10 後日談 よろしく
翌朝、■■は真っ暗な部屋で起きて雨戸を開けた。気持ちのよい朝日が入る。風も気持ち良くて、彼女は背伸びをして息を吐く。
夢を見なかった。
頭がスッキリとして倦怠感もない。昨晩が嘘のような気持ちのいい朝だった。土日はお休み。二日間心身共に休ませようと彼女は考えた。
窓を閉めて網戸にする。エアコンの冷房を切る。カーテンをかけて、暑い日差しが入らぬようにした。私服に着替えて、一階へと下りた。パジャマを籠に入れるが、直文の分の服が籠に入ってないと気付く。まだ寝ているのだろう。朝食を作っている間に起きるだろうと考え、彼女は部屋の窓を開けて扇風機を付ける。気持ちのよい風のおかげで、朝は扇風機だけで十分涼しい。
エプロンを手にキッチンに入る。
食材を冷蔵庫から出した。まな板と包丁を用意する。リズミカルにまな板にあるキャベツとトマトをきり、二つの小さなガラスの器に乗せた。
テーブルの上の準備を忘れずにしする。フライパンには油を引いて、玉子を割って目玉焼きを作る。ついでに味噌汁も作り、予約をしておいた炊飯器が鳴った。換気扇をつけて熱気と湿気を飛ばしているが、やはり夏のキッチンは熱がこもる。
彼女はテーブルの方をみた。
おはようの声が聞こえず、姿が見えない。深く眠っているのだろうか。
「それとも、帰っちゃった……?」
まさかと思い、朝食の準備をしおえて直文のいる部屋にいく。ドアの前にたち、ノックをする。
「直文さん、おはようございます」
声をかけても返事はない。
「……直文さん?」
もう一度声をかけても、返事はない。彼女は心配になってドアを開ける。雨戸をしておらずカーテンだけがかかっており、朝日が入り込む。
ベッドには黒く長い艶やかな髪が見えた。掛布にくるまっている。彼の寝息が聞こえた。不安は消え、馬鹿らしいことを考えたなと■■は微笑む。彼に近付いて軽く揺する。
「直文さん。起きて、朝ですよ」
「……んんっ」
彼は身動ぎをした。何度か声をかけると薄く目を開ける。彼女に顔を向けると、ぼうっと見つめる。寝惚けている姿が可愛らしく、彼女は笑った。
「おはようございます。直文さん」
明るく夜空の花のように笑う姿に、直文は段々と目を丸くした。
いつかの誰かと重なったのだろう。彼はゆっくりと身を起こした。上半身は着ておらず、細く見えて鍛え抜かれた肉体が見えて、彼女は頬を赤くする。
■■の顔に直文は手を伸ばす。大きな手に頬が包まれて、優しく撫でられる。彼女は戸惑うと、彼は木漏れ日を思わせる柔和な笑みを浮かべた。
「ああ、おはよう」
本当に幸せそうで穏やかな微笑み。初めて見るイケメンからの微笑みは、中学三年生の■■には刺激が強すぎる。
「えっ、あっ、……ご、ごはん出来てますので、きがえてきてくださいねっ!!」
早口で言い、慌てて部屋から出ていく。直文はきょとんとする。何故慌てて出ていったのか、理解をしていない。
──ご飯を食べ終えて食器の後片付け。
一通りの家事をしおえた後、彼女に今回の件の全容を話してくれた。
お社が原因で名前が奪われた。名前を奪われたせいで怪異に狙われやすくなっている。茂吉があだ名を知っているのは、彼が情報収集を得意としているからだと。だが、別の話を少女は目を丸くした。
「……失踪した人物の安否確認が出来ない?」
「此方側では、失踪した人物の安否はわかる。けどわからなくなっているんだ」
直文たちにもわからないことがあることが驚きだ。オカルトを、いや妖怪の恐ろしさを改めて■■は知る。
「……妖怪ってやばいですね」
「ああ、はなびちゃん。一つ言うけど」
直文は顔を見据えた。
「今回の件、何もかもが全て妖怪のせいだと決まったわけじゃないよ?」
少女は硬直すると、彼は冷静に答える。
「俺が陰陽師みたいな存在っていったの覚えているよね?
なら、その本物もいないと駄目だろ」
「……えっ、それって」
彼女は間をおいて声をだし、直文は彼女の顔を見て首を縦に振る。
「本物の陰陽師、それと似た人間が関わっている可能性もある。この事は一応頭に入れておいて」
少女は目を丸くしつつも頷いた。
陰陽師は明治の時代で存在を消している。だが、存在を隠して生き延びているのであれば納得ができる。しかし、正義の味方のイメージがある陰陽師が原因の一つとして出てくるのか。■■は不思議でならない。直文から声がかかった。
「簡単に言うと派閥問題。戦後辺りからバチバチしているよ」
「……何で、私の疑問がわかったのですか?」
「君の顔に書いてあったから」
彼は自身の顔を指差す。彼女は自分の顔をさわって驚く。少女の様子に直文は笑っていた。
「大丈夫。どんなものが来ても、絶対に俺が君を守るよ」
少女漫画のような台詞をいわれ、彼女の顔が真っ赤となる。■■は甘い台詞を吐かせないようにしようと話を続ける。
「そ、そういえば、最初に新田で襲われたとき助けてくれたのは、直文さんなのですかっ? 半妖ってことは、直文さんは空を飛べる妖怪の血を引いているのですか?」
彼女の気になる事だった。
助けてくれたのは直文で間違いない。半妖ならば可能なのであろうと考えたが、彼がどんな半妖なのか気になったのだ。直文は微笑みを浮かべ人差し指を唇に当てる。
「秘密」
綺麗に微笑むイケメンは何とずるいのだろう。彼女はとどめを刺されたような気がして黙る。全身を赤くする彼女に、直文は心配そうに声をかけた。
「全身赤いよ。大丈夫? 熱でもあるのかい?」
「な、なんでもありませんよ! な、何でもありません!」
大きな声をあげる。■■が最近わかったこと、直文は天然。素で恥ずかしい台詞を吐ける。■■は聞いていて心臓が持ちそうにない。すると、直文は「ああ」と声をあげて呼ぶ。
「はなびちゃん」
「は、はい!?」
「君の名前を取り戻すまでの間になると思うけど、よろしくね」
言われて、彼女は思い出した。彼は名前を取り戻す為にいるのだと。■■の胸の高鳴りは、少しだけ残念そうに落ち着いていく。だが、彼女は少しでも直文と居れるのが嬉しかった。
「はい、よろしくお願いします!」
彼女は花火のように明るく笑う。直文は一瞬だけ目を丸くしたが、表情を柔らかくしていた。
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