10 別名夜鳥、今は動かない

 作戦が始まる前のJR東海道線。優先席より少し離れた座席に座り、スマホをいじっている男性がいた。揺られながら東海道本線は安倍川駅に停まっている。

 秋物のセーターとジーパンに機能性重視であるがおしゃれなスニーカー。体格よりも少し小さいショルダーバック。他の男性よりも身長が大きいゆえに一目つく。足は伸ばさず、きっちりと閉じている。

 ふわっとした茶色の短髪。前髪の一部を色付きのヘアピンでクロスさせておしゃれに止めている。優しいイケメンとも言える風貌。優しい白い雲のようにスマホを画面を見ながら四苦八苦しているようだ。頭を掻きながら、困り顔で頭をうなだれる。


「……まさか、食べたフルーツタルトがわざわざお街から買ってきたものとは……あの子のご褒美タルトとは。……いや勘違いした僕も悪いけど……」


 深い溜め息をつき、窓を見る。


「交通がなぁ……。バスで乗り換えるか、自家用車か自転車しかないもんな……。はぁ……お金がとぶなぁ……」


 泣きそうになりながら、安倍川駅から発車するのを見る。町並みを見ながら安倍川の鉄道橋の上を列車が通ろうとした──。


「……!?」


 彼は目を丸くし、窓の外を勢いよく見た。

 普通の町並みであるが、微妙な違和感がある。更に安倍川の近くでは群がるカラスのように飛んでいた。また駿府の鬼門封じがある山の方にも似たようなものが飛んでいる。

 橋を越え、駅についたとき彼はホームに降りる。降りる流れに従わず彼はホームの中一人佇み、黙って周囲を見回した。

 普通ではわからない違和感。空気や雰囲気に差異があると言えよう。知っている気配が何個もあり、引き寄せられる気配が駿府城公園から海岸に向かう気配がある。

 海岸方面には強い結界の気配がある。おそらく、強い妖怪でなければ開けられないほどのものだ。

 彼は手にしているスマホを操作し、電話帳をだす。

 身内から組織の仲間の枠にかえた。操作しながら【稲内八一】の名を押そうとし手を止めた。

 目を丸くしながら彼は空を見る。一部の黒いものが人々を無視して、駅の上を飛び越えていく。悪い気配が分散せず一つの方向に向かう気配がしたからだ。

 彼はまた【稲内八一】の名を見つめ続ける。しばらくその名前を見つめた後、男性は操作するのをやめた。


「──ああ、なるほど」


 スマホをポケットにしまい、彼は表情を涼やかなものにする。


「僕の見えないところで大事になっているのに僕を呼ばないのは……僕に関わってほしくないからか」


 彼は知る。大事なことならば、八一たちはすぐに知らせる。また本部でも情報が齎されてもいい。だが、その行動すらなく、情報も回ってきていない。男性はふぅと息をついた。改札を出て駅のビルに出ると、彼は愛宕山城の方を見る。


「……ええっと、安倍川は僕の相方と茂吉の気配。ならそっちは行かない方がいいか。変に誤魔化されるとまずいし、式神も飛んでるな。……愛宕山城側は空に啄木……。そっちに言って様子をうかがってみるか」


