第314話 天使の酒? 悪魔の酒?
「さて……それでは、工房を見てもらったところで試飲に移りましょうか」
酒の工房を見学してから、レストは別の建物へと案内された。
セレスティーヌに勧められるがままにテーブルにつくと、村人がトレーに載せられたビンとグラスを運んでくる。
「こちらの設備で生産した蒸留酒です。元となる醸造酒の種類を変えて、何種類か造ってみました」
「酒のことはよくわからないけど、そんなに違うものなのか?」
「驚くほどに」
セレスティーヌが迷うことなく断言した。
「酒を変えるだけで風味やコクがまるで違うものになります。蒸留酒造りはかなり奥が深そうですわ」
「そうなのか……」
「はい。酒好きの父にはしばらく飲ませることはできませんわね。他の仕事を放り出して、酒造りに没頭してしまう恐れがありますから」
「宰相閣下にも人間臭いところがあったんだな……」
堅物の仕事人間というイメージを勝手に持っていたが、酒に目がないとは意外と普通の趣味である。
セレスティーヌが蒸留酒造りに積極的なのも、父親の影響があるのかもしれない。
「それでは、一つずつ飲んでみてください」
「お?」
いくつかのグラスに別々の酒が注がれる。
アルコールのツンッと鼻を刺すような臭いが部屋に満ちていく。
「これは……強そうな酒だな」
レストは酒に対する造形は浅いが、それでも、転生してからワインくらいは飲んだことがある。ちなみに……この国には飲酒に対する年齢制限はない。
レストは右側にある琥珀色の液体を手に取って、ゆっくりと口に運ぶ。
「ウッ……!」
「それは麦酒を使って造ったものです。スモーキーで重厚な味わいが特徴ですね。うっすらとナッツのような風味がするのが感じられると思いますわ」
「ソ……ソウダネ……」
全然、わからなかった。
一口飲んだだけで頭をガツンと殴られたようで、味やら匂いやら表現する余裕はない。
麦で造った蒸留酒はウィスキーやウォッカなどがあり、前世の世界においてメジャーな物だった。
もちろん、世間的にメジャーというだけでレストが飲んだことはなかったが。
「続きまして、こちらは葡萄を使った物です」
「おおう……」
前の物よりもやや赤みがかった酒。
匂いはフルーティーで飲みやすそうだが……やはり、口に入れるとパンチの効いたアルコールがクリーンヒットしてくる。
果実を使った蒸留酒はブランデーと呼ばれており、葡萄だけではなく、リンゴやチェリーを材料とするものもあった。
「いきなり飲まずに、手の体温で温めながら飲むと風味が増しますよ。是非とも、試してみてくださいませ」
「…………うい」
「エールのような酒は冷やすと喉ごしが良くなりますけど、この酒は常温で飲むのがもっとも美味しかったですわ」
セレスティーヌもまた、グラスを傾けて酒を飲む。
優雅な所作でアルコールを飲み干し……ほんのりと頬を染めて溜息を吐く。
(セ、セレスティーヌってもしかして、ムチャクチャ酒豪なのか……?)
父親が酒好きとは聞いていたが、もしかして娘の方も同じなのではないか。
レストが一口、二口で頭がクラクラしているというのに、セレスティーヌは頬を薔薇色にしているだけで平然としている。
ちなみに……ウィスキーやブランデーのアルコール度数は一般的に四十度前後。試作品であるこれらの酒はそれよりはやや低めだが、それでもワインの三倍近くも高い。
「最後はこちらです」
「これは……他の物よりも色が薄いな。透明じゃないか」
アルコールで酩酊しながらも、レストは最後の酒を受け取った。
特に考えることもなく……鈍った思考のまま、グラスに口を付ける。
「~~~~~ッ!」
そして……口から火を噴きそうになった。
「らあああああああああああああああっ!?」
「ああ、やっぱり飲みづらいですよね。失礼いたしました」
「これ、これこれはあ……っ!?」
セレスティーヌが差し出してくれた水を飲み干しながら、レストは錯乱して叫んだ。
自分はいったい何を飲まされたのだろう。喉が焼けるかと思った。
「これはこの村の人達が飲んでいた芋酒を蒸留した物なのですが、試験的に繰り返し蒸留を繰り返してみたのです。多くは失敗してしまったのですが、奇跡的にこの一本だけできたのですよ」
セレスティーヌがとんでもなく度数の高い酒に口を付け、わずかに眉を顰める。
「ストレートで飲むのは無茶ですね。水で薄めないと飲めたものではありません」
「そ、そんなものをださないでくりぇ……」
ポーランド産。穀物やジャガイモで生産された酒を何度も蒸留させてアルコール度数を九十六度まで上げた物を『スピリタス』という。
レストが最後に飲んだその酒は、それに限りなく近いものだった。成分のほとんどがエタノールであり、そのまま飲めば喉が焼けかねない。
「手間も時間もかかり、安定した生産は不可能。おまけに火が点きやすくて火災の危険もある……これは売り物にはできませんわね」
「ふへえ……」
アルコールで沈んだレストを尻目に、セレスティーヌは困ったような顔で首を横に振っていたのである。
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