1 彼女と彼のお出かけ
「ってて……」
「あちゃー、これは痛そうな靴擦れだ……」
木陰にあるベンチに座って依乃は苦笑している直文に足を見せていた。
2011年。四月の祝日。依乃と直文の二人はスーパーで買い物を済ませてきる。
依乃の両親が直文に夕食をご馳走するのだという。彼女は一人で買い物をしようとしたところ、直文が理由をつけて付き添っている。彼は悪霊や妖怪に襲われやすくなっている依乃をほっとけないのだ。
帰路を辿っている最中。歩いていると、彼女の踵に痛みが走り表情を歪ませた。少女はまさかと思い、片方の踵を見ると見事な靴擦れが誕生している。ふざけている場合もなく、公園で休憩をしていた。
痛そうな足を見て、直文は悲しげに見つめる。彼は靴擦れをしている足を手にして、唇を動かす。
「
傷に温かな光が集まっていき、靴擦れを包む。彼女を襲っていた痛みも消え、光が消えると赤い靴擦れはなくなった。直文は何度か確認をして何度か触る。痛みがない普通の状態に戻っている。依乃は目を丸くした。
「わっ、治った……! 直文さん。ありがとうございます!」
「このくらいいいよ。生鮮食品がないからゆっくりしていこうか」
直文は隣に座り、袋から水のボトルを出す。水分補給は大切である。「どうぞ」と彼女に渡して、キャップを開けた。キャップを開けて依乃は冷たい水を飲み、ほっとして彼女は笑う。一年前より表情が豊かになっている。いや、元に戻ってきているのだろう。
過去を比較して、今の彼女の表情から愛らしさを感じて直文はふっと微笑む。目線を感じたのか、顔を横に向ける。彼ははっとしてが申し訳無さそうに笑う。
「ごめんね。つい見惚れちゃった」
キザなセリフを彼はわざとではなく、素で吐いているのがたち悪い。彼女もわかっており、顔を赤くしてなども頷く。相方がいれば、お叱りが来る。
一年前の夏の騒動から別れて、春の入学式で二人は再会した。
私服姿で依乃の家族と再会して、直文は謝罪と自己紹介をした。直文の事は再従兄弟から聞いており、親二人は怪しまず感謝する。依乃を助けて守ってくれたお礼をしたいところ、直文が談話を希望し夕食の招待となった。
直文は話題を切り出す。
「どんな料理が出るのかな。依乃は知ってる?」
「そうですね。春なので、新玉ねぎと春キャベツ。たけのこなどの旬な料理を作る予定です」
「いいね。俺は旬の野菜は好きだから凄く嬉しいよ」
「ふふっ、良かったです」
他愛のない話を二人でした。
履いていない片足を見て、直文は彼女の前に来てしゃがむ。靴を手にして足を手にする。靴は下ろしたてであり、履きなれてないと直文は判断した。
靴を履かせようとしている彼に依乃は戸惑いを見せる。
「や、な、直文さん! そんなことしなくていいです!!」
「えっ、でも、この靴新品で履き慣れてないだろう? 俺としては君に怪我を追わせたくないのだけど……」
「大丈夫ですよ! 履き続けていれば慣れてきますから!」
「だから、靴擦れできないようにきちんと履かせたいんだ。はい、お終い」
一瞬のうちに履かせられて、依乃は恥ずかしくなる。人が通ってないのが救いだと思って道路を見る。
見知った顔が二つ。あらまあと興味津々に見つめる向日葵の少女。少し顔を赤くして照れている紫陽花の先輩。この二人がおり、笑って手を振っていた。私服姿の友人と先輩。依乃は全身を赤くした。
直文は目線に気付いて立ち上がり、笑って声をかける。
「あっ、田中ちゃん。高島ちゃん。こんにちは」
二人は近づき、田中奈央ははしゃいで声をかける。
「はなびちゃん。久田さん。こんにちはー! デートですかっ!?」
「奈央ちゃん、澄先輩、こんにちは! ただの買い物だからね!」
恥ずかしがる後輩に高島澄は笑っていた。
「はい、こんにちは。大丈夫、知っているよ。はなびは付き合うならちゃんと付き合う報告するもんね」
「っ〜〜先輩! 遠回しにからかってますね〜!?」
顔を赤くしている彼女は手をぶんぶんとふる。可愛い仕草だと直文は慈しみの目で見ており、彼女は気付いてない。流石に見ていて恥ずかしくなった澄は話しかける。
「はなび。買い物袋を見たところ、久田さんと買い物かい?」
「……えっええ、実は久田さんと夕食を一緒にすることになりまして」
奈央が黄色い声を上げ、二人を見つめる。
「えっ、やだ、もしかして、家族にご挨拶!?」
「奈央ちゃん。ちがうからねっ!?」
「でもでも、親しい男の人を連れて一緒に夕食ってそういうことだよね!?
