7 狐の嫁盗み

 駅について、列車に乗った。

 二人の帰る方法は同じであり、降りる駅も同じ。空が西に傾いていく中、私鉄の駅に辿り着こうとしていた。ぽつぽつと窓に水滴がついていく。

 二人は気付いて、窓に振り返る。空にある雲は少ない。遠く空は青空が見えて、彼女達がいる場所は曇っており太陽の光を遮っている。しかし、雲は小さい。雨を見て、奈央は呟く。


「お天気雨……」


 一時の雨であり、降る雨の強さは大きくはない。天気雨にはいくつかの振り方があり、その一つに彼女達は遭遇した。

 電車は駅につき、少女達はホームに降りた。去っていく列車を見つめながら雨を見て、向日葵の少女は話題を出す。


「そういえば……お天気雨って、別名『狐の嫁入り』っていうんだよね」

「うん、別の地方では怪火の行列らしいね。そろそろ雨季だからこの時期らしいといえばらしいかも」

「そうだ──」


 線路の向こう側を見て奈央は目を丸くする。

 私鉄と国鉄の線路の向こう側の上には神社があり、斜面には草が生えていた。その坂の斜面に仮面の男がいる。着物を着て佇んで、目線はこちらを見ていたような気がした。

 打ち付ける雨と雨音が強くなる。

 ゲリラ豪雨のようだ。急激な変化に奈央は驚き瞬きをすると男はいない。依乃は悪寒がしてビクッとして顔色を変えた。

 依乃には覚えがある。前よりは気持ちが悪さはないがいい気はしない。

 体を震わせている花火の少女に奈央は声を上げた。


「は、はなびちゃん……。い、今、仮面の不審者が向こうに……!」


 不審者と言われるが、実際は奈央を狙う生まれ変わった夜久無だ。奈央は記憶を消されて忘れており、知る人間は組織の関係者以外いない。依乃は奈央の手を引いて、階段を駆け上がった。

 改札を抜けて依乃と奈央は再び階段を降りる。


「はなびちゃん! どこに行くの!?」

「……出来るだけ安全な場所!」


 神社と言いたかったが、生成している最中の人に神社での守りは効果は少ない。完全に守れるとは言い難い。階段を降りて出入り口まで着き、二人の少女は目を丸くした。

 狐の仮面をした男が近くにいたからだ。周囲の人々は仮面の男の存在に気づかずに横を通り過ぎていく。男は仮面を外して素顔を見せる。黒髪で陰陽師の姿をしたような麗しさを持つ人間。妖狐としての美しさがあり、依乃と奈央を瞳に映してにやりと笑う。


「見つけた。僕の花嫁」


 夜久無だ。相手の顔を見て、奈央は嫌悪と怒りが湧き上がり、顔をゆがませていた。理由はわからず、彼女は声を上げる。


「私はお前なんかの花嫁じゃない!!」


 抗議に夜久無は気に食わぬ様子で仮面を地面に落とした。

 空いた手を伸ばすと、二人の少女の体に長い獣の尾が巻き付く。何処からともなく現れた狐の尾。夜久無の一部の尻尾だ。強く巻き付こうとした瞬間、彼女達の通学バッグの中から光が漏れた。


「っな!?」


 相手が手を離すと、二人に巻き付いていた尾が消える。その隙に依乃はバックから札を出す。

 走り出して、夜久無の手に札をぶつける。


魔封束まふうそく急々如律令きゅうきゅうにょりつりょうっ!」


 言葉と共に札が消えて、夜久無の体に鎖が巻き付く。手足だけではなく口と首にも鎖が巻き付いて、発声と身動きが取れなくなる。直文から護身用に貰っていた札だ。何かあったとき、特定の言葉を吐くだけで発動する仕様だ。奈央は驚愕し、依乃が近づいて手をにぎられる。


