22 ep 花火の少女の心配

 その日の夜。少女たちは夕飯とお風呂をもらう。

 八一と茂吉、澄と奈央で勉強をしている。四人から勉強会に誘われたが、依乃は首を横に振って断った。

 真弓は啄木とお話をするといったが、やましいことはない。寝る前に、しなびた野菜のように真弓は部屋から現れて寝泊まりする部屋に戻っていった。厳しい説教を受けた以外、なにもないだろう。宿泊している部屋で教科書を読んで予習をしている。が、直文から話の内容の緊迫さと重みから頭に内容が入ってこない。

 気分を落ち着かせようと、飲み物を取りに行こうとした部屋を出たときだ。

 香り高く香ばしい匂いが依乃の鼻をくすぐる。リビングに顔を向け、明かりがついて人がいることに気付く。

 リビングまで顔を出して見る。


「ん? あっ、依乃」


 眼鏡をかけた直文がすぐに気付く。テーブルにパソコンを置いて操作していた。いい匂いは直文が珈琲を飲んでいたようだ。マグカップから湯気が立っている。椅子から立ち上がって、依乃の目の前に来る。


「どうしたんだい? 依乃。何か飲みたいのかな?」


 直文は不思議そうに小首を傾げて聞く。依乃のために動いてくれている彼に、つい甘えてしまうために依乃は素直に吐く。


「予習の内容が頭に入らなくて……ちょっと気分を落ち着かせようと……」


 落ち着かない様子に直文は察し、申し訳無さそうに微笑む。


「……ごめん。俺のせいだね。君を巻き込む前提での作戦だから余計に心配か」


 微笑む彼に、依乃は泣きそうな顔になる。自分の為ならばどんなことをする彼に、依乃は首を勢いよく横に振った。


「違います! ……直文さんが無事で済まないからですっ!」


 目をまん丸くする彼の黒い瞳を見据えた。真剣な依乃の顔は直文の双眸に写る。巻き込むも、巻き込まれるも。狙われる時点で時は既に遅しと、依乃は理解している。だが、少女が落ち着かないのは直文も危険な目に遭うからだ。直文が彼らに話したのは、直文が死にかけるであろうほどの作戦。依乃が何も思わない訳ない。

 花火の少女に真っ直ぐ言われ、直文は瞬きをして自身を指差す。


「……俺? もしかして、俺のことを考えてたから落ち着かなかったのかい?」


 黙ったまま彼女は頷く。是と示され、直文は頬を赤く染めて困ったように頬を掻く。


「……ごめんね。でも、こればかりは俺の我を通したい。大丈夫。絶対に死なないから」


 直文の言葉に嘘はない。だが、心配になる。依乃は涙を貯める目に袖で拭き取っていると、彼から自嘲の声が漏れた。


「……依乃が心配してくれていたなんて。俺、わかってない。……ううん、まだ君のことわかってなかった。まだまだ、だな」


 まだまだというが、依乃と直文が出会ってまだ一年は経っていない。依乃は首をまた横に振り、良い意味での否定を口にする。


「まだまだじゃないですよ。直文さん」

「えっ?」


 線香花火のようにささやかに依乃は顔を綻んでみせた。


「これから、これから知っていくんですよ。直文さん」


 彼女から一枚取られたようだ。直文はキョトンとした後に、無邪気な光のように嬉しそうに「そうだね」とはにかんだ。



 直文と少し話し、依乃はちょっとだが落ち着いた。だが、不安は消えたわけではない。彼女は彼を信じるしかないと考えていた。




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