20 ほしがること

 持ち込んだ勉強をなんとか終え、啄木ととも真弓は夕飯を旅館の個室で食べる。

 勉強をしている間、直文達には先に夕飯を食べてもらった。もう少しで終わるという間際であったため、先に食べてもらっていたのだ。

 個室の座席に座る。運ばれてくる料理に真弓は感嘆していた。


「わぁ……すごい……!」


 小さな舟盛りには定番のマグロにアジやタイの刺し身。エビや貝がある。タイの煮付けやトマトや色味のある野菜を美しく盛り付けた副菜。サザエやアワビなどの貝が、小さな網の上で焼かれていた。ご飯と汁物も上品な器に飾られているが、味は間違いない。


「流石、海の近くにある街だ。こんなにいい多くの海のものを食べれるなんて……嬉しいな!」


 好物ばかりなのか、啄木は嬉しそうだ。二人は手を合わせて、食事の挨拶をした。


「「いただきます」」


 啄木と真弓は箸を手にして、用意されている料理に伸ばす。

 二人は舟盛りの刺し身から手を伸ばした。啄木はわさび醤油をつけて、真弓は醤油をつけてわさびを乗せる。

 それぞれ口に運び、咀嚼そしゃくしていく。口の中に広がる旨味とわさびと醤油の組み合わせ。魚の臭みもあまりなく、新鮮さで魚の良さが伝わる。真弓は表情を喜色に満たして、頬を押さえた。


「……美味しい! 伊豆のお魚、美味しいよ! 啄木さん」


 啄木はもう一切れ、箸を伸ばしてわさび醤油で食べる。満足気に彼は笑っていた。


「っあー……本当に上手いな。これ日本酒が欲しくなるな。一杯行きたいな」


 くいっと飲む仕草をするが、テーブルにお猪口ちょこやビールのグラスなどはない。真弓は不思議そうに聞く。


「啄木さん。お酒、飲まないの?」


 大人である啄木なら飲むと思っていたが、彼は首を横に振る。


「一人なら飲んでるし、それに個室で同席している未成年目の前で飲むわけにいかない。葛と重光が同席してるなら飲ませてもらう。あっ、サザエはもう少し火を通したほうがいいぞ」


 良識のある答えを言われながらも、指摘される。サザエに箸を伸ばそうとした箸を真弓は引っ込めた。代わりに創作料理と言える色彩豊かな野菜の料理を食べていく。

 料理の美味しさに二人は黙々と食べる。食い意地を張っているわけではない。歴史ある旅館の中。旅館自慢の料理の前では二人は黙ってしまう。真弓は味噌汁をすすって、一息つく。

 啄木を一目見る。ほくほくと食べており、表情が緩んでいた。花を飛ばしているように見えた。

 気を緩めている姿は初めて見た故に、真弓は思わず微笑んで。


「かわいい」

「……ん?」


 聞こえないように呟いた筈が、啄木は気付いて真弓に顔を上げた。


「どうした? 真弓」

「えっ、ううん! なんでもないよ……! あっ、啄木さんはなんで魚料理が好きなの?」


 話題を切り替えて聞くと、啄木から怪しまれる。仕方なさそうにため息をついて、啄木は話した。


「魚は当時の俺にとって、滅多に食べれない高級なものだったからだ。今は満ち足りてるけど、昔はこんなに美味しいものを食べれてたわけじゃないんだ」

「あっ……ごめんなさい」


 真弓は啄木から聞いた過去を思い出し謝る。人に親を殺されたのである。啄木の語った一端の過去は悲惨だ。だが、啄木は平然としており、穏やかに微笑んでいた。


「良いって。食べれるものに困ったのは、当時の環境が環境だったからな。そこに、辛い過去はあまりない。今がもう恵まれてるから大丈夫だ」


 環境のせいだとしても、彼にとって辛い過去ではない。このことが真弓の胸を苦しめる。顔を俯かける前に、啄木が仕方なさそうに声をかけてくる。


「今恵まれてるから大丈夫だって言っただろ。安吾達もいるし、真弓達と仲良くなれてる。それだけでも恵まれてるんだ」


 現状の満足を言っているが、真弓は別の意味に聞こえた。

 啄木が自分の幸せを諦めているかのように。おかしいと思い否定しようとするが、喉につかえて言葉が出なかった。何故出ないのか、真弓はわかっていた。啄木が本当に満足気に話して笑っているからだ。

