5 組織の内部
診察室の中はそう変わらない。採血の準備はできており、啄木は上手く二人の血をそれぞれの二本の注射で抜き取る。カットバンをはり、血が出るのを抑える。簡単な診察をした後に啄木は血液検査の結果だ。
診察室の二人はすぐに結果が出たことに驚きつつ、診察室の椅子で座っている。啄木はカルテを見比べて、険しい顔をしていく。
「有里さんの身体の健康状態は問題ない。ただ精神面に少し不調が見られる。病気じゃないのだろうが、悩みがあるなら話せる人に話しておいた方がいい。霊媒体質については問題ないが、名前をまた取られるようなことがあれば下手するとより強力になる。直文のお守りと直文から離れないようにな」
と依乃は言われた。当たっており、彼女は感嘆の息をこぼした。啄木は奈央に目を向けると苦笑したように。
「どこをとっても健康だ。田中さんは守られているんだな。憑れている狐さんからも、八一からも。……気付いているかどうかは分からないが、健康に関しても八一のお陰と言えるかもしれない」
まさかの面で八一が干渉していることを知り、奈央は頬を赤く染めて睨む。八一は楽しげな笑顔を浮かべているだけ。他は呆れたように狐を見ていた。
啄木は机にあるパソコンのキーボードを操作して、パソコンの画面に打ち込んでいく。
カタカタとキーボードの打つ音がなるがその音が止まる。ハッとしたように、啄木は依乃と奈央に顔を向けた。
「あっ。そうだ。悪い、悪い。有里さん、田中さん。診察は終わったから、今のうちに親御さんに、泊まる旨の連絡を入れておいてほしい。
二人の親御さんにが向けている直文と八一への信頼は厚いから、勉強会とかの理由でも通じるだろ。ここよりも外の方が電波は通じる。連絡が終わったら、少し待っていてほしい。ついでに、直文と八一の診察もしたいからな。いいか?」
「? わかりました」
依乃は頷く。奈央も頷き、二人は立ち上がって診察室を退室した。
いや、退室させたといった方がいいだろう。二つの気配が遠ざかると、残っている直文と八一に首を向けた。
医師である啄木の表情は芳しくない。
「簡単な診察をするけど、本題はそっちじゃない。まず二人には所見と血液検査、所謂霊的観点からの結果を見せたかった。彼女達に教えても良かったが、今はそんな状況ではない。今の事件に関係ないとしても、現時点で教えるのは酷だ」
啄木はキーボードを操作してエンターキーを押す。
「書類にしてまとめておくから、後で受け取ってくれ」
遠くからコピー機が作動する音が聞こえ、部屋の中で機械の音が響いていった。
携帯電話が使用できる区画で、依乃と奈央は耳に携帯を当て連絡をする。二人共『OK』が出て、後に直文たちと合流して応接室に向かった。
真弓の精密検査が行われるが、採血だけでなく人間ドックも行われる。さらに組織独自の検査も受けて時間がかかり、終わったのは日が暮れる前の頃であった。
窓からは夕日がはいるが、天井にあるシャンデリアの白色灯の照明が部屋全体を照らす。
午後の五時頃ぐらいだろうか。
真弓は検査に疲れたのか、長机に頭を突っ伏していた。依乃と奈央は近くの席に座り、陰陽少女の疲れ模様を心配していた。
「真弓ちゃん。大丈夫……?」
「うーん……頑張ったよ……依乃ちゃん。慣れないことして疲れたの……」
声をかけると依乃に真弓は頷き、疲れ果てたように話す。
納得しつつ、依乃は興味深そうに周囲を見る。
ここは組織にある大きな食堂。着物を着た男性や現代服を着ている女性など、様々な男女がいるが、依乃達以外ほぼ半妖だ。
調理場は広く、給食を作る学校のような大鍋にご飯を炊くような大きな炊飯器ある。近くにはカレーや味噌汁、スープなとの汁物コーナーが用意されている。カレーライスなどの専用の大きな炊飯器が並んでいた。
