6 紫陽花と狸さんの対面

 澄は学校中を移動する。二階、三階。離れの体育館や運動場まで、何かを起きるかと思って動いてみるが起きている様子はない。狙いは澄だけのはず。相手側から動きがない様子に少女は疑問を抱く。


「……何が狙い? 様子を伺うにしては……違和感があるな……」


 ここがあの雲鏡外の中であるならば、何が出る方法があるはず。彼女は近くに自身の姿が映る窓ガラスを見る。反対側ではせっせと文化祭の準備をしている。

 危害を加えるつもりがない。ならば、ここに閉じ込めて置くつもりのほうが高い。

 閉じ込めておくならば、捕まえる方法もあったはずだ。澄は窓を見て考えていると、後輩の話を思い出す。


「……紫鏡!」


 奈央がかつて鏡に関する都市伝説を話してくれた。

 紫鏡。紫の鏡、パープルミラーなどの言葉を成人するまで覚えていると呪いにかかるという。具体的には不幸になる。鏡の破片に全身を刺されて死ぬ。結婚できないなど。水色の鏡と言えば解除されるらしいが、ここは妖怪の中。出してくれるとは限らない。

 だが、帰還方法は何とか思いついた。男女の協力が必要になる。学校のどこかに水色のペンがあったはずだ。その水色のペンを鏡に塗りつけて、合わせ鏡にしながら『鏡と現し世の水色鏡の間にある白い水晶。ホワイトパワーを開放し、紫をピンクの鏡に変えろ』と呪文を唱える。

 無論、思い付いた方法が上手くいくかはわからない。言霊という言葉があるのだ。馬鹿にはできないはずと考えて、澄は水色のペンを教室か職員室で探す。それらしきものを見つけて、色を確認してから教室を出る。


 気配を感じて咄嗟に彼女は札をかざした。


守護しゅご急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう!」


 澄に手が伸びていた。その手は光った札によって弾かれ、札は消える。彼女は急いで下がって、手の伸びた方向を見た。

 男だ。大柄の男でスーツを着ている。学校中を探し回って、男のような存在はいなかった。男は澄の顔を見て、懐から紙を出す。彼女の特徴が描かれた紙らしく、紙と澄を交互に見つめて、不思議そうに見つめてくる。


「……こいつが本当にそうなのか? 陰陽師じゃなく? 本当に生まれ変わってんのか?」


 陰陽師、生まれわかる。男からこぼれた言葉に澄は首を横に傾げた。 


「……それは、なんだい?」

「勘違いか? だが、似顔絵通りに似てるしなぁ」


 重要なワードを吐いたような気がしたが、そのような気を回している場合ではない。相手は人間なのか。人間でないのはわかるが、人の姿をしていると油断をしてしまう。

 一枚の札を投げて、男に札が当たった瞬間に言霊を吐く。


拘束こうそく急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう!」

「っ!?」


 男は動かなくなると、澄は急いで駆け出した。あの二人だけでも早く逃したほうがいい。拘束する時間はいつまで持つかわからない。教室中を調査して、鏡のある場所を見つけた。二人がいる場所の教室に入り込んで、鍵を締めていく。

 澄が現れたことで二人は驚き、女が駆け寄る。


「ちょっとあんた。帰る方法思いついたの!?」

「シッ! 声静かに!」


 澄の静かにのジェスチャーを出す。

 女は文句を言おうとしたとき、遠くから複数の足音が聞こえてきた。女はすんでの所で黙り、男も息を呑んで微動もしなかった。教室の窓から複数の影が通り過ぎていく。足音が近くを通っていき、足音が遠退いていく。

 長居は危険だ。彼女は二人に話しかける。


「外に出る方法を思い付きました。……出れる確証はありませんが、これしか思いつく方法がありません」

「なら、急いでやりなさいよ!」


 命令して声高に声を上げる女に、澄は冷静に対応する。


「いいえ、急ぐとあの追手に気付かれます。慎重に行ってやり方をお教えいたします。……今は協力してください」


 澄の言う通りだ。かっかして怒っているだけで状況は進まない。流石に見てられないのか、男は女をたしなめた。


「おい、もういい加減しろ。すぐにキレるのはお前の悪いところだぞ?」

「けど、この子が落ち着いているのが悪いのよ!? 本当はあの男たち協力して私達をおとしいれようとしてんじゃないの!?」

「だから、いい加減しろって言ってんだよ! お前のその怒りっぽさには飽き飽きだ!」

「あんたまで私をおとしいれようてしてんの!? 最悪!」


 被害妄想まで出てきており、流石に澄は二人の間に入る。


「待ってください。喧嘩をしている場合ではありません。それに、御二方だけでも帰しますから落ち着いてください!」


 澄の言葉に二人は止まるが、少女の言葉に男は動揺して女は腕を組んで不敵に笑う。


「ならいいのよ。さっさと帰す方法を教えなさい」


 上から目線で言われながらも、文句を言わずに澄は頷いた。

 彼女たちは教室から出ていく。


 警戒しながら鏡がある教室に行くが、その間に先程のような男達を見かけることはなかった。目的の教室について、三人は中にはいる。早速ペンで鏡をインクが無くなるまで全面を塗る。水色の鏡が出来上がり、二人に説明をした。


