12 安倍川の狐と狸1
安倍川下流では激しい水音が立つ。だが、それに気付く人々は居ない。安倍川で行われているものを普通の人は見えない。見えるのは霊力が強い人間だけであり、見えたとしても介入はできないであろう。
大きな斧を振り回す半妖と何本かの刃物を投げつける半妖。それを交わしていく陰陽師との戦いなんぞに参加は難しい。
茂吉の振り回す斧を陰陽師は背中を後ろに曲げ躱す。ヒュンッと音がするのを聞こえた。陰陽師は地面に手を付きながらバク転の要領で立ち上がる。
石が多い場所でのバク転を難しいこなす陰陽師に茂吉は口笛を吹いた。
「へぇ……ここまで避けてきてるけど、川の中なのによく動けるねぇ? 安倍川の下流って砂利と石が多いから動くの難しいと思うけどね。なかなかじゃん。さっすがー!」
指をぱちんとならし褒めるが、陰陽師たちは褒め言葉を受け取れない。捲り上がっている身隠しの面の布から口元が見えた。引きつっており、向けられた茂吉の言葉に拒否感を示していた。
「さ……流石じゃねぇ……!」
大きな斧が風を切るほどに軽々と振り回し、攻撃をしてくる。陰陽師は避けるのに精一杯であり、その斧を振り回している本人は余裕綽々。褒め言葉よりも煽りにしか聞こえない。
もう一人の陰陽師と八一の距離は約200m先離れているが、陰陽師は苦戦している。八一は尾を消して、両手にある
投擲がエグいせいか、陰陽師がいる場所にも余裕で届く。陰陽師は刀や結界で防ぐが、目で追えないものも投げられる時がある。それはあえて外されているものであるが、すれすれを通るため笑えない。
八一は更に本数を追加する。
「おにぃーさん。次二十本いくぞー!」
「はぁ!?」
景気のいい声に、陰陽師は素っ頓狂な声を上げる。手品のように指の間から出していき、八一は一歩踏み出して勢いよく投げた。
刀を振るって弾いては躱し、更に
「……っ……!」
「くっそ!」
武器を構えて、果敢に立ち向かおうとする。面で顔は見えないが、肩が上下している辺り体力の消耗は激しいようだ。
数十分ほど陰陽師たちと戦い合っている。茂吉と八一は陰陽師二人を見つめ、考えた。
半妖の彼らは陰陽師に対して、妖怪としての力を使っていない。身体能力だけで圧倒し、体力の消耗をさせているのだ。体力を消耗させても、逃げない姿勢に茂吉と八一は疑問を感じていた。
「なぁ、八一。普通なら、逃げてもいいよな?」
「ああ、普通ならな。陰陽師の全員が武士や侍の精神、兵士のような心持ちを持ち合わせているわけじゃない。陰陽師の専門は占いに魔祓いだ。しかも、今の陰陽師は現代人」
八一は彼らをまじまじと見つめた。
陰陽師はアニメや漫画などでは正義の人物として描かれている。しかし、本当は戦い専門ではない。そうせざる得ないために武器を持っている。故に、敵前逃亡は臨機応変で使い分けるはず。だが、二人と戦っている陰陽師は逃げずに、体力が激しく消耗しても戦おうとしている。
これ以上はまずいと考え、八一は声をかけた。
「おーい、陰陽師さんたちー! ここまでにしよう!」
「……はぁ!?」
キレながら返事をされるが、声色からふざけるなとも取れる意味合いの感情を感じる。二人は引っかかりを感じ、八一は尋ねる。
「陰陽師さんたち、疲れてるだろ? 逃げないのかー!?」
大声で尋ねた瞬間、陰陽師たちは煽りと受け取ったのか声を荒げた。
「ああ!? 逃げるだぁ!? ……逃げられるわけねぇだろが!!」
「っ……それが出来たら! こっちは苦労はしないんだよっ!!」
陰陽師たちは武器を構えて走り出す。
陰陽師たちの反応に二人は、まさかと考える。
一つだけ思い当たることがあるのだ。本部で話したと真弓と『変生の法』について。『変生の法』を受けて生まれた子は、その魂に『変生の法』による呪のような物がある。その呪が発動して、彼らが逃れられないと言っているのであるならば。
「あの反応からして二人は信者というわけではなさそうだけど」
茂吉は武器の斧を消し、八一も指を鳴らして
「まあ、信じてた人から裏切られるのは辛いだろうな」
同情をし、八一と茂吉は体勢を切り替える。
刀を振るってくる陰陽師を茂吉が対応し、八一がもう一人を対応した。
刀が斜めに振られる前に、茂吉は陰陽師の真横に移動した。手首を一瞬だけ強く掴み、陰陽師は声を上げる。
「いっだぁ!?」
骨を折るまではいかないが激痛を走らせる程度にし、陰陽師の手から刀を落とす。空いている手で首に手早く手刀を入れる。刀の陰陽師は力なく前に倒れようとするのを、茂吉は受け止めた。代わりに刀が川の砂利の上と音を立てて落ちていく。
もう一人の方は何かを唱えたあと札を消し、拳を構える。
「でぇやぁ!」
向かい来る陰陽師に向かって、八一は勢いよく地を蹴った。その姿は一瞬だけ見えなくなり、陰陽師は困惑の色を見せた時。
鈍い音が響く。
「っ!?」
陰陽師の短い悲鳴が口からもれ、顔を上げた。八一はその陰陽師の懐の近くに降り、下顎から殴った状態でいる。強い衝撃でアッパーをかけられた陰陽師は地に落ちようとするが、八一が受け止める。
俵担ぎで抱え、ふぅと息をつく。
「……よし、脳震盪でしばらくは起き上がれないな」
茂吉は呆れて、八一に声をかける。
「お前、脳震盪って……エグいな」
「それはどうも。……さて……」
八一は担ぎながら何かを呟き、茂吉も抱えながら何かを呟く。二人の手からはほんのりとした小さな光が現れ、陰陽師たちを一瞬だけ包むと消えた。二人から異様な気配は無くなる。だが、彼ら陰陽師から感じる良くない気配はまだあった。
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