🌌5 終幕 終章
ep 平成又来年
2011年、平成23年11月初旬。穏健派陰陽師の本部は壊された。派閥の壊滅とまではいかないが、活動は緩やかに減少していくであろう。
しかし、春章は生きている。彼が生きている限り、依乃を狙うことは明白。更に、目的が『鬼子母神』の分霊の復活とわかり、組織は警戒度を更に上げた。まだ詳細が不明なことが多いなか、半妖たちに新たな任務が与えられる。
一つは土御門春章の抹殺。
一つは顕明連の回収。
一つは運良く逃れた土御門春章の信者の抹殺。
一つは『悪路王』の捕縛。
一つは『鬼子母神』の利用目的の解明だ。
やることは多いといえど、全ては大切な人を守るためにつながる。任務として新たに承り、手の空いている狐と狸が土御門春章と陰陽師たちの捜索をし始めた。
直文は体調が万全になるまで、本部で療養することに。また依乃も体調の関係でテストができず、日を改めて行うこととなった。
11月上旬。病室ではなく組織から提供された部屋で依乃は休んでいた。家族については親類が話を通してくれたらしい。不審者に狙われているなど、嘘ではないが本当でない話にしたようだ。
捏造とはいえど、一年前にも同じような理由を通したことがあり、説得力をあるだろう。泊まる許可をくれた親類を騙した形となるので、依乃は申し訳ないと思う。
部屋の窓から夜空を見つめ、依乃はカーテンをする。テーブルにある教科書とノートを広げて予習と復習をする。すべてのテスト範囲を繰り返してやっているといえど、油断はできない。
直文が良くなるまで滞在している。直文がためていた力を全部表に出してしまったのもある。勾玉のネックレスを手につかみ、依乃は温かみを感じる。少しずつであるが、麒麟である直文の力が入ってきているのだろう。直文が完全に回復すれば、現世に戻れるようだ。
最初は数日で完全回復すると言われ、本当かと疑いたくなった。現在直文は鍛錬をするほどに回復しており、先程から啄木と木刀で打ち合いをしている。お互いの鬱憤を晴らすが如く、打ち合いが激しかった。どちらかの木刀が折れるまで打ち合っており、ドン引きした覚えがある。
現在直文は鍛錬後の汗を流すために、温泉施設で入浴をしているだろう。
部屋にもあるが、ちゃんと回復するには湯治もするようだ。前に澄から効能を聞いたことがあるゆえに納得する。
依乃は背伸びをした。していることを終えており、暇を潰せるほどの施設や物は本部にある。しかし、現実の日々が恋しく依乃は息をついた。
「……ご飯もとっくに食べたし、そろそろお風呂に入ろうかな」
立ち上がり、彼女は着替えを用意し、入浴セットの入ったバッグを手に部屋を出た。
入浴し終え、バッグを持つ。髪は乾かし、一つに結んで肩にタオルを掛ける。秋用のパジャマを持ってきたのだが肌寒い。失敗だったかなと思いつつくしゃみをした。夜風を浴びて帰ろうとするが。
「依乃?」
驚いた声で呼ばれる。彼女も驚いて後ろに向くと直文がいた。同じように髪を一つに結んだ浴衣姿。パーカージャケットを着ており、目を丸くしたあと嬉しそうに微笑んでいた。
「依乃だぁ! 依乃もここのお風呂に来ていたんだね。どうだった?」
光のように楽しげに聞く彼に、依乃は照れながら質問に答える。
「……いい湯加減でした。気持ちよかったです」
「うん、前に比べて顔色も良くなってるし、俺も本調子になってきてるから」
軽く話す直文だが彼女の服装を見て、心配そうな顔をする。
「その服装、寒くないかい? ここの気候は秋とはいえど11月の気候だから……」
「……すこし肌寒いですが、すぐに部屋に戻ろうかなと」
話す彼女に、直文は心配そうな表情を崩さない。
「それでも、やっぱり心配だよ。女の子は冷やすと良くないって聞くし……俺の上着を貸すからこれ着て帰りなよ」
上着を脱ぎ、依乃の肩にうまくかける。直文は掛けたあと気づいて慌てる。
「あっ、出したばかりのものだから汗は吸ってないし、臭くないはず!
あと、送っていく間は、かけてもらいたいだけだから、安心して。気に食わなかったらごめんね」
申し訳無さそうに言う直文だ。下心ではなく、気遣いであることはわかっている。匂いを気にし慌てて言う彼に、彼女は笑ってみせた。
「気にしませんよ。大丈夫です。……ありがとうございます。けど、直文さんも大丈夫なのですか?」
「俺は鍛えているから大丈夫」
直文は浴衣から筋肉質な腕を見せて、力こぶを出す。そうじゃないと突っ込みたいが、相変わらずの天ボケに安心する。血だらけになり余裕のない直文よりも、目の前にて笑う彼のほうがいい。依乃はもう少し話したいと思い、腕を浴衣に隠す彼に声をかけた。
「直文さん。少しお散歩に付き合ってくれませんか?」
「お散歩? うん、いいよ」
「ありがとうございます」
穏やかに了承してくれた。感謝しつつ、二人は施設の前から歩く出す。秋風を感じつつ、二人は談笑をしながら歩く。
依乃は秋は花火がし難いや、大道芸ワールドカップを見届けたかったなど話題をだす。直文は学校の先生としての仕事を茂吉に任せたことへの不安や組織の行事について話す。
軽く話す中、依乃は思い出したかのように直文に話す。
「そういえぼ、組織の上司さん。たかむらさん? と言いましたか?
あのドタバタのとき、アドバイスをくれたのです」
「……ああ、なるほど。だから、順調に俺の土壇場の作戦がうまく行ったのか。後で色んな意味の礼をしないとな」
納得し渋い顔をした。色んな意味とは察せられるため、依乃は苦笑だけしておく。直文は足を止めた。依乃も止めて、隣りにいる彼を見る。
綺麗な夜空とかけている月を見続けている。彼の横顔を見ても心情はわからない。心配になり声をかけた。
「どうしました? 直文さん」
依乃に顔を向け、直文は表情を和らげる。
「ん……いやね。来年も、こうして空の下で君と一緒に過ごせるんだなと思うと嬉しくて。会えるだけでも嬉しいのに、また来年も同じように依乃と過ごせるんだなと思うとすごく幸せなんだ」
笑顔が溢れんばかりの光のように思えた。更に、依乃の顔を熱くさせる言葉を何気なく吐いてくる。花火の少女は赤くなった頬を両手で押さえた。直文との会話はやはり照れるばかり。依乃は顔を手で軽く仰いで、息を吐く。
「……熱いです」
「えっ、まさか湯冷めして風邪……」
「そうじゃあありませんよ! ……っ」
心配する彼に首を横にふり、直文と顔を合わせる。頬を赤くしつつ恥ずかしくはあるが、彼女なりに答える。
「……私も来年は貴方と一緒にいたいです。居れると思うと、同じように幸せだなって思います。……年越しとか12月じゃないですけど……」
姿勢を正し、依乃は花火のように笑ってみせた。
「来年もよろしくお願いします。直文さん」
聞いていた直文は目を丸くしていた。やがて涙目になっていく。瞬きをするたびに、一粒一粒と涙を落とす。それでも、彼は嬉しそうにはにかんだ。
「──うん、ありがとう。来年もよろしくね、依乃」
泣いている姿に彼女は一瞬だけ驚く。が、背景を少しだけ知っている故に依乃は優しく微笑む。
一緒に生きたい。そう願いを込めて。
今日も明日も、彼女は彼の名前を呼び、彼も彼女の名を呼ぶのだ。
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