ex 大酒乱ヨイドレナカマーズ(又の名を駄目な大人たち)1

 夕暮れ時、依乃達はシェアハウスの前にいる。依乃は紙袋を手に玄関のドアの前に立っていた。直文が依乃を守ってくれた礼に、依乃の両親が美味しい酒の肴と菓子折りを用意してくれた。依乃一人では危ないと奈央と澄がついていき、真弓も心配で迎えに来てくれていた。シェアハウスの前で、依乃は真弓に申し訳なさそうに話す。


「わざわざ、来てくれてごめんね。真弓ちゃん」

「気にしないで依乃ちゃん。お兄ちゃんたちに話したら、世話になった礼にお土産買って持ってもってけって言われて……さっきお兄ちゃんたちと合流して菓子折り持ってきたんだ」


 依乃と同じように物が入った紙袋を手にして笑っていた。真弓の持ってきた様子に、澄は苦笑していた。


「まあ、本当に色々とお世話になったもんね。主に学習面で」

「うっ……」


 痛い所をつかれ、真弓はしょんぼりとする。奈央も納得いかなそうな顔をしていた。


「多分、八一さんのもとに行くこと話してたら私も何か渡されてたと思う。もう、お父さんとお母さんは八一さんを義理の息子扱い。まだそうじゃないじゃん!」


 プンスカ怒る彼女に三人は仕方ないと言うように微笑む。適切に外堀を埋められては仕方ないとしか言いようがない。一応筋は通しているため、変なことはしないはずだ。

 そろそろ中に入ろうと、依乃はインターホンを押した。


「直文さん、こんばんは。依乃です!」


 ピンポーンという音の後に声をかけた瞬間、遠くから駆け足の音が聞こえる。澄が渋い顔をし、依乃を引っ張って下がらせた。

 玄関のドアが勢いよく開く。ドンと強い音が立つ。壊れるほどではないが、開かれた力は強い。依乃がいた場所にいると、恐らくドアの勢いにやられて怪我をしていた。澄が引き下げていなければ危なかった。そして、ドアから現れたのは。


「よーりーのー!! 来てくれたんだね! 嬉しごふぅっ!?」


 満面の笑みで嬉しそうに出迎える直文に、澄は腹へ拳を入れる。俗に言う腹パンだ。直文は膝をついてお腹を押さえ、その全容を見ていた少女たちは唖然としている。

 腹を抱えて蹲っている直文に、澄は怒気を孕ませながら微笑む。


「直文くん。君さ、依乃がいる場所で勢いよく開けるかい?

普段の君ならそうしないよねぇ? はなび、危うく怪我しそうになったんだけど?」


 ゆっくりと顔を上げ、直文が涙を溜めながら澄に謝った。


「ご……ごめんなさい」


 後輩たちは澄が率先して面倒事から守ってくれることはあったが、ここまで荒々しいのは見たことはない。直文を容赦なく腹パンしたのは、依乃に危害が及びそうになったからだ。過失を招いた直文を殴ったのだろう。

 澄は顔を見て気づく。


「……って、凄く顔赤くないかい……? しかも、酒臭いっ……!?」


 放たれたドアからは美味しい料理の匂いと日本酒の香りが漂う。時折飲み会と彼女たちは聞いていた。その度に『神殺し』などの被害に遭うと。彼女たちは思い出した瞬間、依乃は嫌な予感がし、しゃがんで直文に声をかける。


「直文さん……! まさか皆さん、『神殺し』というお酒を飲みました……!?」

「かみごろし? ……『神殺し』。……ああ、なるほど。だからこんなに頭がふわふわしてるのかぁ。ふふっ、依乃。今日もかわいいね。その心配してくれる顔も好きだよ……。ああ、本当に好きだ……」


 聞かれて答えたあと、ゆるゆるの笑顔でサラリと彼女を褒めて愛の言葉を送る。真正面から言われ、依乃はぼふんと音が立つぐらいに全身を赤くした。聞いていて恥ずかしくなるほどの声色と、見ていて恥ずかしくなる表情に甘い雰囲気。