冷蔵の効いたおかずが入っているコーナーに、一人一人かお盆を持っておかずと主菜を取っていくシステムのようだ。
茂吉がお盆を持ってやってくる。エベレスト山脈盛りの大皿カレーライスをおいて、全員に声をかける。
「今日のご飯は玄米だってさ。あと、おかずはひじきの煮物、きんぴらゴボウ、白和え。主菜は生姜焼き、ムニエル、豆腐グラタン。サラダは海藻とトマト、普通のが選べるよ。味噌汁は野菜たっぷりの味噌汁だって。俺は見ての通りカレーにしたけど、この後全種制覇するつもりだ。あと、デザート。澄が好きそうなものあったから、もってきたよ。はい」
お盆を置いて、ショコラケーキを近くに置く。近くに置かれ、澄は嬉しそうに茂吉に笑う。
「ありがとう。茂吉くん」
「別にいいって。早く取りに行きなよ」
澄に感謝されて茂吉は手を軽く振り、彼女の隣の席に座る。手を合わせる前に、全員に声をかけた。
「全員ご飯食べ終えたあとは今後について話しをする。その話す部屋に案内するよ。開始は目安は六時半。俺は知っての通り燃費悪いから、悪いけど先に食べさせてもらうね。じゃ、いただきます!」
手を合わせて、茂吉はスプーンを手にカレーライスのエベレスト山脈を崩していく。澄の感謝の照れ隠しゆえか、少しだけ早口で喋り食べるスピードが若干早い。澄は苦笑しつつ、三人の少女に声をかける。
「じゃあ、私達も食事を取りに行こう。案内するよ、依乃、奈央、三善さん」
「えっ、あっ、はい」
依乃は立ち上がると奈央も立ち上がり、先輩に挙手する。
「はぁい! 先輩、もし話しかけられたらどうすればいいですか?」
「大丈夫。普通に話しかければいい。みんな基本的には優しいし、二人は仲間なんだから自己紹介すればいいんだ。それに三人についての情報は組織全体に伝わっている。安心して自己紹介してほしいな」
説明を受けて、三人はほっとする。見知らぬ土地に見知らぬ人がいる場所に来たのだ。緊張する上に不安もあるだろう。真弓も立ち上がり、二人とともに澄についていく。
恋人が案内する様子を茂吉は一瞥したあと、カレーライスの山を崩す作業に茂吉は移る。スパイスの香りをかぎながら、八一は表情を柔かくさせる。
「組織のカレー、相変わらず美味しそうな匂いだなぁ。大正から変わらずだっけ?」
「ああ、ある人が残してくれたレシピのノートがここでは受け継がれているらしいな。確か、名前は渡辺……」
名前を言おうとした直文に、申し訳無さそうに八一は遮る。
「悪い。話が長くなりそうだから、それはまたいつか話してくれ。今はもっくんに聞きたいな? どうだった、澄ちゃんの反応は。組織の内装や建物の変わってて驚いただろ」
「ん、まあね。変わったことは驚いてたし笑ってたよ」
茂吉はスプーンの動かす手を止め何気なく答える。八一は更に質問を続けた。
「で、組織に戻って問題はなかったか? お前の心情も含めな」
「俺の心情にはノーコメントとさせてもらう。けど、まあ問題はあるかな。彼女と俺個人の問題とも言えるけど……今は今のことに集中しないとならない」
スプーンにあるカレーを茂吉は口に運び咀嚼する。八一と直文は顔を合わせ、苦笑いを浮かべるしかなかった。
「茂吉も、か。まあ、そう私達の日々が平穏に過ごせるわけないよな。なおくん」
「ああ、そうだなやっくん。俺達は彼女を守るためなのだから平穏なんて少ないない。でも、その忙しさは嬉しい悲鳴だ。……とことんまで潰す」
直文の険しい顔つきに、啄木が制する。
「直文、そろそろ彼女たち来るからその怖い顔をおさめとけ」
注意をうけ、直文ははっとして三人に「ごめん」と謝った。
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