🌌5章 前編

🌌5章 序章

花火の少女お出かけの準備

 十月の上旬の休みの日。有里依乃は名前を取り戻してから一年が経っていた。奈央と澄も時折名前で呼び、新しく友人もなった真弓にも呼ばれる。


 一番呼ぶのは当然直文だ。一日に何回呼んでいるのだと直文の相方から呆れられるほどに呼ばれる。

 目覚まし時計がなり、彼女は時計を手にしてスイッチを切る。ベッドから身を起こして、眠そうにあくびをした。

 雨戸とカーテンを開けて、窓を網戸にして風を入れる。まだ夏の名残の日差しはあるものの、風は秋の冷たさが混じっていた。

 日と風を浴びて、彼女は目を覚ます。部屋にあるカレンダーを見て、依乃は顔を赤くした。ソワソワとしながら、階段を降りていく。

 リビングから漂ういい匂いに、依乃は気付いて顔を出した。


「お父さん。お母さん。おはよう!」

「依乃。おはよう。よく眠れたか?」

「うん、お父さん。眠れたよ」

「おはよう。依乃、ご飯できてるわよ!」

「ありがとう。お母さん。私、歯を磨いていくね!」


 親からも名前を呼ばれ、依乃は嬉しく口元をニヤけていい笑顔で返事をする。

 洗面所に向かい、歯磨き粉と歯ブラシとコップを用意する。丁寧に歯を磨き、口をゆすぐ。丁寧に磨くのは彼女が日々を追われるためについた癖だが、今は役立っている。

 彼女は顔を洗い、タオルを出して顔を拭う。鏡に映る自分を見て、前に比べて肌の血色が明るいことに気づく。前に比べて笑うようになったからか、それとも浮足立っているからか。依乃は再び顔を赤くして、リビングへと向かう。


 席につい、食事の挨拶をした。

 父親と母親を朝食を共にする。名前を呼ばれていつものように談笑をする。当たり前のことが、依乃は幸せに感じていた。だが、このあとも有頂天となるイベントがあり、花火の少女はまだそわそわしている。


「──御馳走様、でした!」


 食器を片付け、洗い場に置くと母親から声がかかった。


「依乃。今日は直文さんとデートだっけ?」

「デッ、デートじゃないよっ! ショッピング! 私、準備するね!」


 気恥ずかしげに答え、彼女は階段を上がっていく。

 部屋に入るとカーテンを締めて、パジャマを脱ぎ始めた。

 ブラをつけ、下着を可愛いものにする。勝負下着でないと追記。用意していた服を着て髪を解かし、直文からもらった髪ゴムを使ってポニーテールにする。

 秋物の七分丈の上着に秋物のスカートに、一年を通して使えるバッグを用意する。バッグの中身は生理用品にハンカチとティッシュ。化粧品に財布と学生証。そして、札に直文のお守り。

 今の依乃に必要なものばかりだ。顔を再びキレイにして、軽めの化粧をする。ナチュラルメイクだ。母親から誕生日のプレゼントであり「大人になったら必要になってくるから練習しなさい」と言われたものだ。

 おかしくないか鏡を見て、勾玉のネックレスがしっかりと身についていることを確認する。ある程度の準備をして部屋の戸締まりをする。

 階段を降りて、母親の確認を取るとオッケーだと言われた。

 靴を履いていると、インターホンがなる。依乃は覗き穴を見て、表情を明るくさせた。ドアを開けて、目の前にいるよく知る大好きな人物に向け、一礼した。


「直文さん、おはようございます。今日はよろしくお願いします!」


 大輪の花火が打ち上がった。

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