9 啄木のトラウマ1

 何枚かの破壊力抜群の札と強力な結界の札が返された。呪具は借りる形で葛達が預かる呈となる。海原百鬼夜行は他の退魔師や同業者と一時的に協力をして、警備や退治をする。が、一人が巨大な力を見せると「もうあいつ一人でいいんじゃないか」と士気を下げる可能性があるのだ。また、後々言及され怪しまれる可能性もある。

 重光たちは参加できなかった実力のある友人から託されたと誤魔化した。

 名刺などの証拠も見せ、その場は何とかごまかせたという。啄木の医者としての信念は三人は理解していたが、流石に度が過ぎていると注意をされる。

 彼自身もやりすぎたかと考えていたが、指摘を受けて改めて反省をする。勉強を見終えて、啄木は三人に見送られながら去った。


 虫の鳴き声と小虫などが飛んでいる。

 監視や追跡の式神系を放っている気配はない。だいぶ離れていく中、啄木は肩の力を抜く。バス停ではなく、海辺に近づいていく道を歩きながら頭をかく。


「……変なミス犯したかもな」

《かもではなく、犯したのですよ。まったく彼女のことだから余計に熱くなりすぎです》


 耳元で安吾の声が聞こえる。足を止めて啄木は溜息をついて、声を出す。


瘴気しょうき源泉げんせん……悪意の奔流ほんりゅうにまた潜り込んでるのか? 安吾。去年やっと出てきたと思ったのに、またか……」

《残念そうにしないでください。仕方ありませんよ。これも、僕の仕事ですから》


 安吾は、悪意や負の気配を辿って妖怪や人を追う捜索する役割がある。耳元でため息が聞こえた。


《……ここ最近貴方が部屋でなにか札を作っていると思ったら……思いっきり貴方の力を元に組み上げた浄化の札ですか。まったくえげつない。やりすぎです。何をしているのですか》


 呆れた相方の声が聞こえ、啄木は不満気に空を見る。


「……俺は、彼女に人として生きてほしいだけだ」

《ですが、やりすぎです。目立ってますし、三善真弓さんに関して過剰な反応です。適度、という言葉。ご存知ないわけ無いでしょう》

「手厳しいお言葉だな。安吾」

《当然です。僕は相方として注意しているのですよ、啄木。注意と制止も相方としてのお仕事だと思ってます。貴方は冷静見えるように思えて、意外と熱い男なんです。

貴方の出る幕まで大人しくしていれば良いのですよ。……はい、お小言はここまで。僕は僕のお仕事に戻りますよ》


 ふっと周囲に気配が消え、啄木は再びため息をついた。

 何度か頭を掻いて、彼は気難しそうな表情を取る。相方の言葉を受け改めて反省するがまだ腑に落ちていないようだ。

 彼は何回も溜息をついて、止めていた足を動かす。

 暗い道路を外灯頼りに普通の人は歩いていくが、啄木の歩みは何処か怯えを見せるようであった。海辺に近付いていく度、歩みの速度は遅くなる。

 表情も近付くたびに、苦しげに息を吐く。

 夕方、これたのはまだ明るかったからだ。自身で何が起きているのか、啄木は重々承知している。

 嘲笑ちょうしょうを彼は己に向ける。


「……弱くなったつもりないんだけどな。……昔に母さんと他の人に助けられても、まだこのざまは流石にいただけないな……」


 汗を流しながら移動した。

 真っ暗の中、潮の香りが強くなっていくたびに啄木は思い出す。

 船に揺られ、陸が離れていく。遠くの陸では祈りながら息子の無事を願う母親。多くの松明がその母親を覆っていく。

 彼は離れゆく中、何度も助けを求めた。神にすらも助けを求めた。しかし、応えることなく、彼の母親は無惨に死んだ。彼を助けた一部の村人だけが、彼の母を埋葬してくれたのが救いではある。

 彼の中でよぎるのは、二つのうちの一つの古傷トラウマ。彼は深呼吸をして気力を込めて一歩を強く踏み出す。


「……まだ守るべきもんを失ってないんだ。昔の事なんて、どうでもいいだろう」


 袖で汗を拭いながら、ゆっくりと踏みしめる。

 海辺に近づく度、遠くから刀を持つ人が見えた。巡回するように数人が行き来しており、退魔師の警備だとすぐに把握した。海岸に一般人が近付いても気付かない。啄木は一般市民のふりをしようと、歩いて海岸の前にたどり着く。

 巡回をしている人間は啄木の姿に気づく。

 危ないと声をかけようと、一人の男が身隠しの面を外して声をかけてくる。


「ちょっと、お兄さん。少しいいです──」


 声をかけられる前に、啄木は言霊を呟く。


避渉へきしょう


 周囲に見えない波紋が広がる。その波紋を受けた男性は、啄木に声をかけるのをやめて身体を90度に回転させる。そのまま、海岸を離れていった。また海岸の砂浜や海岸近くにいた数人は海岸から去っていく。

 強めの人避けの結界を張ったのだ。周囲に人が残っているか気配で探り、存在の有無を確認する。

 人が居ないと確かめ終え、啄木は海に首を向けた。波の音だけが聞きこえるが、奥でブクブクと泡が立っているのが見える。


「……海に苦手意識は少しあるだけで、任務に支障なんてだせないしな」


 巨大な力を使われ仲間の大半が減ったせいか、ビビって身を潜めた妖怪が何体かいる。退魔師がいなくなり、警戒する必要もなくなったと思ったのだろう。

 海から、船幽霊や海座頭、磯女や濡れ女などの妖怪が現れる。一人だけだと高をくくって出てきたらしい。彼らは意地悪く愉快そうに微笑んでいる。


[おい、人間だぞ。一人だけになってるぞ]

[馬鹿なのかなぁ? 馬鹿なのかなぁ? 一人だけでいるなんて。馬鹿なのかなぁ]

[殺されに来たんだな。殺されに来たんだな!]

[さあ、さあ! 楽しい祭を始めようぜ!!]


 ケラケラと笑う妖怪たちの声。海から上がり、啄木に向かい進む。煽られた声を聞いても、啄木は動揺せず宙からさやに収めた太刀を出して握る。

 油断大敵。この四文字を送る前に、既に彼らの死は決まっていた。彼等は人からも妖怪からも自らの正体を隠し、隠蔽することに長けている。

 啄木は白沢はくたくかたどる身隠しの仮面を出す。


「……さて、あの三人に迷惑かけた分は働くか」


 彼は仮面をつけた。



 啄木にとっては火に飛んで入る夏の虫。妖怪達にとっては後の祭であった。


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