🌂3ー3章 梅雨の時期に語られる過去話
隠神刑部の心情
この時代に、あの子が生きているなんて、思わなかった。
初めてこの目で見たのは、あの夏祭りの踊りの練習の時かな。顔付きがとても良くて、親しい後輩に囲まれて幸せそうだった。見た瞬間に、衝撃と共に蓋をしていた思いが途切れ途切れに出てくる。
悲しみ、喜び。罪悪感、多幸感。自分への怒り、彼女に送る願い。
俺は昔のあの子のちゃんとした意味で守ってやれなかった。今のあの子がこの平穏な時代で生きているのを非常に嬉しく思った。
相反するようで、絡み合っている彼女への思い。
ほっとしてしまった。ああ、これで俺は報われる。俺はやっと息をつける。彼女が組織のことを思い出さず、今代で俺が頑張ればあの子は普通の生活が送れると。
俺は組織の半妖の仕組みを心の底から糞だと思ってる。
組織の仲間や上司、そこに関わる人のことを言っているのではない。仲間は頑張っているし、上司には恩があるし、あの人は俺達以上に厄介な物を自分から抱えていく。
自分自身が罪。それを常に自覚。残酷非道もやってのけなくてはならない。
有り得ぬ半妖。組織の半妖。善良さを混ぜられて、再利用される地獄の罪人の転生体。現世の獄卒。それでも、罪人であるのは変わらない。何なんだこれはと思う。要は、苦しめという意味だ。地獄の刑罰も現世と同じように苦しみで支払われる。
俺はいいよ。俺は慣れてるからいい。
でも、あの子は違う。あの子は人の営みや、人の住む街、人の家族を見るのが大好きで、人の事が本当に大好きなんだ。
いくら罪人といえど、あの子は人を殺すのは好きじゃない。死ぬ場面が見るのも好きじゃない。
人を殺す機会は多くないが、少なくもない。大陸からの外国や国内から俺達を探ろうとするもの狙うものもいる。そんな彼らを殺すのも仕事。
……中には殺生を好まぬ半妖もいる。その場合は、別の仕事が割り当てられる。あの子は人の殺生は好まぬタイプ。なのに、俺の手伝いをしたくて俺と同じ戦闘要員になった。俺の役に立ちたいと献身して、俺もそれに応えてあの子の手を汚さぬよう心がかけてきた。
けど、あの子は、別の任務で仲間を守るために手を汚してしまった。不可抗力、または正当防衛とも言う結果で、あの子は人を殺してしまった。
そこから、少しずつ様子が可笑しくなっていく。
二回目でもう、彼女の心はもたなくなった。
二回目は、彼女が悪く、彼女は悪くない。誰もが悪く悪くないと言う言葉が正しいのだろう。両成敗なんてそんな纏まったもので、一括にしないでもらいたい。
その後、あの子は……どうなったけ。
俺が手を掛けたのは覚えているけど。
ああ、やらなきゃいけないことをやりすぎて、抱えなきゃいけない荷物が多すぎて所々が忘れてしまっている。けど、
それが、あの子の為になるから。
葵タワーの天辺から落ちてから、記憶が途切れ途切れだ。
せめて落ちて死のうと思ったのに駄目だった。
あの子が山に入ってきたと聞いて、途中からあの子と一緒に死のうっていう変な思考になっていたし危うかった。あの子が俺を知りたい理由で、来たのは嬉しいよ。
でも、違う。
俺はあの子には普通の人として生きてほしいのだ。
俺が首に斧を立てたあとどうなったんだ。
死んだのか。生きているのか。
わからない。死んでるなら万々歳だ。
遠くから話し声が聞こえてくる。
なんだろう。内容からして俺の話らしい。
ああ……丁度いいや。その話を聞きながら、消滅の間際まで、昔を……過去を……思い出を一つずつ思い出してみようかな……。
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