3 陰陽師の、白椿の少女の目覚め

 三善真弓は目を開けた。

 昨日の記憶を見ていたようだ。知らない天井に部屋の香り。勢いよく起きようとするが、身に走る痛みに彼女の顔が歪む。


「……っ!」


 傷口の場所を手で押さえ、真弓は気付いた。服が別の物に着替えさせられて、怪我をした箇所にしっかりと処置がほどこされていると。

 目を丸くしつつ部屋を見回すと、部屋のドアが開いた。



 啄木はお盆を持って入ると、真弓はビクッと体を震わせた。彼女にとって知らない男性である。保護した本人は安心させようと、彼女に優しく笑う。


「ああ、目覚めたか。おはよう。大丈夫か。貴方あなたは寺院で倒れていたんだ。覚えているか?」

「……え、ええ。はい……」


 頷く彼女に、啄木はお盆にある白湯を渡す。啄木はデスクに珈琲こーひーの入ったコップを置いて、椅子を近くに持ってくる。

 真弓と対面するように、彼は椅子に座って話した。


「俺は佐久山啄木。こう見えても医師をしているんだ。名前を教えてもらってもいいか?」


 優しく聞くが、真弓は警戒をしている。


「……あの、何故私を見つけられたのですか? さっきまでの私は普通の人にはわからないはずです」


 指摘され、彼は微笑みだけを浮かべた。

 彼女のしていた雑面は、啄木が使う身隠しの仮面と同じ効果がある。霊力の強くない普通の人ではわからないが、啄木は半妖である。

 組織を打ち明けるわけに行かず、彼は用意していた答えを教える。


「それは、俺が同業者だからさ。俺は表向きは医師で、こっちでは退魔師のようなお仕事をしているからだ」


 実際に、多くの退魔系の職業の人間も他の職業と両立している。理由は簡潔に述べると退魔にかける費用だ。

 だが、啄木は嘘を言ってないが真実は話していない。有耶無耶な情報を出すには、相手に怪しまれないようにするため。組織をバレないためでもあるが、組織の仕事に情報の収集もある。穏健派からの新鮮な情報を取り入れたい狙いが啄木にあった。

 打ち明けられた話に真弓は瞬きをして、不思議そうに見つめる。


「同じ、お仕事? 陰陽師ですか……?」

「退魔師だな。陰陽師は真似事だ。ここの仲間も同じだけど、俺達自体は顔は知られてない。表の仕事が忙しいんだ」


 話を聞き、真弓は驚く。


「それは、すごいですね! 私も学生と両立してやってますが……難しくて」


 苦笑いを見せて明るく話す。素直に受け取ってくれたことに、啄木は胸を撫で下ろす。対立する復権派ならば、穏健派の彼女を人質にしている。狡猾こうかつな考えすらも思いつくだろう。啄木は弱っている人間に酷い仕打ちをする趣味はない。

 怪しくない人物と認定したのか、真弓は自己紹介をした。


「私は三善真弓と申します。よろしくおねがいします。佐久山さん」

「よろしく。三善さん」


 頭を下げる彼女に啄木は本題に入る。


「さて、三善さん。貴方あなたの身に何が起きたのか、なんであんな場所に倒れていたのか教えてほしい」

「わかりました」


 真弓は頷いて話を始めた。



 ──まず、陰陽師本部から依頼があった。

 黄泉比良坂よもつひらさかから女郎蜘蛛が出てきて、この地域の近くにある山に住み着いたと。

 基本、黄泉比良坂よもつひらさかから出てきた妖怪は黄泉比良坂よもつひらさかの入口を開いて戻すか。危害を加えるならば退治をする。

 女郎蜘蛛は話を断り、攻撃を仕掛けてきたのだ。応戦したが、普通の女郎蜘蛛に比べて彼女たちが戦っていた女郎蜘蛛は強かったのだと話す。兄に攻撃が向けられて、身を呈して攻撃からかばった。しかし、それは毒を伴った攻撃であった。

 兄達から「俺たちが引き止めている間に逃げろ」と言われ、急いで逃げていたが、あのまま寺院で倒れたと話したところ。


「はぁ?」


 啄木が笑顔でドスの利いた低い声を出す。少女はビクッと震え、顔を引き攣らせる。足を組み、腕を組む。人差し指で二の腕を何度も叩き、ニコニコと口を開く。


「その状態で雨の中冷たい地面に倒れていたのか。寺院は確かに妖怪は近づかないけど、たぶんその女郎蜘蛛には効かないぞ。この場合、まずは自分が少しでも生き延びることが大切。まず体温を奪われないように屋根がある場所にいるとか、その出血を着ている服でとめるとか。まずは自分の体を大切にすることが第一だ」


 笑うのをやめ、真弓に教える。


「退魔師は戦うことが仕事じゃないんだよ。誰かを守るならば自分を守れるようにならないと。その為にまず怪我を治すことだ」

「ですが……兄と重光さんが……」

貴方あなたは仲間を信じられないのか? 話を聞く限り、貴方あなたの兄さんとその友人は引き際はわかっていると思うぞ」

「……それは」


 言葉を詰まらせた彼女。言う通りで反論ができないのだ。脚と腕を組むのをやめ、啄木は優しく話す。


「今ここから出ても、迷惑を掛けるだけだ。まずは怪我と自身の体調を戻すことが優先だ。いいな?」

「……はい」


 説得力がある説教に真弓は頷き、白湯を一口飲んだ。



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