 真弓は思っている気持ちを吐く。


「……啄木さんは欲しがってもいいと思う」

「俺は自分を欲しがりだとは思うけど、他人から見れば欲張りに見えてないかもなっと」


 彼はサザエを手にして、箸で器用に取り出す。中身の全てを綺麗に取り出し、啄木は口角を上げる。


「俺が欲しいものを口にすると、ないものねだりなる。ないものねだりしても、欲しいものは手に入らないだろう? 俺の求めたものはもう手にはいらない。だから、今を失いたくない。これ、結構な欲張りだと思うぜ」


 話してサザエの身を食べていく。 

 ないものねだりとは何かと聞くのは不謹慎だと考え、真弓は口を紡ぐ。推測はできる。彼の欲しいものは、失った家族と亡くなった片思いの人。正真正銘のないものねだり。絶対に手に入らないものだ。

 それ以外にどうやったら恩を返せるのか、今まで考えてきたが話を聞き思いついた。真弓は提案をした。


「なら、啄木さん。貴方のほしいものを作っていこう。大切な人とか、楽しい思い出を作っていこうよ!」


 失ったものを手に入れられないならば逆の発想をすればいいのだ、と。啄木は言われて呆ける。

 昨日や今日だけのことではないこの先もあると、真弓は想像をした。啄木と一緒に色んな場所や色んな人にあって日々を過ごしていく。楽しげに想像し、真弓は話を続けた。


「今日の海水浴とか、これから先のこととか。この先の思い出を私達で作ろう。お兄ちゃんと重光さんもいるもの。失ったものには敵わないかもしれないけど、その分楽しい思い出を作れば大丈夫。寂しくなっても楽しい思い出の証が残る。だから、私達と一緒に思い出を作っていこう。啄木さん!」


 笑って見せ、真弓はこの先の展望に希望を示す。暗い思い出をふきとばすほどの、啄木の中に残るほどの楽しい思い出を真弓は作りたかった。彼女を瞳に写し、啄木は悪戯っ子の微笑みを作る。


「真弓。俺よりかっこいいなんじゃないか? むしろ、イケメンって言ったほうがいいか」

「えっ」

「あっはは、悪い。冗談だよ。冗談」


 明るく笑ってコップを手にし、水を飲んでいく。一息おいてコップを置き、啄木は明るく話した。


「真弓の言ってること。とっても最高だ。理想論って言えばそこまでだけど、それが励ましの背中押しなら最高だ。俺は元気が出たよ。ありがとう」


 白い歯を見せて、無邪気に微笑む。彼の微笑みに、真弓の胸が高鳴る。ドキッとし顔が熱くなる現象を不思議に思いつつ、明るく笑ってみせた。


「なら良かった! あっ、啄木さんには話しにくいことあるかもしれないけど……何かあったらできることはするね!」

「ああ、サンキュ」


 にこやかに話して、二人は談笑しながら食べていく。





 夕食を取り終えたあと、啄木は真弓を宿泊している部屋の前まで送ってくれた。部屋の前につき、啄木は手を降る。


「じゃあ、ここまでな。早く風呂に入って、早く寝ろよ。おや」

「あの啄木さん!」

「うお、びっくりした。どうした?」

「陰陽師の件の別件。海からの邪気はどうなるの? 私達と違う派閥の陰陽師たちはここを狙わない?」


 声を遮ってまで、彼女は聞く。楽しさで忘れかけていた海の邪気の件。陰陽師の件も解決しているわけではない。今後の予定と推測を聞きたかった。啄木は聞かれた質問に答えた。


「その件は俺達の方で何とかしておく。陰陽師の件も俺達の管轄かんかつに入ってきてるし、解決するつもりだ。大丈夫だから、真弓は有里さんと一緒に休んでおけ」

「……啄木さんたちが実力者なのはわかるけど、私はむぐっ!?」


 唇の間に何かが押し込まれる。


「はい、これ口に入れて」


 啄木は人差し指でゆっくりと押し、それを真弓は受け入れざる得ない。歯に硬いものが当たった。舌の上に乗せると甘みと果汁の程よい酸っぱさが口の中に広がる。片手には雨が入っていた袋らしきものがある。啄木はゴミをポケットに入れ、別のポケットから黄色の飴玉の袋を見せた。


「のど飴。普通のお菓子にも使えるぜ」


 戸惑いながら舐めていると、彼は微笑む。


「本当に大丈夫だって。なんだったら、同室の有里さんを守ってやれ。その方が真弓たちにも得だ。じゃあ、頼むよ。おやすみ」


 今度こそ手を降って啄木は去っていく。真弓は心配そうに飴玉を舐めていた。




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