの、八一さん。皆が考えている、嫌なことって?」

「夜久無の時と同じだってこと。あの、『大嶽丸』が前世帰りをしている可能性さ」


 言われ、奈央は「えっ」と声を上げおどろいた。凄く強いという認識だけであるが、彼らの表情が曇るほどに厄介だとは思わなかった。依乃も彼らの反応に驚き、直文に聞く。


「……どれほど、『大嶽丸』とは厄介なのですか? 直文さん」

「……俺がすべての力を持ってでないと倒せない相手だ。非常に強い鬼神であり妖怪だ」


 耳に入れ、依乃と奈央は驚く。だが、嘘ではないのだろう。彼の眉間の皺の深さが、厄介さを物語っていた。

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