「奈央ちゃん、今のうちに逃げよう! 自転車を取りに行く時間もないよ。あの札は長くは持たないからっ……!」

「えっ……あっ、うん!」


 奈央は頷いて二人は夜久無より遠くへ逃げるため、走り出した。

 駅の近くにある抜け道を通る。二人が帰路として通る歩道橋の前についた。橋を渡ろうとしたとき、橋の真ん中に夜久無が着地して現れた。

 彼女達は足を止めると、夜久無は舌打ちをしている。


「……思い出した……君はあのときの……」

「……なんで、いまでも奈央ちゃんを狙うの? なんで、私達以外貴方が見えないの?」


 依乃の物怖じしない姿勢に、夜久無は感心していた。


「無事過去から帰還したのだ。教えてやる。霊力の強い人や僕の花嫁にしか見えないようにしてあるからさ。そして、僕が彼女を狙うのは、あのクソぎつねの当てつけ。僕を殺したあのクソぎつねの大切なものを奪うためだっ!」


 怒声を上げて、負け時と依乃は声を張り上げる。


「っ……やっぱり、時駆け狐は貴方の手筈かっ!」

「そうだとも、過去改変をしようと時駆け狐を利用したが、花嫁が帰ってきている時点で失敗したということだ。なら、僕が出向いてものにするしかあるまい。もうクソぎつねはここにいない。ならば、僕が好きにしてもいいだろうっ!」


 依乃に高らかに告げて、夜久無は奈央に向けてにんまりと微笑む。クソぎつねと聞いて、何故か奈央は怒りを隠せないほど顔をゆがませる。誰なのかはわからないが、馬鹿にしているのが許せない。怒りの衝動にまかせて中指を立てた。


「お前の方がクソだ。人を馬鹿にするな! ××××狐!」


 女子学生が取るとは思えない親友の行動に、依乃は驚愕した。夜久無は顔を引きつらせて青筋を作る。依乃は不味い気配を察知して、先程の拘束の札を五六枚ほど出す。

 地面に投げつけた。


魔封束まふうそく急々如律令きゅうきゅうにょりつりょう!」


 札が消えて、多くの鎖が地面から現れて夜久無に張り付いていく。夜久無は飛び上がって避けようとすると、一本が夜久無の足首を捉えた。

 地面に叩き落され、多くの鎖に巻き付かれていく。


「こっち!」


 依乃は奈央の手を引いて走った。

 横断歩道はないが車が来ない隙に、二人は横切る。川の近くにある道と坂の下にある通路を抜けて、坂を下っていく。依乃に引っ張られているが、奈央は友人が何をしたいのかわからなかった。


「はなびちゃん。何処に行くの……!?」

「近くにある大きな公園! ……彼処あそこなら、安全に呼べるから!」


 走っていると近くに公園が見えた。

 大きな池と広場がある。近所の憩いの場となっているのだろう。老人や子供達が散歩をしたり、遊んだりしている。二人は公園に入ると、依乃は札を出した。


避渉へきしょう急々如律令きゅうきゅうにょりつりょう!」


 言葉を吐くと札が弾けて消える。

 公園にいる人々は何事もなかったかのように公園から去っていく。ぞろぞろと去っていく様子を通りすがる車や人は見向きもせずに通り過ぎていく。彼らが貼る人避けの結界の効果を持つが、制限時間があった。

