10 夜空の化身
周囲の神域の空が崩れ落ちていく中、祠があった場所も崩れ落ちていく。ナナシ本体である祠だけが宙に浮かぶ。祠からは乗っ取った陰陽師の上半身が現れた。体の肉は所々爛れていて、手の黒ずみが侵食していって、顔の半分を蝕んでいた。祠の後ろからは、幾つもの無数の手足が生えだす。生々しくばたつかせていた。
[オノレ……オノレ……]
祠の周囲には札の人々が現れて、姿を妖怪に変える。鎌鼬、火の車、雷獣二体と鵺。幾つもの妖怪が現れて直文は息を吐く。
「何故、神に戻りたいのか。……聞かせてはくれなさそうだな。
禁忌を犯した者名取り社のナナシ。お前に彼女を渡さない。これより、我等『桜花』が貴様の死刑を執行する」
手から鞘を納めた打刀を出し、手にして彼は見据える。鎌鼬が風の刃を放ち、火の車が炎を纏って直文に体当たりを仕掛けようとした。
「閃光」
彼は構えて、空の地面を力強く踏み込んで姿を消した。黄色の一線が一瞬だけ見え、直文は鎌鼬の背後に立っている。
直文は刀を納めた。火の車は燃えながら真っ二つに割れ、鎌鼬の胴体も縦半分に割れて地へと落ちていく。一瞬で二体の妖怪は殺られた。居合い。一瞬しかわからず、他の妖怪は戸惑う。
「光明・
言霊と共に鞘を抜き捨てて、刀に赤い炎が纏う。
直文は刀をすぐに振るい、固い音が耳に残る。鵺が隙を逃さず、牙を立てようしていた。炎の勢いがまして、鵺の刃を溶かしていく。不味いと気付いて鵺は下がろうとした。直文は隙すらも与える暇もない。瞬時に鵺を細切れの肉にして、地面へと落としていく。
「南に朱雀」
海の方の真南に一瞬だけ赤い光が見えた。
空模様が悪くなっていく。雷獣が天におり、鳴き声をあげて雷雲を発生させる。二体の雷獣が踊るように舞い、彼は刀を掲げる。
「光来・
瞬間、雷を彼に落としていく。目映い光が発生して、彼女は目をつぶる。轟音も山の中に響き渡り、彼女は光が消えたあとゆっくりと直文がいる方を見た。
刀に黒い稲妻が迸る。無傷で宙に浮かんでいる彼は刀を掲げるのをやめる。雷は刃に吸収されたようだ。ナナシは舌打ちをして、空間を歪ませて妖怪たちを出していく。物量戦に切り換えたのだろう。百以上の妖怪を直文に襲わせていく。
彼は勢いよく回転して刀を振るうと、黒雷が周囲にいる妖怪を飲み込んで焼失させていった。先程の攻撃で百以上いた妖怪は数体しか残らない。
「北に玄武」
真北に黒い光が一瞬だけ見える。大群を前にしても動じずに戦う彼。彼女は強いのは知っていたが、圧倒的とは思ってもなかった。
二体の雷獣が電流をまとった爪と牙を剥き出して、彼に襲いかかる。彼は避けながら、何度か刀で牙の攻撃を防いで押し返している。攻撃を避けているものの、彼は服が裂かれて僅かに傷をおう。だが、幾つもの掠り傷を負っても直文は笑ったまま。
傷付いて戦う彼を見て、横で茂吉が愉快そうに笑う。
「本当、彼女のことになるとえげつない」
二体の雷獣の手と口が黒ずんでいき侵食が始まる。麒麟は傷付けると、不吉なことが起こるとされる。それを利用し凶を濃くした厄を送りつけて、動きを封じたのだ。
今の直文には、ただ一つの目的しかない。彼女の名をなんとしてでも取り戻す。その為に自分の身すらも利用すると。
彼は稲妻を纏った刀を振り上げる。二体の雷獣の牙を刀で防いで雷を吸収していたようだ。
「光輝・
言葉と共に纏っていた刀の稲妻が強くなり、青い色となる。音が発生し、彼は二体の雷獣に向けて刃を向けた。
二体の雷獣と周囲の妖怪を巻き込んで、青い雷が花のように広がって天に昇る。轟音が辺りに響き、光も消えると二体の雷獣の姿はない。焼失させたらしく、彼はまた言葉を吐く。
「東に青龍」
真東に青い光が見える。刀を消して彼はナナシに目を向けた。
苦虫を噛む顔をして、直文を睨んでいる。ナナシは容易にやられていく妖怪にしびれを切らして、両手を鎌に変えて突っ込んできた。
[たかが、半妖ごときがぁぁっ!]
