2 陰陽師との遭遇

 夕食までに時間はあり、花火の少女は直文に地域を案内すると適当な理由をつけて再び外に出た。電話で茂吉を呼び、近くにあるハンバーガーチェーン店で二人はポテトとナゲットを買って椅子に座る。二人でお喋りをしていると、直文の隣に座る男性がいた。大量のハンバーガーの山を見てすぐにわかった。


「こんにちはー☆ はなびちゃん、直文!」

「こんにちは、寺尾さん」


 茂吉はニコニコと笑う。期間限定とを一個ずつ。メニューの全種類一個ずつ買ってきた。ドリンクも買ったらしいが、絶対に映画館で飲むサイズでないと足りない。直文はいつものことで慣れているが、依乃と周囲の人々は慣れてはいない。花火の少女は内心店員に同情した。

 ハンバーガーの包を開けながら、茂吉は二人を見る。


「話は聞いたよ。『まがりかどさん』ね。関東と東海の都市部で起きている曲がり角での事件でしょ? この情報についてなら重要性はないから話せるよ。これ、実は妖怪や怪異じゃない人為的なもの。怪異の発生も当然人為的だ。これは、あんごーのお墨付きだよ。なおくん」

「神の血を引く天魔雄の半妖が言うなら間違いない。あいつの悪意察知は正真正銘だからな」


 今回の件が妖怪や怪異の仕業ではない。ナナシの時のように作為的に発生させて、事件を引き起こしているのだ。理由がわからず、依乃は疑問を吐き出す。


「なら、何故、都市部で事件が多く起こさせているのでしょうか……」

「……怪談を利用し、怪異をより多く誕生させようとしているのかもな」


 直文の言葉に茂吉はてりやきのハンバーガーを食べながら納得をする。


「あー、なるほどね~。可能性は高いね。人が多い場所ほど、怪談の出生率は高くなるね」


 創作怪談、所謂洒落怖は話自体が本体であり、筍のように生まれてくる。妖怪の誕生の仕方を依乃は知っている。人がいる場所で怪異は生まれる。その為都市部などの人口や人の流れが多い場所は、情報の伝達速度も半端なく怪異も生まれやすい。これを知るのは、組織か退魔師系の職業だけだ。


「けど、誰が何をどうしようとしているの?」


 茂吉の問に、直文は小声で話し始めた。


「恐らく復権派の残りだろう。怪異を利用して妖刀を作り出す可能性がある。人の血を利用し、その血を浴びた刃物を使用するかもしれない。課程は違えどいくつか呪術に覚えがある」


 直文いわく、人の血とは組織の半妖を狂わせるもので暴走させる可能性を持つ。それほど強い陰の力を持つとのこと。各個人で血の力は違っており、その血の力を総合して呪術の刀を作るつもりなのだろうと推測を述べた。


「その何人かの中に、血生臭いのを得意とする奴がいるらしい。犠牲もなく怪異の意図的発生は力ある妖怪や神でないと難しいだろうな。もっくんの予想は?」

「なおくんと同じ。一年前の夏にお前が大半の有力なやつをやって、その根幹となるナナシを消されたから、別に脅威となりうるものを作ろうとしたんだろう?」

「ああ、幸い人が亡くなってないようだ。この件は正直言って穏健派の彼らに任せてもいい。俺達は慈善事業じゃない」


 断言をした直文の顔を見て、花火の少女は驚いていた。依乃としては大切な人が危険な目にあってほしくないのだ。だが、直文達が正義の味方ではないのを思い出して、落ち込もうとしていると、茂吉はにっこりと笑う。


「ふーん? でも、直文。解決する気なんでしょう?」

「えっ?」


 またまた依乃は驚くと、直文は首を縦に振って微笑む。


「当然だ。彼女が傷付くなんて俺は許せない。その為に、この件を解決させるつもりさ」


 手を強く握って断言し、真っ直ぐと宣言する。頼りになる姿勢を見せられて花火の少女は顔は照れ始める。言葉も態度にも傍から見てもわかるほど、彼女を守る強い意志だ。彼は間違いなく有言実行させる麒麟児である。茂吉は砂糖を吐きたくなったのか、苦笑する。


「直文。そー言うところだぞ」

「? 別に思いを出すことは悪くないだろう?」

「そうじゃないって、これ以上は有里ちゃんがオーバーヒートしちゃうからやめなさいよって話」


 真っ赤になった依乃を見て気づいた麒麟の彼は驚いた。


「わっ、依乃。大丈夫かい!? 何処か具合でも悪いのか……!?」

 

 大袈裟に体調の心配をしだした。赤い顔のまま、花火の少女は黙って俯く。茂吉は「両思いとわかった上で純粋な好意を向けられるのはドチャクソ照れるぞ」と言いたかったが、周囲のリア充爆発しろの目線で言えない。代わりに末永く爆発しろと直文に言ってハンバーガーを食べる。



                           