「水色の鏡に貴女の手鏡をかざしてこう呪文を言ってください。『鏡と現し世の水色鏡の間にある白い水晶。ホワイトパワーを開放し、紫をピンクの鏡に変えろ』──」

「鏡と現し世の水色鏡の間にある白いの! さっさとホワイトパワーを開放し、紫をピンクに変えなさい!!」


 女が手鏡を掲げて自棄になって呪文を言うが、澄は息を呑んだ。


「っ! 呪文が違います!! ちゃんと言わないとだめです……間違えると……!」


 女の手にした手鏡と水色の鏡が光る。澄は急いで手をのばす。女は喜々とした表情で、体が粒子と化しながらその光に飲み込まれていく。

 手鏡は地面に落ちると、男と澄は目の前に起きている光景に息を呑んだ。

 女は水色の鏡の中にいるのだ。女は嬉しそうに周囲を見ているが、段々と状況がおかしいと気づいたのか。何かを叫んでいる。何度か叫び続けているあたり、彼女は外には出れていないらしい。

 男は呆然として、その鏡の中にいる女を見ている。


「何が……起きているんだ?」

「呪文を間違えたんだよ。呪文を間違えて、その水色の鏡の中の世界に閉じ込められたんだ。災難だね♪」


 二人は驚いて振り返ると瓦煎餅かわらせんべいかじりながら、微笑む茂吉がそこにいた。見知らぬ相手に二人は驚き、煎餅を食べ終えて息をつく。新たな敵かと澄は警戒するが、茂吉は手を掲げて静止の合図を出す。


「はい、警戒はここまで。俺はむしろ味方だよ♪」


 茂吉は学校に怪しげな気配を感じてやってきたのだ。袋から菓子を出して、二人に袋に包まれた菓子が投げ渡された。手にして見ると、見覚えのある煎餅屋の煎餅だ。


「それあげる。元の世界のものだから食べて。理由は黄泉戸喫ヨモツヘグイの逆バージョンって言葉で察して。食べて現世にずっと留まるような不老不死にはなんないよ。けど、食べると帰る確率は格段と上がるぜ☆」


 澄も話には聞いたことがある。黄泉戸喫よもつへぐい。死者の世界の国のものを食べると帰れなくなると言う。日本や別の世界でも見られる伝承だ。信用してもいいのかと男は考えているが、澄は袋を開けて瓦煎餅かわらせんべいをかじる。

 茂吉は目を丸くし、彼女はかじりながら話す。


「……やっぱり、瓦煎餅かわらせんべい。素朴で美味しいですね」

「えっ、いや、ちょっと待って。急に食べる?

俺、唐突に現れたんだよ? ふつー怪しむよね?」


 困惑する彼に、澄は不思議そうに瞬きをする。


「怪しむなら、この煎餅に細工をしてないとおかしいですよ。それに、細工をするならこの煎餅の袋が破れてないとおかしいですし、食べてもただの普通のお煎餅です」

「……へぇ、大胆な娘さんなこと。……っと、お兄さんも早く食べなよ。いつここに男達が戻ってくるのか、わからないんだからさ」


 唐突に現れた相手に指摘されて、男は戸惑いつつも袋を開けて煎餅をかじる。

 煎餅を食べ終えたあと冷静さが戻ったのか、男は顔を上げて茂吉に聞く。


「そうだ。なぁ、鏡にいるあいつを出してやれないか!? 怒りっぽいとはいえ、あいつは俺の彼女で……」


 茂吉は瞬きをして微笑みながら。


「無理だよ? あれ・・は無理」


 切り捨てるように答え、男は言葉を失う。茂吉は鏡の中にいる女を指して話す。


あれ・・は元の世界に帰ったわけじゃない。鏡の世界の人のいない何処かの世界。鏡の向こうの向こうに飛ばされた状態だから余計に無理。ほら、その証拠に向こう側のあれ・・は俺たちが見えてない」


 言う通り、鏡の中にいる女性は見ている三人を気にせずに教室から出ていった。指差すのをやめて、にこにこと話し始めた。


「鏡一枚隔てられたなら見えてるだろうねぇ。けど、合わせ鏡で鏡の遠く向こうの世界に飛ばされたから俺たちが見えないのさ。コチラにとっての鏡は魔力を宿した鏡だから向こうが見える。けど、向こうにとって、向こうの鏡はただの鏡になったのさ。まあ老いることもないしお腹を空かせて死ぬこともないから、あれ・・は大丈夫だろう♪」


 発言に男は目をまんまるした。もう助からない。永遠と一人で彷徨う羽目になったのだ。餓死しないというが、それ以外に出る方法は一つだけしかない。

 人がいない世界で人を探し続け、同じ風景と終わらぬ時間に発狂し、精神を追い詰められて命を断つ。つまり、自殺だ。

 八つ当たりされて、見下されても、このような仕打ちはないと紫陽花あじさいの少女は思った。また人の命をどうでもいいと顔をしている。澄は怒りの顔を茂吉に向けた。


「私は……助けてくれようとするのは嬉しいです。感謝します」


 強く拳を握って、口を開いた。


「でも! そういう命を切り捨てるのは好きじゃない……。嫌いです。大嫌いだっ!」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る