直文は両手に数枚の鏢を顕現させた。
「金剛・
両手にある全ての鏢を白く輝かせ、彼は振るわれる鎌を踊るように避けていく。
空中で自在に動いて捕まえにくいようだ。祠の手足が伸びてきて、彼を捕まえようとするが直文は左手の鏢を全て放つ。尻尾のような後ろの手足と祠の一部に刺さり、動き怯んだ。
その隙に右手の鏢を彼は左手に一部持つ。右手を動かしてナナシの左の鎌を、左手を動かして右の鎌に彼は鏢が差した。ナナシは腕に刺さった鏢に気付き、直文は後ろに下がって指を鳴らす。
「明散」
ぱちんと音がする。鏢が光り出し、白い光の爆発を引き起こした。手足の尾と祠の一部が抉れ、両手の鎌は刃の部分が爆破によって破壊される。直文は相手に加減するつもりはない。
「西に白虎」
真西に白い光が一瞬だけ現れた。
空中で苦しむナナシを見つめて、直文は言霊を続ける。
「四方に顕現せよ。余はその中央に在りし者」
東西南北の其々の色が光り出し、光となって彼の周囲に集まってくる。その光が直文の中に入ると、髪色が変化する。
芝生公園で彼の髪の色が変化するのを見た。
黄金。彼の髪は光の加減によって五色にも見える。もう一つの黄金の月が現れて、ナナシを照らした。黄金の瞳は相手を見据える。両手を広げた。
「煌々と瞬きし執行の光を黒き者に。さあ、浄土と地獄を見せよう」
彼に光が帯びていく。ナナシは不味いと察知をし、彼女の名を呼ぶ。
《■■■■!》
彼女は驚いた瞬間、祠の尾の無数の手に捕らえられていた。先程のように彼女を盾にして、直文に見せつけている。茂吉は目を丸くして、感心していた。
「おぉ、彼女の名前を利用して呼び寄せて攻撃の盾にするつもりか。余計にあいつの怒りを増長させるだけなのに馬鹿なのか?
あの攻撃は味方を巻き込まず、敵しか倒さないものなのにさ」
ナナシは茂吉の声が聞こえたらしく、直文を相手を見る。
彼の表情は冷酷な般若そのもの。触れてはならぬ逆鱗に触れてしまえば、ナナシはその怒りに飲まれてやられるしかない。直文の帯びる光が強くなる。
「輝天光獄」
光の柱が彼の中心に展開する。光の柱は段々と大きくなり、ナナシごと彼女を飲み込んだ。彼女は目をつぶって光に飲み込まれる。体に痛みはない。優しい温もりを感じ、暖かな気持ちになる。
彼女は目を開けてみた。
黄金の光の中、彼女をつかんでいた無数の手足は消えていく。
ナナシの体が光の中で消えつつある最中、幾つもの蛍が祠の中から現れた。祠の中に現れた蛍を見て、直感で彼女は理解した。あれは人の魂であると。
光の中、ナナシは苦しみながら無造作に■■に手を伸ばそうとする。今のナナシの姿は骸骨であり、もう乗っ取った陰陽師の体はなくなりつつあった。
[も……一ど……神に……戻って……祭られて……人々の日々を……見守……た……かっ……]
彼女が手を伸ばす前に光の中でナナシは消えていく。
忘れ去られる神々も多くいる。その一柱がナナシであったのだろう。小さな社で小さなお祭りをして、そこから日々を見守っていたようだ。しかし、長い時に風変わりをしてナナシは力を失っていく。ナナシという落ちた神は、平穏な日常に戻りたかったのだろう。だが、戻りたくてもしてはならぬことはある。
彼女を包んだ光が、消えていく。
目映い光が消え、少女は星と雲が近くに見える場所にいた。
「えっ」
周囲は掴む物はない。明かりも少ない。視界も先程のようによくはない。上をみると、飛行機が近くで飛んでいる。
下をみると、港の工場地帯の光と山があると伝える電波塔の光。人々の生活の営みがある多くの建物。僅かな月明かりに照らされる海と有度の山が見える。つまり、彼女は空に居たのだ。
「……ひゃぁぁぁぁっ!?」
現在、彼女は現実の世界の空からまっ逆さまに落ちている。
遠くから声が聞こえた。上をみると、金髪のまま直文が慌ててこちらに飛んできていた。彼女が落ちる速度よりも早く、彼は彼女に手を伸ばしている。
「──直文さんっ!」
彼女は手を伸ばして、懸命に呼んでいた。直文も速度をあげて、懸命に手を伸ばして呼び声に応える。
「
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