11 彼女の荷物を引き受ける彼

 上司と話し合った手紙は送った。とおるには内密にするように書いたが、返事には彼女を連れて来るように書かれていた。

 詳細はこうだ。

 手紙の件は内密とするが彼女との説得次第で話す。恩人である茂吉にも辛い目にあってほしくないからだ。二代目金長である小鷹こたかは彼女を養子として迎い入れるか。もしくは他の金長の一族の子と子を成して子孫を残すかの選択肢を考えていると。

 もし上手く行かなければ、茂吉の案で行くらしい。

 複雑ではあるが、とおるの為を思って茂吉は彼女に声をかけた。彼の予想通りである。話したいことがあると言われ、人のいない部屋で話される。二人っきりになると、彼女は彼の予想していた言葉をぶつけてきた。


「ごめん。私と別れよう。茂吉くん」

「……………」


 彼はショックを受けた。想像するのと実際に言われる衝撃は違うだろう。しかし、言われたあとのシュミレーションはできていたのか、ショックから少し立ち直れた。

 すぐに茂吉は真面目な顔をして彼女に聞く。


「……まだ、手を汚したのを気にしているかい? あれは、是非もない。君が死んで詫びることはない。生きて、贖罪しょくざいをすればいい。方法はいくらでもある。……それでもダメなのか?」


 とおるは頷いてみせた。

 

「……私が、私を許せないんだ。相手は普通の人なんだよ。大切な人がいたはずなんだ。私は、お父さんのしてきた功績を……父の優しさを穢したのが許せない……!」


 両手を握る彼女を掴んで、顔を俯かせる。やはり無理かと彼は渋い顔をした。とおるを顔をあげて、無理やり笑ってみせた。


「ごめんね。この事をあの人には話してあるんだ。家族の皆に話すつもりだから……」


 地獄に落ちないでと願うが、罪人である身の上言っても茂吉は意味ない。彼女の決断は揺るがない。説得し続けても意味はない。堂々巡りなのだ。説得など意味をなさないと理解して茂吉は苦笑してみせた。


「わかった。……君が許せないなら、俺はもう言うことはない。でも、本来は一人で行くべきだろうけど、心配だなぁ。俺も一緒についてきていいかな。とおる」

「……? 構わないよ」


 理解するふりをして同行を願い、とおるは不思議そうに彼を見たあと頷いた。




 その同行の日にち。金長の一族が住まう屋敷。

 居間にて。金長二代目の小鷹こたかと兄の道雪と。茂吉ととおるが居合わせた。とおるの後の処遇について、取りやめるように小鷹こたかと道雪は説得をし続ける。

 が。


「すみません。……小鷹こたか様と兄さんの言いたい事はわかります。ですが、今の私は金長狸の血筋に相応しくない。人を尊ぶはずの狸が人を殺しては、意味がありません。だから、私は裁かれる場所で裁かれなければならないのです」


 断られた。親類や茂吉の説得で意味はなさず、再び道雪が彼女の説得を試みる。


「けれど、組織の半妖は生き仕事をすることで贖罪しょくざいをしているのだろう」


 彼女の目の前に来て、両肩を掴む。道雪の手は服を巻き込んで多くのシワを作る。


「……とおる。考え直してくれ。私達はとおるを虐げたり、差別はしない。矜持を傷つけられたからと言って死までは望んでない」


 険しい顔で説得を試みるが、彼女は首を横に振る。


「……ごめんなさい。兄さん」


 申し訳無さそうに謝る妹の姿に、道雪は呆然とした。金長一族のトップや親族であっても止められなかった。意思の硬さに白旗を上げるしかなく、金長側の彼らは茂吉の策に乗るしかない。小鷹こたかは咳払いをして、二人に声をかけた。


「……そうか、そうならば、仕方あるまい。……なら、今日は茂吉殿と共にここに泊まってきなさい。とおるちゃん」

「……ごめんなさい。……ありがとうございます」


 泣きそうな声でとおるが頭を下げめ、茂吉も後から頭を下げる。自分が振り回していることを彼女は理解していた。彼女の苦しみを感じて、茂吉は何も言わずに唇を噛み締めている。普通の人が抱える悩みならば、茂吉も苦しみを軽くし和らげられた。

 殺生の罪は軽く和らげられない。自身の手で汚してしまった彼女の誇りを取り戻すのは難しい。





 とおると茂吉は金長の一族の屋敷に泊まる。

 食事と風呂をもらった後、寝る頃になった頃だ。茂吉はとおるを深く寝かしつけた。体力も削らせた為、明日までは起きないだろう。

 着物を着直して静かに障子の戸を閉じる。音を建てずに歩いて、彼は道雪と金長の待つ部屋に向かっていった。

 蝋燭ろうそくの明かりのついた部屋が現れて、茂吉は戸へと声をかけた。


「こんばんは。茂吉です」


 静かな声に反応して、戸が道雪によって開けられる。


「どうぞ。我が父も来ております」


 茂吉は恐る恐る入室し、中を見ると前見たときと変わらぬ姿の金長。左に小鷹こたかがおり、道雪は戸を閉じて右に座った。

 とおるの父親は金長大明神となり、現し世にある人の世を見守り続ける神の一柱となったのだ。わざわざ現し世から黄泉比良坂よもつひらさかまで来てくれたのだ。手紙ですべての事情は知っているだろう。茂吉は対峙するように座り、土下座をした。


「久しぶりです。金長殿。……申し訳ありません。彼女を支えきれませんでした。俺が責任を取ります。……彼女を人の世に放ったあとは、俺を煮るなり焼くなりしても構いません」


 自分を殺しても良いと聞いて道雪は言葉を失い、小鷹こたかは苦しげな顔をする。自暴自棄とも取れる発言に、金長は涙目で必死に否定した。


「頭を、頭を上げてください。我々は死んで詫びろと言いません。貴方にはとおるを見てくださり、優しくしてくれた数え切れぬ恩があります。酷なことなど、貴方にも、娘にもしたくないっ」


 祀られて神になった優しき妖狸。

 金長狸の義理人情の話は有名だ。金長の優しさととおるの優しさは似ており、茂吉は苦しげに息を吐く。その優しさが今は彼を苦しめている。顔を上げて、金長大明神を彼は見据える。


「……金長殿。どんな手を使ってでも、あの子は恐らく罪を抱えて死んで地獄に帰るつもりです。とおるは優しすぎました。組織の中にいるべきではない。俺が彼女の分の刑期を背負って生きます」


 揺るがぬ意志を声色に込めた。彼らの目線を受け止めても揺るがぬ姿勢は道雪と小鷹こたかの息を呑ませ、大明神の口を塞ぐ。保護者の一人として、彼女の恋人として、茂吉はとおるを幸せにする為に酷なことをする。何も言っても聞かない様子に金長は恐る恐る尋ねた。


「……茂吉殿。決断は揺るがないのですね?」


 首を縦に振る。是と示されて彼らはしばらく黙った後、金長は渋々と頷く。


「……わかりました。我々の方で人の良い商家の目処をつけております。何処を通るのかも、時間帯も調査済みです。娘の今後については私達が見守りましょう。……このあとは、頼みます。茂吉殿」


 金長が頭を下げると、小鷹こたかと道雪は渋い顔をして頭を下げた。金長の一族に心苦しい選択をさせてしまい、茂吉は申し訳なさに苛まれる。だからこそ、とおるには何もかもを忘れて絶対に幸せになってほしい。

 この願いと覚悟と共に彼は頭を下げた。


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