 二人は階段を降りていく。

 奈央はどういう事かと聞こうとする前に、公園の中央に人が着地して現れた。


 狐の耳と六本の尾を持つ男。夜久無だ。


 邪魔した一人と認識しているのか、忌々しそうに依乃を見ている。奈央は依乃にすがりつくと、夜久無が走り出した。花火の少女はあるだけの札を手にして周囲に展開させた。

 依乃が早口で何かを呟いて札が消える。

 二人の周囲に結界が出来ると同時に、夜久無は結界に蹴りを入れる。

 硬い音が響き、電流がほとばしった。電流にやられたのか相手は大きく離れ、依乃は奈央に声をかける。


「奈央ちゃん。私から離れないでね……!」

「っ……依乃ちゃん……! うん!」


 逞しくなった友人に頷き、依乃はバッグからお守りを出す。

 退散の札はあるが相手は人から妖怪に転じている最中であり、彼女の持つ札は役立たない。

 夜久無は舌打ちをして、手から炎の玉を出した。人の姿で力を使う狐は力が強い。奈央はどこかで聞いたような気がし、依乃に声をかける。


「気をつけて……あいつ強いよ……」

「うん、でも、大丈夫。……私に力はなくても、やり過ごす方法はあるから!」


 炎の玉が投げられると、その一つに依乃はお守りを投げつけた。ぶつかると、お守り光って炎の玉を消した。

 お守りを無くなった事で、依乃はより息苦しさを感じて胸を掴む。お守りは言葉通り、依乃を守るためのもの。また霊媒体質を抑制するものでもある。勾玉まがたまのネックレスの力で内側から守るだけでなく、外側からも守る必要がある。

 夜久無からの妖気にやられて、表情をゆがめる彼女に奈央は声を上げる。


「依乃ちゃん!? どうしたの……!?」


 苦しむ様子に夜久無は愉快そうであった。


「っ、これは……珍しい! まさか、神さえも受け入れる体を持つ少女がいるとは。革命かくめい派の計画を聞いてはいたが、まさかあの子が……名無しの」


 ざくっと夜久無の胸に剣が貫く。奈央はひっと声を上げる。

 剣に貫かれた相手は笑みを浮かべたまま、貫いた剣を見る。布が赤く染みてきており、剣からも血が滴る。背後にいる相手は眼鏡をし直して、艷やかなくちびるを動かした。


「俺の教え子に何をしているのかな?」


 メガネをかけた冴えない先生の文田和久──ではない。長い髪を束ねた眉目秀麗びもくしゅうれいな奈央も知っている相手であった。依乃は顔を上げて、うれしそうに呼んだ。


「直文さん。良かった……本当に来てくれた」


 お守りが破壊されると、直文がやって来てくれるのだ。程よい防犯ブザーのようなものだ。彼はメガネを外して、ポケットにしまう。


「当然来るよ。俺は学校の仕事より、依乃の命を守りたいからね」


 直文は剣を横に薙いだ。胸を貫かれて、横にも切られたのではひとたまりもない。夜久無は地面に倒れた。直文は剣を消すと、二人の元に駆け寄ってくる。


「大丈夫か? 依乃、田中ちゃん」


 依乃はホッとして倒れようとする。直文が受け止めて結界を解いた。

 苦しそうな依乃に、直文は小さく言葉つぶやき、花火の少女に光を宿らせる。彼女から苦しそうな表情がなくなって、息の仕方も通常のものに戻る。

 奈央は友人の状態に安心するが、今までの展開についていけてはいない。彼女をお姫様抱っこをする彼に、奈央は戸惑いながら尋ねた。


「……あの、久田さん。……これはどういうことですか?」


 聞かれて、直文は真剣に奈央を見つめる。


「そうだな。まず──!」


 事情を話す前に、直文はすぐに体を横に避ける。奈央も良くない気配に気づいて、一歩後ろに下がる。二人の間には夜久無が合口あいくちで突っ込んで来ている。無傷の姿の敵に、直文は厄介そうに声を上げた。


「っ身代わりかっ!?」


 夜久無はにやりと笑い、奈央を空いている手で捕まえた。



 向日葵の少女は息を呑み、夜久無を視界に入れる。通学バッグの中にあるお守りが敗れる音がした。妖狐はにんまりと笑って。


「お嫁さん こちら こっちまでおいで」


 その言葉と共に雨が再び強くなり、奈央の瞳から光が失う。力が抜けていくのを感じて、意識も曖昧になっていくのを感じる。最後に遠くからバイクの音が聞こえ、何故か一年前にあったフードの彼を思い出した。




 夜久無と奈央の姿が消える。依乃はその姿を見て顔色を変えた。


「……そんな、奈央ちゃん……!」


 近くの道路でバイクは凄い勢いで走っていき、花火の少女は驚く。その音を聞いて、直文はほそくむ。


「やっと、動いたな。あいつが」


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