 依乃は完全に石像のように硬直し、そのまま動かなくなる。


「は、はなびちゃんがかたまったぁ──!?」


 と向日葵少女が叫んだ瞬間、ドアからは九本の尾が伸びてくる。奈央の全身に絡みつき、絡まれた本人は目を点にする。


「へっ? ……ひぃやぁぁぁっ!?」


 ホラー映画さながら、九本の尾によってシェアハウスの中に引きずり込まれる。何から何まで情報量の多い展開に、澄は頭を抱えたくなった。真弓は展開についていけず、オロオロしているが、展開についていけてないのが正解である。

 騒ぎになる前に、全員靴を脱いでシェアハウスの中に入った。直文はソファに座り、膝の上に依乃を座らせて抱きしめ頬擦りをしている。当の依乃は全身を赤くして硬直したまま、思考停止していた。八一は服装だけ変えずに変化して、奈央を九本の尾と自身の手でぎゅっと蕾のようにまた繭とも言うのか、己もろとも閉じ込めていた。中からは奈央のSOSが聞こえてくる。

 料理は食べ途中なのか、取り皿には料理が残っている。啄木は床の上で寝息を立てて寝ており、箸を進ませながらコップを片手に茂吉は客に気づく。


「とーる! 来とったんじゃのぉ! あはは、いらっしゃい!」


 頬が赤い茂吉に澄は頭を抱えた。


「やっぱり……『神殺し』か。うん、茂吉くん。お邪魔します。というか、久しぶりに見るし聞くよ。その話し方とその酔い方、水飲んでる?」

「とーぜん! あんごーのとんでもない置き土産のせいでこなぁになってしもうて……いやぁ、わしらのじごーじとくじゃのぉ! っはっはっ! 笑える!」


 笑い上戸の茂吉だが、澄は水が入っているというコップを取り上げた。茂吉は何をすると言う前に、彼女の顔を見て言葉を失う。澄は低い声色を出す。


「これ、酒だよね? 嘘つかないでほしいな。それに、酒で寿命を縮めるなんて真似もさせない。茂吉くん。すぐに水を用意するからね?」

「……はい」


 笑うのをやめ、しょぼんとする。酒を飲んでも茂吉は惚れた澄に敵わないようだ。澄は呆れながら真弓とともに水を用意していく。動けない二人は謝りつつ、奈央は助けを求め続ける。

 出されたコップに茂吉は渋々と受け取り、水を飲み始めた。真弓は水を手に啄木を揺する。


「啄木さん、起きて。お水持ってきたよ」

「……ん……あ?」


 声をかけて揺すられ、彼は真弓を見る。上半身を起こして真弓を見つめ、ボロボロと涙を流した。彼女は驚くと、啄木は唇を動かす。


「……すみま、せん……」

「えっ?」


 顔を俯かせ、ボロボロと涙を流し表情を絶望するものに変えていく。


「……あんな気持ちを抱いて……ちゃんとしてやれなくて……すみません……。

ごめん……ごめんなさい……助けられんで死なせて、おいのせいで、おいのせいで……」


 泣いている彼に真弓は困惑し始め、ポツリとつぶやく。


「あんご……ごめん……ごめ……」


 と謝ろうとした瞬間に拳を握る。


「ってなんでおいが悪かっさ!!」


 大きな声でいい、真弓はびくっと震えた。啄木は立ちあがり、涙を流しながら苛立ち始める。


「元々は安吾ん奴が教えてくればよかったんや!

あんやろうはわざと自分の状態ば隠しとった。なんでおいが謝る必要があるっさ!? あの飯盒炊爨はんごうすいさん、絶対にくらす殴るっぞ!!」


 泣きギレをし始めた。真弓を見て泣いたとは昔のことを思い出したからだろう。その後に安吾の件について触れ、怒りが湧いて怒り出した。真弓に啄木は向く。


「真弓、水! 困らせてごめん!」

「えっ、うっ、うん! どうぞ!」


 コップの水を渡し、啄木は一気にコップの水を飲む。赤い顔のまま口を拭いて、真弓に空のコップを出す。


「おかわり! すぐに酔い覚ましてやることに取り掛かる!」

「わ、わかった! 取ってくるね!」


 真弓は慌てて水を入れに行った。

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