家族公認であれば清きおつきあいできるんだよ。はなびちゃん!」
話を聞いていた直文は気付いた顔をして困惑しだす。
「……──っ家族とお喋りする……それだけで今の時代は依乃との交際報告になるのか……!?」
「違いますからねっ!? 直文さんっ。ちゃんと順序踏んでからですよ!?」
実年齢四百歳以上の直文は流行や世情に少し疎い。依乃のツッコミが彼はしばらく黙考して、申し訳無さそうに頭を掻く。
奈央の頭に澄のチョップが入った。頭を押さえる後輩に澄は叱る。
「奈央。余計な事を言わない」
「うっ……はなびちゃん。ごめんなさい……」
「よし、私もごめんね。はなび」
二人から謝られて、依乃は気にしないと笑った。恋愛沙汰や浮ついた話が奈央は好きではあるが、食いつきすぎることが玉に瑕だ。依乃は話題を変えようと二人に話しかける。
「そういえば、先輩と奈央ちゃんはどうしてここに? 買い物じゃ……ないよね」
二人の住まう場所は離れており、彼女たちがいる場所は住宅街の公園。大きな通りや電車で遠出をしないと、女の子の買い物する場所はない。奈央は困ったような顔をしていた。
「あー、実はね……これ、見て見て」
奈央はスマホを出して、彼女にある話を見せる。そこは洒落怖が乗っている創作系の怪談だ。
『まがりかどさん』
話の内容を見ると、『まがりかどさん』という言われる人が人を襲う話である。中学生や学校の生徒の間でも話になっている。全部を読んで、依乃はいい顔をしなかった。怪談の怪異は沢山の人々に語られて、生まれてくる。直文も彼女の後ろから内容を見て、二人に声をかけた。
「聞いていいかな。この『まがりかどさん』はいつから君たちの間で話題になっているんだ?」
奈央は考えるように話す。
「SNSで話題になったのは、一週間前ほどでしょうか。でも、ここで本格的に話題になったのは昨夜のニュースです。東京、横浜、名古屋で曲がり角で襲われる事件が多発しているらしくて」
東京、横浜、名古屋。中でも大きな都市部だ。人が多く集まりやすい場所には怪異が発生しやすい。入り組んだ場所も多いため、この怪異が発生しやすくなっているのだろう。しかし、依乃たちが住む場所で怪異が誕生しないとは言い切れない。曲がり角であれば、『まがりかどさん』の怪異も誕生するのだ。
奈央の後に澄が話す。
「ここを通ったのは、奈央を家に送っている最中だからさ。私は曲がり角があるとはいえ、それなりに人が見える場所に住んでいるから」
「なるほど……って、奈央ちゃん。いつもの……」
依乃は察していると、奈央は泣きそうな顔になる。勉強が苦手である奈央は友人と先輩の力を借りて、高校に入学できたのだ。国語と社会は大丈夫であるが、理数系は全滅。直文が変装をして一年の数学の授業受け持っている。授業中奈央は眠たげに授業を受けているのを知っており、二人のやり取りに苦笑した。因みに、依乃に起こされるのが定番である。
「……ここに現れた報告はない。だが、出てくる可能性もあるな」
直文は真剣に画面を見る。ポケットからスマホを出して、彼は検索画面を出す。ニュースや事件について調べているのだろう。依乃はまかりかどさんが気になった。怪異としての誕生の仕方は知っているが、個々の創作怪談によって誕生の仕方が違うらしい。
奈央は直文に話しかける。
「実はこの件を久田さんに調べてもらいたいのです。はなびちゃんの名前を失ったのもあって……よろしいですか?」
「いいよ。任せて」
即答。依乃は妖怪からも狙われやすくなっている為、直文がこの件を警戒するのは当然だろう。二人は安堵した後、依乃と談笑をして彼女達は帰っていく。二人がいなくなるのを見届け、依乃は直文に声をかけた。
「……私の霊媒体質……利用できますか?」
友人や先輩、自身の安全の為にもこの件は解決したほうがいい。彼女の質問に直文が複雑そうな顔をする。
「……できるにはできるが、情報が足りなさすぎる。……一旦、君の家に荷物をおいて茂吉と合流しよう」
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