 宙から猿にも似た獣の面を出し手にする。


「三百年以上、久しぶりかな? 僕が組織の仕事に関わるのは」


 苦笑しながら仮面を被り、人混みから姿を消した。




 向かっていくさなか、『偽神使』が消した啄木の姿が空に見える。彼は啄木があえて気付かせ、彼は愛宕山城の方に向かう。祓いの力を感じた場所に降り立つと気配がする。

 女性二人と少女。その陰陽師の争う場面を見ていた。女性陰陽師たちの背後にいる彼はどちらを味方した方がいいかを考えた。

 多勢に無勢。ならば、無勢の方に味方したほうがいいと、彼は両手に武器を出し両手を動かした。

 複数のそれは光に反射して、女陰陽師たちに絡みつく。



「っなっ!? うごけな……い!?」



 女陰陽師の驚く声が聞こえ、真弓が目を開けた。

 刀を動かしたまま、ピクリとも動かない。信者の陰陽師が真弓の目の前におり、片方は札を出そうとした動きのまま、石像のように止まっている。


「さて、止めては見たけど、どちらが悪役かな?」


 真弓は見知らぬ声の主に気づき、陰陽師がいる先の男性の存在に気づく。

 グローブのようなものをはめて、指の先から透明な何かを出して止めている。獣にも似た画面をしているが、絵柄と雰囲気が啄木たちのつけている仮面と似ていた。

 動きを止めた相手に真弓は問う。


「っあの! もしや、貴方は啄木さんと同じ……!?」


 啄木の名が出てきたことにピクッと反応し、相手は真弓に目を向ける。


「啄木……なるほど。その名と知っている口ぶり、一人の方の君が味方側か。

なら、安心して動きを止められるっよっと!」

「「ひゃぁ!?」


 彼は両手を軽々と動かし、女陰陽師達を一瞬だけ宙に浮かぶ。手にした刀や武器は地面に落ちた。その間、両手を舞うように動かすとブチッと音がする。女陰陽師たちも地に落ちるが、両手を背中の後ろに回されていた。

 信者の一人が腕と足を動かそうとするも、全身をくねらせるだけで身動きがあまりできなかった。


「っえ……なんでまた動きがっ……!?」


 二人に真弓は近づく。いくつもの細く頑丈で透明そうな糸が二人の全身に巻き付いていた。手から出していたのは糸のようだ。細く頑丈な糸など、妖怪の世界でしか手に入らない。同時に、その糸を武器として扱う人間は決して普通ではない。

 真弓は警戒を解かず、恐る恐る彼に聞く。


「……貴方は……啄木さんを知っているのですか……?」

「うん」


 聞かれた質問に彼は首肯し、答える。


「直文、茂吉、啄木、安吾。そして、相方の八一は同期だからね。あいつらの味方なら君が無事で良かった」


 ふんわりと優しく答えた後、深いため息を吐いて頭を掻く。


「……けど、こんな大事になっているの。なんで教えてくれなかったのかな。

まあ、僕に教えたくないことだっていうのはわかるんだけどさ」


 彼は頭を掻くのをやめ、真弓に顔を向ける。


「僕はそろそろ行くよ。啄木によろしく。あと、馬鹿狐たちこう伝えてほしい。

『皆が隠すなら僕なりに調べる。今回は僕は手を出さない。けど、次から僕も関わらせてもらう』って啄木にも言ってほしい」


 どういうことなのか、真弓は混乱する。彼は手を振って、穏やかに別れを告げる。


「じゃあ、またね。転」


 風景に溶けて消えると同時に、真弓の近くに啄木が降り立つ。彼女は気付いて名を呼ぶ前に、彼は慌てて聞く。


「真弓! 無事か!? ……ここに三代治が来なかったか!?」

「えっ……みよじ?」


 困る真弓に、啄木は周囲を見回し状況を把握する。

 地面に倒れて身動きの取れない陰陽師たち。武器も地に落ちており、真弓には一切の無傷。『偽神使』たちが生成りしていた場所にはカップと破れた札だけがある。

 現状を把握しつつも、啄木は舌打ちをして拳を強く握った。


「っ……いないのか……」


 いつも以上に慌てている様子に、恐る恐る真弓は聞く。


「……あの、みよじさん……とは?」


 啄木は言いにくそうに話す。


「……八一の相方だ。……基本的にあいつは上司からしばらくの休みをもらっているはずなんだが……」

「えっと、まずいの?」

「……まずいかどうかはこの先の状況次第、かもな。ところであいつはなにか言ってなかったか?」


 言葉の意味がわからず、真弓は先程のありのままのセリフを伝える。その言葉をありのまま聞いて、啄木は仮面越しから顔を押さえた。


「はぁ……時間の問題だったか……。真弓を助けてくれたことに感謝はするが……今回関わらないのはありがたいが……っこのことを今考えてても仕方はないか」


 啄木は息をつき、本筋に戻る。


「今はあいつが捕らえてくれた陰陽師たちに話を聞こう!」


 真弓は頷く。

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