13 金長狸と紫陽花
群青色に変わっていく夕暮れの空の下。一人の少女が駿府城公園のベンチで寝ている。
「……先輩──澄先輩!」
「澄先輩……目を開けて!」
必死な声が響く。澄は目を開けて、目の前にいる二人の少女に視線を向ける。二人の少女たちの背後には八一がいた。大切な先輩が目覚め、向日葵少女は胸を撫で下ろしていた。
「良かった……先輩……」
「……奈央……はなび?」
愛称で呼ばれ、依乃は頷く。
「はい、澄先輩。はなびです。……有里依乃と奈央ちゃんです」
「ううっ、先輩。無事で良かった……!」
下校最中らしく、二人はまだ制服であった。
彼女は完全に覚醒をして、周囲を見る。広場に遠くに見える遊具。噴水や近くから見える県庁のビルや商業ビルなど。見慣れた光景に、澄は目を丸くした。
「えっ、ここ。駿府公園……。なんで、私はここのベンチで寝ていたんだ……?」
頭を押さえて思い出そうとする。
澄は学校を出て駿府城公園の堀を通った以降覚えてない。澄は空を見て、はっとする。頭がはっきりしてきて、学校を出てからだいぶ時間が立っている。澄が出たときは空の色が薄い蒼の時。今は群青色に変わりつつある時間だ。
澄は至ってもいられずに、二人の後輩を見る。奈央は不安げに声をかけた。
「先輩。大丈夫ですか? 怪我はありませんっ!?」
「ないよ、奈央。けど、これはどういうことなんだ!?」
先輩から勢いよく聞かれ、向日葵少女はビクッとする。
「私が、学校を出たのは昼間だ。そして、今は夕暮れ。その間、私は何をしていたのか覚えてない!
前にもあった! 文化祭の準備、部活帰りの時。今は帰宅の時だ。君達が何かを隠しているのは知っている。事情があると思って詮索しなかった。……けど、もうこれが続くと疑いたくもなる。君達は何を隠して何を知っているんだ!?」
問われて、二人は言葉を失う。奈央と依乃は下校最中に啄木から呼び出されここに来た。駿府公園に行くとベンチで寝ている先輩に驚いたが、二人は啄木から事の顛末を全て聞いている。その啄木は茂吉の体調を見に駿府城公園から去っている。寝ている間、どう誤魔化そうか三人で話し合って起こした。
が、澄に最初から疑われては誤魔化せない。更に看破をした。彼女は元とはいえ、組織の半妖であるのだ。
八一は深いため息を付いて、顔を押さえた。
「……あのバカ狸は……」
「……っ稲内さん。貴方は知っているのですか!? 私に何があったのか!」
顔から手を話して、八一が口を開こうとしたとき。
「知っているとも。君の記憶が無い間、何があったのかもね」
声が聞こえた。全員は声がした方に顔を向ける。依乃はホッとしたように呼んだ。
「直文さん……」
名を呼ばれて直文は依乃に微笑む。直文は元の姿で澄の前にもやってきて、手にしているスマホの画面を見せる。通話画面となっており、誰かと繋がっている状態のようだ。
「この電話に出てほしい。この電話に出れば、君に起きている現象をなんとかできる」
出された電話に、澄は手をのばすが
耳に当てて、口を動かす。
「……もしもし」
《──もしもし》
穏やかな声に、澄は目を丸くした。彼女にとって知らない相手ではずが、何処か安心できる声。電話の主は、少しだけ笑い声を上げる。
《ふふっ、今の君にとっては私は初めましてだろう。私からしたら久しぶりだが、あえて初めましてと言おう》
「……貴方は?」
戸惑いながら問う澄に、電話の主は優しく答える。
《そこの八一と直文の職場の上司。職場のトップの上司さんだ。……そして、君も私達の職場に関わりがある》
澄は息を呑み、直文と八一を見る。二人はかなりの実力者であるのはわかるが、直々彼らの上司から電話かかると思わない。
電話の主は本題に入る。
《話は言うまでもない。君に起きている現象。その解決を計ろうと考えていてね。何しろ。それがうちの部下にも関係しているんだ。君に迷惑かけていること、ここで謝罪しよう。──本当に申し訳なかった》
