🎐 ex 貴女ではなくお前に向ける思い

 これは恋ではない。恋慕でもない。愛、愛情だ。異性に向ける愛じゃない。貴方ではなく白椿の少女であるお前に──三善真弓に向ける思いだ。

 彼女たちを清水駅から見送りながら思う。

 隣人愛というような気高いものではない。友愛に近いものだ。俺はそう納得している。

 見送り終えたあと、目の前にあるバスの流れを一目見た。自分の足を清水駅の構内へと向ける。まだ電車には乗らない。気分転換がしたいのだ。

 歩くのを楽しようとエスカレーターに乗り、駅の中を歩いていく。駅の中には大きな窓ガラスがあった。富士山や清水の町並みが一望できる。

 首を向け、俺は足を止めた。運良く綺麗な富士山の景色が見える。冬なんかは絶好の風景日もシャッターチャンスであろう。夏の今は雪化粧はしていない。今の夏の富士山には登山客はいるだろう。


「……あの富士は、化けの皮剥がされた昨日のおいか」


 自然と方言が出てしまう。……故郷を忘れた訳では無いが、やはり人前ではちゃんと標準語を使いたい。荷物を抱え直して東口から出て公園につく。

 特徴的なオブジェがある公園。そこから見える風景もまた絶好なロケーションであった。いつまであるかわからない公園ではあるが……。


「たくぼっくん。お疲れ様です」


 風景を見ていると声をかけられる。聞き覚えのある声に俺は隣に首を向け苦笑した。


「暗号くんか」

「安吾です。軽口叩ける元気はあるみたいですね」

「ん? ああ、少し悄気げてはいるけどな。……結局、組織に関わらせちゃったしな」


 安吾は納得したのか、切なげの笑みを作る。


「だから、自分の苦しい道を選び続けるのですか?」

「そうだ」


 即答し、俺の相方の目を丸くさせた。その表情に一笑したあと、笑うのをやめる。

 そうだ。俺は真弓を通してまゆみさんを見ていた。でも、違う。違った。違うんだ。真弓はまゆみさんじゃない。

 三善真弓。ただの真弓。陰陽師の見習いで、陰陽師優先で勉強を放り出す問題時で、人を助けようとするばかもん。でも、ちゃんと家族の兄とその親友がいる。ただの人間。俺の恋したあの人じゃない。重ねて見るなんて失礼で無礼。とてつもなく愚かな行為だ。

 それに、俺は人殺しだ。これからも、ずっと。

 だから、あの子は、あの子が相応しい人間と幸せになる方がいい。そのほうがあの子のためになる。


「俺は基本人でなしだ。善もしていても、悪もしている。それに、俺は長命であの子は人間だ。元から一緒に居ていい存在じゃない。真弓の悪いものは治すよ。……恋煩いは治せないけど、俺は俺のできることで彼女を守りたいんだ」


 港から流れてくる強い海風を感じながら、俺は思いの丈を吐く。

 恋人関係になりたいわけじゃない。葛と重光の相談に乗り、真弓の勉強の世話を焼き、任務の仕事を手伝う。世話を焼いて、あの三人と一緒に談笑したり遊んだり。あの穏やかな雰囲気と場所を、重光、葛。真弓を守る。

 これがいい。これでいい。

 あの場所と空間、人を守るにはこれがいい。これでいい。


「……笑っているあたり、貴方の言うまゆみさん関連は吹っ切れたのですね」

「まあーな」


 いうと、安吾は目を開き呆れてように話す。


「けど、貴方。わかってますよね? 三善真弓さんが貴方に恋をしていること」


 ……まあ今までのこと見てたから気付くよな。


「……まあな」

「返事、濁ってますよ。この唐変木。半可臭い。ほんずなし」

「方言で悪口言うなよ……」

「言いたくなりますよ。直球に言いますが、貴方は大馬鹿です。自分がもっと苦しくなる道を選んで本当に馬鹿ですよ」

「……俺自身が真弓が他の人と幸せになってるのを見たいって言ったら?」

「超大馬鹿ぼくって言います」

「酷いな……」

「酷くないですよ。このあほぼく。自分から幸せ放っておいて」


 相方からのお叱りに、俺は頭をかく。

 確かに馬鹿かもしれない。でも、俺はあの選択が最善だと思ったんだ。真弓が普通に生きるのに最善だと思ったんだ。好意は嬉しいが、それが決して彼女のためになるわけではない。俺自身の気持ちは今はないまぜだとしても、恋慕は抱いていないと断定できる。俺のために言ってくれているだろうが……このサンゴ。そこまで悪く言うないだろう。そこまで言うなら、俺も反撃に出る。


「そういうお前も、自分の幸せを放っておくつもりなのか。そろそろ、現世で生きたらどうなんだ。お前の安定のためにも、こっちでいる時間。多く作ったほうがいいと思うけどな」

「何を言ってますか。僕が不安定のほうが世のためですよ」


 そういうのじゃない。流石に真剣に言わせてもらうか。


「違う。お前の心情だよ。気持ちの方の安定もなきゃ、お前のためにならないだろ。……こっちに気になる人間でもいたのか?」


 指摘に安吾は黙る。お前と長く交流してるのは俺だから俺が相方なんだぞ? お前の機微なんて長年の付き合いでわかる。

 その相方はただ目を細めて人差し指を立てる。


「プライベートなんで、言いませんよ」


 プライベートで押し通すか。……まあ、いいよ。諦めて息をつく。


「……わかったよ。詳しく聞かない。けど、そろそろお前の検診をしなきゃいけないと時期なんだが──」

「あっ、僕用事があるので行きますね」


 と風景に溶けて姿を消すあの飯盒。


「っおい! 安吾!!」


 声をかけるが、気配はない。逃げられた。クソ、必要な検診なのに。前は素直に受けてたくせに……何を隠しているんだ。

 俺は消えた相方の場所をしばらく見つめ、息をつく。 


「……帰るか」


 あのシェアハウスに。検診はまたでいい。次あった時は、無理矢理でも受けさせる。そのためには、帰って休もうか。また明日を過ごして、真弓と会う日に「おはよう」と言うために。



🎐

啄木視点のお話です。追加したほうがいいと思い、追加したお話です。

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