7 今晩は美狐と情報屋で散歩
話がまとまり、奈央と麹葉に確執が生まれることはなかった。
麹葉の婿狐。この狐がどんな相手なのかを麹葉から聞いた。相手は
麹葉もこの
八一はもう少し情報がほしいと麹葉に頼んで、彼女に婿狐の相手の情報を集めてもらう。彼女を呉服屋まで送り、その日のことは終えた。
──あれから三日後。
夜明けと共に鐘の音が六つの聞こえる。
朝方と共に起きる人々もそれなりにいるが、
朝に大方の仕事を終えて、昼間は涼を取る為に風の通る日陰や水辺にいる。
奈央が驚いたのは、
部屋の中にいる場合は、蚊に刺されぬようにヨモギや杉で煙を焚く。
充満した煙が無くなると、とよとなるは袖を捲って団扇で風を作る。無論、奈央も団扇を扇いで涼んでいた。じっとりとした暑さだが、未来より暑くないのが救いだ。アスファルトから発する熱の方が彼女は恨めしい。
パタパタと扇いでいると、とよとなるが興味深そうな話をする。
「ねぇ、
「耳にいれたことはあるぐらいですよ。とよさんも気になります?」
「やっぱり、徳川の将軍様が居なさった場所だから、色々とそういう噂が流れるのよね」
大した内容の七不思議ではないが、不思議なお話としては好きな部類だ。なるが話しかけてくる。
「ねぇ、奈央ちゃんは何か不思議な話を知ってる?」
「えっ、不思議なお話ですか?」
「そう! なんか怖い話でもいいから聞きたいな」
なるにねだられて、奈央はどうしうかと考える。
学校の怪談は時代が違うためか通じない。時代背景に合わせて、話せられる怪談は幾つかある。選別していた結果、これならば今の時代に合うため怖いだろうと決めた。とよとなるの顔を見て、奈央は話す。
「怖くなかったらすみません。
彼女は二人にそれを話した。
この時代は妖怪の存在を信じやすく、また
──日が沈みかけ、夕食を食べ終えた頃に八一は奈央を
中に入り、声を掛けた。
「こんばんは、八一です。誰かいらっしゃいますかー」
声が聞こえて、奥から番頭がやって来る。青年とも言える見た目で八一の姿を見て、表情を笑顔にした。
「これはこれは八一さん! 何かご用ですか?」
彼は慣れたように
「ああ、奈央お嬢さんに用と、前に頼んでた幾つかの着物の布についての購入を決めたので、その金を払いに来たんだ」
彼は懐から風呂敷で包まれた物を出して、幾つかの
談笑しているうちに、奈央がやって来た。
「八一さん、こんばんは! どうしました?」
「こんばんは。お嬢さん」
彼女は駆け寄り、八一の近くで正座する。
「麹葉さんが来たから、このあと時間あるかな?」
「えっ、麹葉さん、来ているのですか」
奈央の言葉の後に、店に入ってくる人物がいる。
真っ白な長い髪に美しい
奈央もこの女性に見惚れていたが、見続けてはっとして表情を明るくした。
「麹葉さん。麹葉さんですかっ!?」
「ええ、そうよ。奈央ちゃん」
「そうなのですかっ。こんばんは、いらっしゃいです。麹葉さん、どうやってここに?」
「八一様の案内でここまで来たの」
教える彼。まさか麹葉が
小供が八一の頼んだ布を持ってくる。仕立ては八一の方でやるらしい。幾つかの布を買って彼はお金を渡して、奈央と麹葉をつれて店を出た。
三人は日の暮れる様子を見ながら通りを歩く。八一の買った布は、人通りが少なくなると彼の手から一瞬で消えた。その様子を目の当たりにして、奈央は驚く。
「えっ、布が消えたっ!?」
「おっ、いい反応。私達組織の半妖は何処からともなく出し入れできる入れ物を持っているようなものでね。これは、私達の役職上の特権だな」
便利な術と特権を持っている様子に奈央は羨ましがる。
「いいなぁ。私も組織の半妖になりたいです」
妖怪も退治できて、便利な術を使えて、長生きもできる。人の理想が詰まっているように彼女は思えた。それは、組織の半妖の成り立ちさえ、知らなければ思えること。八一は何も知らぬ少女を見て、足を止めた。
二人が止まると彼は目を伏せる。
「なっていいもんじゃない。君は組織の半妖にはなるな。
咎めと悲しみが含んでいるように感じた。冗談で言っていいものでないと
「それはその……冗談で………………………………ごめんなさい」
落ち込んで反省する。八一は目を開けてらしゅんと擬音がでるほど落ち込む少女を見た。頭を軽く撫でて、奈央が顔を向くと彼は穏やかに笑っていた。
「気にするな。お嬢さんの気の病むことじゃない」
頭を撫でるのをやめて、八一は歩き出した。奈央は頭を押さえて彼の背を見ている。
彼女の隣に麹葉がきて話す。
「奈央ちゃん。仕方ないわ。
「……麹葉さん」
彼女から励ましを受け、麹葉は八一を切なそうに見つめる。
「半妖は妖怪からも人からもあまり良い目で見られてない。私は情報を集めに帰って、彼についても調べてみた。けど、八一様は私達妖狐からあまり良い扱いを受けてない。そもそも、なかった存在と扱われているわ」
なかった存在。
半妖という存在は普通はあり得ない。この時代ならば、普通でないと扱われる。人からの差別もあり得るだろう。奈央は妖怪の世界にも差別があるとは考えられなかった。
麹葉の話は続く。
「狐に位があるのは、知っているかしら?」
聞かれて、奈央は頷いた。
八一は足を止めて、振り返る。
「
遠くからでも聞こえていたらしく、八一は意味深に笑みを浮かべていた。
「あっはっはっ、相変わらず良い表情をするよ。お嬢さん。で、麹葉さんは私の素性を知っちゃったわけか」
八一に目を向けられて麹葉は頭を下げる。狐の階級は厳しいらしい。彼は背を向けて、顔を見ずに手を振る。
「まあ、そっちも気にしなくていい。
「……わかりました」
頭を上げて、麹葉は黙る。一瞬だけ八一の闇が垣間見えてしまい、奈央は気になった。
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