「えっ、いや、そんな。私は構いません。……ですが、私の身に起きている現象の解決とは?」
慌てて澄の吐いた言葉に後輩たちは、目を丸くした。
依乃は心配そうに直文に顔を向けると、肩を抱き寄せられて「大丈夫」と声をかけられる。奈央は本当に大丈夫なのかと何度も聞いており、八一にあしらわれながらも
上司は聞かれた質問の答えを出す。
《君の記憶の返還。それは、今だけではない。遠い昔の記憶。わかりやすく言うと、前世の記憶も返還されるんだ》
「……前世……?」
《ああ、思い出すのは簡単だ。ただ思い出したい。強く願えばいい》
それだけなのかと澄は考えると、真剣な声が電話から響く。
《だが、思い出すのは今の君が苦手とする……いや、嫌悪する記憶すらも思い出す。
君は人殺しの記憶に耐えられるか。大切な人の功績を傷付けて君の
もう一度言おう。君は自分の恐れるものと己の弱さに立ち向かえるか?》
澄は目を見開き、体を震わせた。思い出せば後悔すると何処かで心と何処かで囁き、瞳を潤ませる。前なら、
「……私は、それと立ち向かえる自信はありません」
彼女は首を横に振り、スマホを握る手を強くする。
「ですが、受け入れられます。受け入れて抱えて、生きていきます。苦しいかもしれません。辛いかもしれません。それでも、私は抱えて生きていかなきゃならない」
《……それは、もっと苦しいものだ。それでも、君は自分の出した答えでゆくのか?》
間をおいて聞かれ、澄は目をつぶる。
苦しい選択はしたくない。したとしても、苦しさが報われる瞬間は早々ない。だが、彼女は大丈夫だと感じていた。目を開けて、感じたままの答えをだした。
「……私の背負うべきものを、別の人が背負っているように感じるから、私は私の抱えるべきものを思い出したい。……急には思い出せるかどうかわかりませんけどね」
苦笑している彼女の答えに、電話の向こうからは沈黙が続く。ふぅと息をつく音が聞きこるが、澄は微笑まれた気がした。
《……ならば、最後に私から君へ言葉を送ろう。
罪は背負うべきものであるが、決して苦しむことだけが
電話の主は穏やかな笑い声を上げた。
《──あっはっはっ、まあ私が言う話ではないが、一応覚えておいてほしい。あと、思い出したら君の大切な人と一緒に本部に来てほしいな》
咳払いをし、電話の主は話を締めくくる。
《私からの話はこれでおしまいだ。さて、直文に代わってくれないかな?》
「は、はい。久田さん」
電話を返し、直文が出る。
「もしもし。……はい…………はい……わかりました。……はい、では」
直文は通話を切り、彼はポケットにスマホを仕舞う。代わりに勾玉のネックレスを二つと折りたたまれた紙を、澄の前に出す。
「これを。思い出したら説明書を読み、これをつけるようにとのことだ」
「は……はぁ……わかりました」
何も説明がないまま、澄は受け取る。
あの後、澄は後輩と一緒に帰り、家の前まで送られる。
澄は彼らがどういう存在なのかは、聞けなかった。いや、聞く間さえ与えなかったというのが正しい。八一と直文は後輩を任せても大丈夫のような存在だと認識している。だが、澄は彼らの職業や人生などは詳しく知らない。
送ってくれた後輩たちを見えなくなるまで澄は見送りつつ、彼女はふっと口を動かす。
「……彼らを知る必要はないのは……既に私が彼らを知っているから……? 思い出せば何もかも……わかるのかな」
口に出してみると、不思議としっくりくる。彼女は考えて見るも思い浮かばず、首を軽く横に振った。
「……なんだか、酷く疲れたな……今日は早く眠ろう」
後輩と浜松のガーデンパークに向かう為に、早く休もうと彼女は家の中に入っていく。
──その日の夜から、彼女は明るく楽しく、苦しくも悲しい。懐かしくて愛しい夢を見る。
彼女はやっと夢の中の憧れの人と再会した。
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