4 狸は八変化1

 澄は機を逃さず、葛に質問をする。


「三善さん。何故、私は狙われているのですか? 私が狙われる理由が考えられません」


 澄に狙われている理由がわからないのだ。葛も聞かれ、困った顔をする。


「それは俺が聞きたい。君が何故狙われているのか俺達は詳しく知らない」

 

 すぐに力強い表情をして澄を見つめる。


「だが、君が狙われていると別の方の仲間からのタレコミがあった。人ならざるものに一般人が狙われているなら、守らないといけない。一般人が巻き込まれるのはあってはならない。安心して、俺が君を守ってみせよう」


 優しく微笑んでいるが、声がやや演技っぽい。カッコをつけていると澄はすぐにわかり苦笑いをする。カッコつける葛に対し、妹の真弓は呆れる。


「お兄ちゃん。相手が高校生でかわいい子だからはしゃいでるよね。あほなのかな」

「ちがうわ。和ませようとして失敗しただけ。というか、真弓もこの子を助ける時にいきなり車を停めると言って、反対車線の道路を渡って彼女を助けに行ったろう。危ないぞ!?」

「人危ないのに、助けにいかへんのがおかしいやろう!」

「蛮勇がすぎるんや! あんたはっ!」


 喧嘩をしようとする最中、運転席から「まあまあ」と穏やかな声が響く。重光が二人の喧嘩の仲裁にはいったのだ。


「二人とも、そこまでだ。俺は運転中。高島澄さんは何も知らずに連れ込まれた。ここで喧嘩しても意味はない。彼女に話せる範囲で事情を話すべきだ」


 重光に説教され、二人はしばらく不服そうに車窓に寄りかかった。

 バックミラーに映る澄をみて、重光は謝る。


「ごめんな。この二人、仲はいいんだけど喧嘩すると長引くんだ」

「……そうですか」


 澄は呆然とする。陰陽師はキャラが濃いものばかりかと思っていたが、普通に人間らしいのに驚いたのだ。走っていると、前の車が止まっている。大分で先の方で止まっている。渋滞が起きており、少しの間だけ重光は車のエンジンを止めて、澄に顔を向けた。


「なんか、二人がだんまりだから俺が話せる範囲で事情を話すな」

「……ありがとうございます」


 重光はお茶を飲んで、一息つき話し始めた。


「君は人でないものから理不尽に狙われているんだ。ただ君がほしいだけの化け物に狙われている。それを俺達が守ろうとしている」

「……では、この先どこに向かうのですか?」

「浜松。相手は都会慣れしているが、土地慣れまではしてない。静岡しずおかは横に広いし場所に時間も長く感じる。俺が引き付ける役割を担って、二人は君を元の家に送り届ける」


 重光は自然と笑って、彼女に優しい声かけをする。サングラスから透けて目が見えた。優しくも逞しく力強い瞳であり、彼女は吸い込まれそうになる。


「大丈夫。絶対に君を家に帰してみせる」


 爽やかで優しい声に、澄は頬を赤くして頷いた。紫陽花あじさいの少女の反応を見て、葛は重光に文句を言う。


「ちょっと、重光。俺よりいいとこ見せるなよ!」

「あっはっはっ、それはお前が変に女の子を口説こうとするのが悪いだろう」


 明るく笑う彼に葛は怒ろうとした。重光は雰囲気を変えて、人差し指で葛の顎を少し持ち上げる。急に持ち上げられて葛は驚く。重光は不敵に色気ある微笑みを作ってみせた。


「この子も困っている。口説くなら余所でやりな。坊や」


 一瞬だけ別人に見え、澄は目を凝らしてみる。しかし、別人に見えたのは気のせいのようだ。真弓と葛は言葉を失う。葛は段々と顔を赤くしていくと、重光は前に気づいてエンジンをかける。


「おっ、奥の車が動いてる。少しずつ動いて行けば渋滞が抜けそうだぞ。……おやおや?

なんで顔が赤いのかなぁ? 葛くん」

「……っ、るさい!」


 いたずらっぽく笑う重光に、葛は顔を赤くしていた。車はゆっくりと動いていき、渋滞を抜ける。真弓は車窓の外を見て、額の汗を拭った。


「……ここまで来て、追ってくる気配はなし。高速道路でドタバタ起こすかと思ったけど……そこまで過激派じゃないのが救いだね。お兄ちゃん」

「アニメの中の出来事を現実に持ってきたらテロだし、それを理解して相手側はやらないだろ」


 二人の会話に重光は頷いた。


「その通り。面倒事を引き起こすには、相手が躊躇ちゅうちょがなくてはならない。つまり、ここで多くの死者を出すのは敵側にとって面倒だし、後が怖い。とはいえ、有事がないわけじゃないから、俺と葛で周囲に見えない式神を飛ばしているわけだ」


 高速道路でまず襲われることはなく、人々に被害が出ないことに、紫陽花の少女はホッとした。

 真弓は目新しい県の風景を興味津々に見つめていた。葛と運転手の重光は周囲を警戒しながら運転をする。澄は顔を俯かせながら、自分を狙っている人物は誰かと考える。車を走らせ、茶畑の風景を見終えてトンネルを通る。安倍川あべかわ大井川おおいがわ天竜川てんりゅうがわと三つの川を走り超え、車は高速道路を降りていく。料金を支払い、料金所を抜けた。

 運転する重光は声を上げる。


「さて、浜松市到着。ここから近い天竜川てんりゅうがわ駅までいく。そこからは頼んだぞ。二人共」


 葛と真弓は頷く。重光は細い道を走っていき、安間川あんまがわと言う名の川にある橋を通る。




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