 ──茂吉と別れてから、依乃と直文はお店を出る。二人は道路を歩いて、足を止めて顔を合わせた。


「依乃。君は何をすべきか、何となくわかっているね?」

「……はい。復権派ということは、間違いなく私を狙おうとしています。私はまだ絶好の器なのですよね?」

「……ごめんね。力を借りたい」

「気にしないでください。直文さん。私は皆を少しでも守れるなら役立ちたいのです」


 明るく微笑む花火の少女に、直文はかつての彼女と重なったのか。彼女の手を掴んで引き寄せる。驚く依乃は彼の顔を見た。何故か悲しそうな顔をしており、彼女を抱き寄せた。


「ごめんね。君に怖い目に合わせる。けど、俺が絶対に守るから」


 公衆道路の歩道で抱きしめられて、依乃は顔を赤くして慌てる。胸に顔を押し付けられる。


「俺に強く抱き着いて。光速で空へ飛ぶ」


 指示を出されて、彼女ははっとして抱きついて目をつぶる。

 気付けば一瞬で足が地に着かない。気付いて顔を見ると、人が見えないほどの街の上にいた。直文は变化をしており、依乃を器用に抱き変える。


「怪談の発生よりも、その発生する根源をたった方がいい」

「えっ、その相手の場所はわかるのですか……!?」


 直文は首を横に振った。


「いいや、わからない。だが、誘き寄せることはできる。依乃。持っているお守りを俺の胸のポケットに入れて」


 彼女は後天的に得た強力な霊媒体質だ。様々なものを寄せ付ける。言葉通りにポケットに入れた瞬間に、風が吹く。その中にある爽やかなものを感じて、依乃は息を呑む。また直文から伝わる心地よくて体が軽くなる力を感じた。顔に驚きがとても出ていたらしく、直文は笑っていた。


「驚いたかい? 君の霊媒体質のおかげで空にある天の気と俺の力が感じるんだ。良い力を感じる分にはいい」


 笑みを消して、彼は真剣な顔になる。


「けど、決して全てが良いものではない。だから、普段は絶対にお守りを手放さないで」


 霊媒体質を抑制し、隠すためのもの。勾玉のネックレスで彼女に少量の力を送り込んでいるが、それでも彼女がより良い器であることは誤魔化せない。内側と外側を守って彼女は日常生活を送れるのだ。

 直文の話は続く


「もしお守りを手放す状況があれば、俺が駆けつける。そのお守りは俺を呼ぶ仕組みにもなってるからね。……本当に困ったときは、俺のお守りを破壊してね」


 実際のお守りを壊すのは気が引けるが、身を守る為なので彼女はうなずいた。了承したのを見て、彼は街の方へと飛んで向かう。



 街の上空に近づく度、依乃の胸の内の中にある気持ち悪さが増している。人が多い場所ほど、悪意や負の感情が渦巻いているのだと言う。空を飛んでいて人が気付かないのは、直文が気付かないように術をかけているからだろう。


「依乃。俺の胸ポケットに手を突っ込んで、あるものを出して」


 直文から指示を出されて、指示通りにすると彼の胸ポケットから顔を隠す布の雑面が出てきた。彼は片手に麒麟の仮面が持っていた。


「身隠しの面。仮面バージョンと布バージョン。カメラや人の目には映らない呪具さ。これを顔につけて。明るい街中で人も多いから念の為につけてね」


 彼の念の為もわかるため、依乃は言うとおりに雑面をつける。布で視界が見えないかと思ったが、視界が布で覆われることはない。何かの術がかかっているのだろう。直文も仮面をつけると静岡の街の上につく。



 彼はある公園に降り立つと、同時に人が公園から去っていく。いつの間に言霊を使用していたようだ。解除するまで人はこの公園の周囲を気にもとめずに通り過ぎる。近付かないだろう。

 二人が降りたのは、常盤公園という音楽噴水がある場所だ。

 空は夕暮れ。人はこれを黄昏時と呼ぶ。彼が降りたのは噴水の目の前だ。依乃は折りて、前にニュースで何度か見かけたことある。県内ではデートスポットの一つとして扱われている。

 芸術的な噴水で時間帯によって音楽が流れるとのこと。公園の時計が十二時と六時を指し示した。ライトアップがはじまり噴水の水が吹き出し、音楽が流れ始めた。


「わぁ……!」

「へぇ、綺麗だね……!」


 彼女に近づいて直文は褒めるが、雰囲気を変えて振り返る。彼が手を振るうと、クシャッと彼の手の中に何かが収まる。彼の手の中からは、数枚の紙が落ちてくる。公園の入口には同じように顔を布で隠した少女が立っていた。手には刀を持ち、狩衣の衣をまとっている。服装は制服であるが、明らかにこの地域の学校のものではない。少女は札を防いだ直文に驚いていた。


「っ……! 退魔の札を防ぐなんて……」


 厄介そうに見つめる相手に依乃は戸惑う。


「えっ、なんで、人避けの結界に入って……」

「あれは一般人なら気付かないもの。だけど、逆に言えば一般人でないのであればこの現象に違和感を抱くのさ」


 直文から教えられる。

 格好からして一般人ではないだろう。刀と狩衣、顔を隠す雑面をしているあたり、普通ではない。この公園にコスプレイベントは開かれておらず、刀を持つような人間はいない。

 少女は鞘から刀を抜く。噴水のライトアップの光が、少女の刀の刃を輝かせる。


「あれは、真刀だな。模造刀じゃない。しかも、霊力を蓄えてあるものだ」


 依乃は驚き、少女は構えた。


「答えなさい。妖怪、貴方はその子に何をしようとしたの?」


 相手は敵意を顕にする。依乃にとって、陰陽師の遭遇は正真正銘二回目であった。 

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